伯爵令嬢、推しの供給過多で限界を迎える
しばらくして、話題は衣装や舞踏会のことへと移った。
レティシアが、先日の舞踏会で着用したドレスについて話している。
「そういえば、今度の王宮舞踏会では、少し趣向を変えてみようかと思っておりますの。」
「まあ、どのようにですか?」
ヒルダが尋ねた。
「それは、まだ秘密ですわ。」
レティシアは楽しそうに微笑む。
その横顔を見つめていたヒルダは、ふと、思った。
(……レティシア様、男装めっちゃ似合いそう。)
凛とした顔立ちに、すらりとした立ち姿。
華奢なだけではない、芯の強さを感じさせる佇まい。
軍服を着せれば、きっと恐ろしいほど美しいだろう。
(あかん。金髪の長髪を後ろで束ねて、白い軍服に身を包んだレティシア様とか……絶対に似合うやん。剣を片手に馬に跨がって、颯爽と現れる姿とか……。)
ヒルダの脳内で、壮大な音楽が流れ始めた。
(これはもう、オスカル様やん……!)
「……ヒルダ嬢?」
「…………はっ!」
気が付けば、レティシアが不思議そうにこちらを見ていた。
「何か、私の顔についておりますか?」
「あっ、いえ! その……。」
ヒルダは慌てて扇子で口を押さえたのだが…………
時すでに遅し。
「レティシア様……男装がとても、お似合いになりそうと思いまして………。」
「…………。」
レティシアの目が、ぱちりと見開かれた。
「……私の趣味が男装だということ、気付きましたの?」
「ファッ!?」
ヒルダの声が裏返った。
「えっ!?………えっ!?趣味!?本当ですか!?」
「ええ。ごくたまにですけれど。」
レティシアは、少し照れたように頬に手を添えた。
「殿下とお互いの衣装を交換して、舞踏会に出ているのですわ。」
「まっ!?」
ヒルダは固まった。
(待って待って待って!?何その設定!?公式!?公式設定なん!?)
エドワードが、得意げに胸を張った。
「レティシアの男装は、この世のものとは思えないほど美しいんだ。」
「まぁ、殿下ったら……。」
レティシアが、恥ずかしそうに微笑む。
「ですが、殿下のご令嬢姿も、まるで絵画のようですわ。」
「…………は?」
ヒルダの口から、素の声が漏れた。
「ええ。私も最初に見たときは驚きました。
金髪の巻き髪に、繊細なレースのドレス。化粧まで施すと、どこからどう見てもご令嬢なのです。」
「そうでしょう?レティシアに選んでもらったドレスなんだ。」
「殿下、あまり詳しくお話しになると恥ずかしいですわ。」
「ははは!」
王太子と公爵令嬢は、実に仲睦まじく笑い合っていた。
ヒルダは、二人を交互に見た後、静かに目を閉じた。
(…………。ベルサイユのばら、開演。)
脳内に、大階段が出現した。
華やかな照明に、舞い踊る貴族たち。
白い軍服に身を包んだオスカルに扮するレティシア。
そして、豪華なドレスを纏い、フランス人形のように佇むマリー・アントワネットに扮するエドワード。
(待って。待って。私、この世界で何を見せられてるん?)
隣では、ジョンが首を傾げている。
「ヒルダ嬢? どうかしましたか?」
「……いえ。」
ヒルダはゆっくりと目を開いた。
「少々、感動しておりました。」
「感動?」
「はい。素晴らしい文化交流だと思います。」
「文化交流……?」
ジョンの顔に、ますます疑問が浮かぶ。
その横で、マーガレットが小さくため息をついた。
「兄上とレティシア様は、昔からあの調子ですの。」
「そうなのですか……。」
「ええ。幼い頃から、互いに衣装を交換しては周囲を驚かせていましたわ。」
「…………。」
ヒルダは、そっとカップを手に取った。
(女神様。あなた、私を恋愛小説の世界に転生させたんですよね?
なんか、世界が思ってたんと違う方向へ行ってるんですけど。)
その時、レティシアがにっこりと微笑んだ。
「ヒルダ嬢。よろしければ、今度、私の男装姿をご覧になりますか?」
「…………えっ。」
「殿下のご令嬢姿も、ぜひお見せしたいですわ。」
エドワードが嬉しそうに頷く。
「それはいい考えだ!」
(あかん。)
ヒルダは心の中で叫んだ。
(この世界、私の前世のオタク趣味に適合しすぎやろぉぉぉぉ!!)
隣でジョンが、静かにヒルダの肩へ手を置いた。
「ヒルダ嬢。落ち着いてください。」
「ジョン様……!」
「帰ったら、鍛錬場をご案内します。新しいトレーニング器具も導入したんです。」
「…………!」
ヒルダは、ぱっと顔を輝かせた。
「まあ!ぜひ!」
ジョンも満足そうに微笑む。
エドワードとレティシアは、そんな二人を微笑ましく見守った。
マーガレットは、兄を見て、ヒルダを見て、ジョンを見て……………
最後に、深々とため息をついた。
「……我が国の未来は、明るいのでしょうか。」
誰も、答えられなかった。
ヒルダの脳内では、まだ壮大なファンファーレが鳴り響いていた。
(女神様!!私をこの世界に転生させてくれて、ありがとうございます!!推しと推しのベルばらを開演させてくれて!!)
そして、女神に初めて感謝した。




