梟雄伝 時逢乱世梟雄起 涿郡市井興大義 三段
光和七年、後に中平と改元されるこの年、太平道の張角が「蒼天已死、黄天當立、歳在甲子、天下大吉」の旗印を掲げて蜂起した。黄巾の乱である。数十万の民衆が黄色い頭巾を巻いて一斉に立ち上がり、州郡のあちこちで役所を襲い、豪族の屋敷を焼き払った。後漢帝国は未曾有の危機に直面し、朝廷は各州に命じて義勇軍を募り、この反乱の鎮圧に当たらせた。
涿郡も、その例外ではなかった。
「玄徳、どうする」
簡雍が、険しい顔で劉備に問うた。劉備の周りには、これまで彼と共に行動してきた侠客たちが集まっていた。関羽、張飛、牽招——彼らは皆、劉備の決断を待っていた。彼らの表情は一様に硬く、誰もがこの先に待つ試練を予感していた。
劉備は、しばらく沈黙していたが、やがて口を開いた。
「義兵を挙げる。ただし」
彼は集まった者たちを見渡した。庭には十数人の顔なじみが集まっている。みな、これまで共に修羅場をくぐり抜けてきた仲間たちだ。
「てめェら、これまで各地に散ってた連中に声をかけろ。涿郡だけじゃねえ。周辺の村や町にいる、腕に覚えのある奴らをかき集めてこい。侠客として世話になった者、義理を感じている者そういう連中が、きっと集まる」
簡雍が口を開いた。
「牽招は北の方に知り合いが多い。俺は南を回る。張飛は金を使って人手を集められる。関羽は……」
「俺は腕を見込んで声をかける」
関羽が短く答えた。劉備は頷いた。
「よし。十日後、ここに集まれ。その時、俺たちは五百の義勇兵を率いて、賊どもを叩く」
こうして、劉備の徒党は各地に散った。侠客として培ってきた人脈張世平や蘇双といった商人たちの紹介、揉め事の仲裁で助けた農民たち、賭場で世話になったならず者たち。そうした繋がりが、次々と人を呼び寄せた。
関羽は近隣の村々を回り、若者たちに声をかけた。彼は口数が少なく、自分から多くを語る男ではなかったが、その風貌と漂う威圧感だけで人を惹きつけるものがあった。「河東の関羽」という名はすでに侠客の間では知られており、彼が劉備の下にいるという事実が、若者たちの心を動かした。
張飛は金に糸目をつけず、武器や馬を買い揃えた。彼は涿郡の市場で刀や槍を買い占め、馬商人から良馬を何頭も引き取った。元々彼は大地主であり、その財力は劉備の徒党にとって大きな支えとなっていた。金の力で人を集めるだけでなく、張飛自身の豪快な人柄に惹かれて集まる者も多かった。彼は酒を酌み交わせばすぐに打ち解け、「一緒に戦おう」と肩を叩けば、相手も自然とその気になった。
牽招は北の村々を回り、かつて自分が世話になった者たちに声をかけた。彼は侠客としての義理を重んじる男であり、一度恩を受けた者は決して忘れなかった。そのため、彼が「力を貸してほしい」と言えば、断る者はほとんどいなかった。
簡雍は南の町々を回り、持ち前の弁舌で若者たちを勧誘した。彼は劉備という男の器量を熱心に説き、「あの男に従えば、ただのならず者で終わらず、天下に名を残せる」と口説いた。簡雍の言葉は巧みで、聞く者に夢を見させた。
十日後、劉備の家の前に、五百の男たちが集まった。
彼らは皆、劉玄徳という侠客の親分に、一度は世話になった者たちだった。武器も粗末なら、装備も整っていない。多くは農具を手にしただけの農民であり、中には棍棒一本だけを持ってきた者もいた。しかし、その目には、飢えや貧困に苦しむ民を守るという、共通の志があった。
その中に、最も若い男がいた。田豫という。まだ二十にも満たないその青年は、同郷の者たちに連れられてやって来た。
「玄徳あんちゃん、オイラも連れて行ってください」
田豫は、まだあどけなさの残る顔で劉備を見上げた。彼は漁陽郡雍奴県の出身で、幼い頃から読書を好み、兵法にも通じていたという。しかし家は貧しく、仕官の道など望めなかった。そんな時、劉備の義勇軍の噂を聞き、いてもたってもいられずに駆けつけたのである。
「国譲……お前、まだ子供だろう」
「子供でも戦えます。それに……」
田豫は真っ直ぐに劉備を見据えた。
「この乱世を、このまま見てるだけではいられません」
劉備はしばらくその顔を見つめた後、頷いた。
「わかった。ただし、無理はするな。お前にはまだ、未来がある」
田豫は深く頭を下げた。この若者は後に魏の名将として活躍することになる。だが、この時はまだ、劉備の下で戦うことを夢見る、一人の若者に過ぎなかった。
劉備は、五百の義勇兵の前に立った。彼らの顔を一人ひとり見渡す。知っている顔が多い。侠客として共に飲み、共に戦い、時に殴り合った仲間たちだ。その中には、かつて市場で劉備が助けた農民の顔もあった。張世平と蘇双の護衛を務めていた者たちもいた。賭場で一緒に博打を打ったならず者もいた。みな、それぞれの縁で劉備と繋がっていた。
「てめェら、聞け!」
劉備の声が、静寂を裂いた。五百の男たちが一斉に背筋を伸ばす。
「俺たちは、これまで侠客として、弱い者を助け、強い者に立ち向かってきた。それは、金のためだったかもしれない。義理のためだったかもしれない。だが…」
彼は拳を握りしめた。その声は次第に熱を帯びていく。
「今、この国が腐っている。民が飢え、賊が跳梁し、役人は賄賂を貪る。このまま放っておけば、俺たちの家族も、友も、皆殺される。それを指をくわえて見てるわけにはいかねえ!」
五百の男たちの目に、火が灯った。
「俺たちは侠客だ。ならば、侠客としての筋を通す。賊どもを叩き、この国を正す。ついてこい!」
「おおおおおッ!」
五百の咆哮が、涿郡の空に轟いた。張飛がひときわ大きな声で吠え、関羽が無言で大刀を掲げた。牽招が静かに頷き、田豫が目を輝かせて劉備を見つめている。簡雍は少し離れた場所で、その光景を感慨深げに眺めていた。
劉備はこの五百の義勇兵を率いて、校尉の鄒靖に従い黄巾賊の討伐に向かった。彼は自ら槍を執り、先頭に立って戦った。双剣を操り、敵陣に切り込んでいくその姿は、侠客の親分そのものだった。彼は決して後ろに下がらず、常に最も危険な場所に身を置いた。それが彼の流儀だった。
戦いは苛烈を極めた。初めての実戦に震える若者もいた。敵の数は想像以上に多く、黄巾賊は狂信的な信仰に支えられて恐れを知らなかった。仲間が倒れ、血が泥を染める。その中で、劉備は人を率いることの難しさと重みを、骨の髄まで学んだ。関羽の大刀が敵を薙ぎ払い、張飛の矛が敵陣を穿ち、牽招の槍が敵将を討ち取る。田豫は初陣でありながら、果敢に戦い、その才覚を周囲に認めさせた。
特に田豫の働きは目覚ましかった。彼は若いながらも冷静に戦場を見渡し、劉備に的確な進言をした。
「親分、敵の左翼が薄い。あそこを突けば崩せます」
劉備はその進言を即座に採用し、関羽に左翼への突撃を命じた。関羽の大刀が唸りを上げ、左翼の賊は瞬く間に潰走した。その隙に劉備自身が中央に突入し、敵将を討ち取った。田豫の慧眼がなければ、この勝利はなかったかもしれない。劉備は戦いの後、田豫の頭を撫でて言った。
「国譲、お前は只者じゃねえな。これからも俺の軍師をやれ」
田豫は照れくさそうに笑ったが、その目には確かな自信が宿っていた。
黄巾の乱が鎮まると、劉備の功績は朝廷に認められた。彼は安喜尉という小さな役職を与えられた。一県の治安を守る、末端の役人に過ぎなかったが、侠客の親分が初めて得た「公式の席」であった。義勇兵の生き残りの多くは故郷に帰っていったが、関羽と張飛は残った。牽招もまた、劉備の側に留まった。
「玄徳、これでお前も立派な役人か」
簡雍がからかうように言う。
「役人も何も、お偉いさんに気に入られりゃそれまでだ。気に入られなきゃ、また草鞋編みに戻るだけよ」
劉備は笑ったが、その目はどこか冷めていた。彼はこの「役人」というものが、侠客の世界と何ら変わらないことを知っていた。上に立つ者が理不尽であれば、下はたまらない。侠客の世界なら、筋の通らねえことは拳で解決できる。だが役人の世界は、それすら許されない。それでも劉備は、この小さな地位を足がかりに、いつかもっと大きなことを成し遂げたいと思っていた。
しかし、その夢は早々に打ち砕かれることになる。
ある日、督郵という上官が監察に来た。督郵は巡察の名目で各地を回り、賄賂を貪ることが慣例となっていた。安喜県にやってきた督郵は、宿舎に落ち着くと、すぐに県の官吏たちに賄賂の要求をほのめかした。劉備は面会を求めたが、何度門前払いを食らっても、督郵は会おうとしなかった。理由はただ一つ賄賂を用意していなかったからだ。
「玄徳、どうする。あの役人、明らかに俺たちを舐めてる」
簡雍が、珍しく怒りの色を見せた。
「舐められて済むなら、まだいい。あの手合いは、金を出さない奴は徹底的に潰す。このままじゃ、俺たちの首が飛ぶかもしれん」
劉備は黙って酒を飲んでいた。杯を置き、静かに立ち上がった。
「ならば、先に潰す」
夜。劉備は数人の子分を連れて、督郵の宿舎に押し入った。督郵は驚いて逃げようとしたが、劉備は一目散に追いかけて襟首を掴み、縄で縛り上げた。督郵は肥え太った中年の男で、抵抗する力などまったくなかった。
「お、お前、何をする! 私は朝廷の使者だぞ!」
「知るか、ボケが」
劉備は自ら鞭を振るった。二百回。彼の腕が痺れるまで、鞭を振るい続けた。督郵の悲鳴が宿舎中に響いた。一鞭ごとに督郵の背中に赤い線が走り、やがて血が滲んだ。劉備は決して手を緩めなかった。これは単なる怒りではない。民を苦しめる腐敗した官僚に対する、侠客としての断罪だった。
「これで分かったか。民を舐めてるとどうなるかってな」
劉備は自らの印綬を外し、それを督郵の首に結びつけ、馬柱に繋いだ。督郵は泣き叫びながら許しを乞うたが、劉備は振り返りもしなかった。
「俺はもう役人なんかやらねえ。好きに生きる。文句があるなら、いつでも受けて立つぜ」
劉備はその場を立ち去った。わずかに得た地位を、自らの手で投げ捨てたのである。彼の後ろ姿を見送りながら、関羽が静かに言った。
「兄者は、やはり役人など向かぬ。我らには、もっと別の道がある」
「ああ、違いねえ。俺たちゃ侠客だ。役所の机に座ってるより、戦場で暴れてる方が性に合ってる」
張飛が豪快に笑った。
官を捨てた劉備は、再び転々とする日々を送ることになった。
何度も官に仕え、何度もそれを失った。下密の丞、高唐の尉、そして令。その度に、賊に敗れ、あるいは上司と衝突し、職を失った。下密では黄巾の残党に包囲されて城を捨てざるを得ず、高唐では袁紹の侵攻に遭って敗走した。彼は常に逆境にあり、常に逃げ続けた。それでも、彼の周りから関羽と張飛が離れることはなかった。
牽招もまた、共に行動していたが、やがて別れの時が来る。牽招は故郷に残ることを選んだ。彼には老いた母がおり、その面倒を見なければならなかった。劉備は彼の決断を尊重した。刎頸の交わりとは、そういうものだ。共に生きることもあれば、別れることもある。それでも絆は切れない。
「牽招、達者でな」
「ああ、劉備。お前もな。いつかまた、どこかで会おう」
二人は固く手を握り合った。牽招の目には涙が浮かんでいた。彼は後に曹操に仕え、辺境の名将として活躍することになるが、その侠気と義理堅さは、劉備との絆が育んだものだった。
彼らが向かったのは、かつて盧植の門下で共に学んだ公孫瓚の下であった。
公孫瓚はこの頃、幽州で目覚ましい活躍を見せていた。彼は「白馬義従」と呼ばれる精鋭騎兵隊を率い、北方の烏桓や鮮卑を討伐して勇名を轟かせていた。かつての学友は、今や一軍の将として確固たる地位を築いていたのである。
「玄徳、久しぶりだな」
公孫瓚は変わらぬ傲慢な笑みを浮かべて、劉備を迎えた。彼はすでに中郎将の位にあり、幽州の一大勢力としてその名を轟かせていた。その背後には数千の白馬が並び、精強な騎兵隊が整然と列を組んでいる。かつて机を並べた学友は、今や雲の上の存在だった。
「伯珪の兄貴、世話になる」
劉備は深々と頭を下げた。公孫瓚は笑って劉備の肩を叩いた。
「遠慮するな。お前とは盧植先生の門下で苦楽を共にした仲だ。困った時は互い様よ」
公孫瓚は劉備を別部司馬に任命し、青州刺史の田楷の下へ派遣した。田楷は公孫瓚の腹心の将で、冀州の袁紹と対峙していた。劉備は幾度か戦功を挙げ、平原令を守り、後に平原相を兼任することになった。
平原は貧しいが、人々の素朴な土地だった。冀州との国境に位置し、戦乱の影響を常に受けていたが、民たちは勤勉で、土地も豊かだった。劉備はここで初めて「治める」ということを、自分のやり方でやってみようと思った。侠客としての経験が、ここで活きた。民の声に耳を傾け、税を軽くし、盗賊を取り締まる。彼は毎日自ら市場に出向き、民たちと直接話をした。役所の門を常に開け放ち、誰でも訴えを聞いた。その人柄に惹かれて、多くの連中が彼の下に集まった。
だが中には、劉備を快く思わない者もいた。郡民の劉平という男は、劉備の生い立ちを軽んじ、その下に立つことを恥じた。彼は刺客を送り込んで、劉備を暗殺しようとした。
ある夜、刺客が劉備の寝室に忍び込んだ。しかし、その刺客は劉備の寝顔を見て、刀を抜くことができなかった。あまりに無防備で、あまりに純粋なその寝顔に、刺客は自分が殺そうとしている男が、本当に悪いやつなのかどうか、分からなくなったのである。刺客は忍びなくて刺せず、自らの素性を明かし、命を助けて去っていった。
「玄徳、お前は本当に、敵さえも味方にしてしまうな」
簡雍が呆れたように言う。
「敵も味方もねえ。筋が通ってればそれでいい。あの刺客も、筋を通しただけだ」
劉備はそう答えたが、内心ではこの出来事が自分の生き方の正しさを証明しているように思えた。侠客の親分として、筋を通し、義理を重んじる。それだけで、人は動くのだ。
平原での生活は、劉備にとって忘れがたい日々だった。彼はここで初めて、自分が「治める者」として民に受け入れられた実感を得た。侠客の親分としてではなく、一人の為政者として、民の生活を守り、より良い社会を作る。それが彼の新たな目標となりつつあった。しかし、その平穏は長くは続かない。やがて彼を待ち受けるのは、徐州を巡る壮大な動乱と、呂布という暴風のような男との出会いだった。




