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外伝 曹袁対塁戦官渡 高順背後襲冀州 二段

顔良と文醜を討たれた袁紹は、激怒のあまり陣中で杯を叩き割った。しかし彼はまだ十万の大軍を擁している。数の上では圧倒的に有利であり、緒戦での敗北はあくまで戦術的なものに過ぎない。戦略的な優位は依然として袁紹の側にあった。


袁紹は全軍を挙げて南下を開始した。その陣容はまさに圧倒的だった。歩兵、騎兵、弩兵が隊列を組み、その旗は風に翻って地平線を覆い尽くす。十万の軍勢が移動するたびに大地が揺れ、その威容を目の当たりにした曹操軍の将兵たちは言葉を失った。袁紹は沮授の進言を容れ、持久戦に持ち込む構えを見せていたが、同時に数の力で曹操を押し潰すことも辞さない姿勢だった。彼は官渡の北に大陣を敷き、東西数十キロに及ぶ陣地を構築した。土塁を築き、塹壕を掘り、櫓を建て、まるで動く城塞のような陣容である。


曹操はこの大軍を前に、官渡への撤退を決断した。白馬と延津での勝利は確かに大きかったが、それはあくまで局地的なものだ。十倍の兵力差がある以上、正面から戦えば必ず負ける。ならば官渡の堅陣に籠もり、持久戦に持ち込む。曹操は全軍に官渡への移動を命じ、自ら殿を務めて袁紹の追撃を防いだ。


官渡は黄河の南岸に位置する要害の地である。北には官渡水が流れ、南には広大な平原が広がる。ここを抜ければ、その先は許昌まで遮るものはない。曹操はこの地を決戦の場と定め、全軍を集結させた。兵力はわずか一万。対する袁紹の軍勢は十万。十倍という絶望的な差を前に、曹操の将兵たちの顔には疲労と恐怖の色が濃く滲んでいた。


「これが十万の軍勢か。噂には聞いていたが、これほどとは」


夏侯惇が城壁の上から敵陣を見渡しながら呟いた。彼は曹操軍の中でも最も勇敢な将の一人だが、さすがにこの数の差には圧倒されていた。地平線の彼方まで続く敵の陣地。無数の篝火が夜の闇を焦がし、その数は星の数よりも多い。


「怯むな、元譲。数は多いが、袁紹の指揮は一枚岩ではない。必ず綻びが生じる」


曹操はそう言って夏侯惇を励ましたが、彼自身もまた内心では不安を隠しきれなかった。しかし彼は決してその不安を表に出さなかった。将たる者、兵たちの前で弱音を吐くわけにはいかない。曹操は毎日、城壁の上に立って敵陣を見つめ、兵士たちを激励し続けた。彼は兵士たちと同じ粥を啜り、同じ天幕で眠った。将軍が兵と同じものを食べ、同じ場所で眠る。その姿が、兵士たちの心を支えていた。


袁紹は数に物を言わせ、曹操の陣地に対してあらゆる攻撃を仕掛けた。まずは土山を築き、その上から曹操の陣地に矢を降り注がせた。袁紹軍の弓兵は数千を数え、その一斉射撃は空を覆い尽くすほどの密度だった。無数の矢が雨あられと降り注ぎ、曹操軍の兵士たちは盾を掲げて移動しなければならなかった。盾がなければ、まともに歩くことすらできない。矢の密度はそれほどまでに濃密だった。


曹操はこれに対抗するため、霹靂車と呼ばれる投石機を造らせた。これは巨大な梃子の原理を利用して石弾を放つ兵器であり、袁紹軍の土山を次々と破壊した。石弾が命中するたびに土山が崩れ、袁紹軍の弓兵が逃げ惑った。曹操は霹靂車の製造を命じただけでなく、その配置も自ら指示した。敵の土山に対して最も効果的な角度で石弾を放つために、彼は自ら測量を行い、技術者たちに細かな指示を与えた。


袁紹はさらに地下道を掘って曹操の陣地に侵入しようとした。彼は数千人の兵士を動員し、夜陰に乗じて地下を掘り進めた。しかし曹操はこの動きを察知し、自らの陣地の周囲に深い塹壕を掘ってこれを防いだ。袁紹軍が地下から現れようとする瞬間、塹壕に落ちて曹操軍の兵に討たれた。さらに曹操は塹壕の中に伏兵を配置し、地下から現れた敵兵を一人残らず捕縛した。


互いに一歩も譲らぬ攻防が続く中、兵糧の枯渇が曹操を追い詰めていった。一万の兵を養うための糧食は、日を追うごとに減っていく。補給線は袁紹の大軍によって断たれ、許昌からの輸送隊は途中で敵に捕まるか、あるいは戦闘に巻き込まれて散り散りになった。兵士たちに支給される粥は日増しに薄くなり、やがて湯に粟の粒が数えるほどしか浮かんでいないような有様になった。


一月が過ぎ、二月が過ぎた。官渡の砦に籠もる曹操軍の兵糧は底をつき、脱走兵が相次いだ。夜陰に紛れて城壁を降り、袁紹軍に投降する者も少なくなかった。袁紹は投降者を手厚く遇し、その情報をもとに曹操軍の内部事情を詳しく把握していた。どの部隊の士気が低いか、どの将軍が曹操に不満を抱いているか。袁紹はその情報を分析し、曹操軍の弱点を探っていた。


曹操は心身ともに追い詰められ、ついに荀彧への手紙を認めた。夜の天幕の中で、彼は震える手で筆を執った。灯火の下で認められたその文面は、普段の曹操からは想像もつかないほど弱々しいものだった。


「文若、もはや限界だ。兵糧は尽き、兵たちの士気は地に堕ちた。毎夜、脱走兵が後を絶たず、このままでは全滅する。一旦、許昌に退いて体勢を立て直したい。どうか、どうか許してほしい」


曹操はその手紙を認め終えると、しばらく灯火を見つめていた。彼は自分の弱さを認めることが、何よりも悔しかった。しかし現実は冷酷だった。十倍の敵を相手に、食料もなく、援軍もなく、このまま戦い続ければ全滅するのは明らかだった。彼は決断を迫られていた。


許昌で留守を預かる荀彧は、この手紙を読むとすぐさま返書を認めた。使者は曹操の手紙を携えて夜通し馬を駆り、許昌に到着するなり荀彧の屋敷に飛び込んだ。荀彧は手紙を読むと、しばらく目を閉じた。彼は曹操の苦悩を痛いほど理解していた。しかしだからこそ、ここで退くことはできない。荀彧は筆を執り、一気に返書を認めた。その文面は、曹操への深い敬愛と、厳しい叱咤に満ちていた。


「丞相、今退けばすべてが終わります。公は十倍の敵を相手に、すでに数ヶ月も持ちこたえられた。それは奇跡に近い。しかし奇跡はまだ終わっていない。耐え抜けば必ず奇策を講じる機が訪れます。どうかもう一度だけ、私の言葉を信じてください。ここで退けば、我々は永遠に中原を失います」


荀彧の手紙には、さらに続きがあった。


「公はかつて、洛陽の北部尉として五色の棒で権勢家の者たちを叩き、董卓を討つために決起し、天子を奉戴して天下に号令された。その公が、なぜ今ここで退こうとされるのか。退けば公の覇業は終わり、漢室もまた終わります。公には天下を安んじる責務がある。その責務を、どうかお忘れにならぬよう」


曹操はこの手紙を読み終えると、深く息を吐いた。彼は荀彧の言葉を胸に刻み、徹底抗戦を誓った。全軍に「退く者は斬る」と布告し、自らも陣頭に立って兵士たちを鼓舞し続けた。彼は荀彧の手紙を何度も読み返し、そのたびに自分の中の弱さと戦った。荀彧は自分を信じている。ならばその信頼に応えねばならぬ。曹操は再び決意を固めた。


しかし状況は刻一刻と悪化していった。袁紹の包囲網はますます狭まり、曹操軍の補給線は完全に断たれた。兵士たちは一日に一食の粥を啜り、それすらも底をつきかけている。粥と言っても、もはや粟の粒が数粒浮かんでいるだけの湯に過ぎない。兵士たちの頬はこけ、目は落ち窪み、立っているだけで精一杯の者も少なくなかった。


曹操自身もまた、連日の不眠と疲労で頬はこけ、その目は深く窪んでいた。それでも彼は決して弱音を吐かず、兵士たちと同じ粥を啜り、同じ天幕で眠った。ある夜、曹操が天幕の中で粥を啜っていると、若い兵士が一人、天幕の入り口に立っていた。


「丞相、そのような粗末なものをお召し上がりにならなくとも」


「何を言う。お前たちが食べているものを、私が食べられぬはずがあるか。それに、この粥はうまい。空腹は最高の調味料だ」


曹操はそう言って笑った。その笑顔を見て、若い兵士は涙を流した。この話はすぐに陣中に広まり、兵士たちの士気はわずかに持ち直した。


曹操の陣中には、奇妙な静けさが漂っていた。もはや誰もが死を覚悟し、それゆえにかえって平静だったのである。夏侯惇は毎夜、城壁の上に立って敵陣を見つめた。その隻眼は暗闇の中でぎらぎらと光り、いつ敵が攻めてきても迎え撃てるようにと、彼は夜通し警戒を続けた。曹仁は兵士たちと共に壕を掘り続けた。その手には豆ができ、血が滲んでいたが、彼は決して手を休めなかった。荀攸は地図を前に、何か策はないかと考え続けた。彼は袁紹の陣営の配置を細かく分析し、弱点を探していた。郭嘉は病に臥せりながらも、曹操に「必ず機は来ます」と言い続けた。彼の病状は日を追うごとに悪化していたが、それでも彼は曹操のもとを離れず、献策を続けた。


曹操自身もまた、毎夜、城壁の上に立った。彼は敵陣の篝火を見つめながら、何か策はないかと考え続けた。袁紹の陣営は完璧に見えた。しかし完璧な陣営など、この世に存在するはずがない。必ずどこかに弱点がある。曹操はその弱点を探り続けた。


その機は、誰もが予想しなかった形で訪れた。


袁紹の陣営では、亀裂が深まりつつあった。沮授は持久戦を主張し、郭図は速戦を主張した。両者の意見は真っ向から対立し、袁紹はその間で決断を下せずにいた。沮授は「時間をかければ曹操は必ず飢える。焦って攻める必要はない」と説き、郭図は「高順が冀州の過半を制圧した今、我々に時間の余裕はない。速戦で曹操を倒し、その後で高順に備えるべきだ」と反論した。袁紹はどちらの言い分にも一理あると思い、結局は決断を先延ばしにした。


田豊は袁紹に諫言したかどで投獄されていた。彼はかつて「曹操は決して侮れない。持久戦に持ち込み、敵の兵站を断つべきだ」と進言したが、袁紹はそれを聞き入れず、むしろ自分の権威に逆らう者として田豊を牢に繋いだのである。田豊は獄中で官渡の戦況を聞き、深く嘆息したという。「私の言う通りにしていれば、こんなことにはならなかったのに」と。


許攸は自分の献策が容れられないことに不満を募らせていた。彼は袁紹の幕僚の中でも特に有能な男であり、その自尊心もまた高かった。彼は何度も袁紹に献策したが、その多くは郭図や逢紀によって妨げられ、袁紹自身の優柔不断もあって採用されることはなかった。許攸の不満は日を追うごとに募り、ついには袁紹への忠誠心そのものが揺らぎ始めていた。


その夜、許攸は袁紹の本営を訪れた。彼は曹操の兵糧が尽きかけていることを察知し、今こそ許昌を奇襲すべきだと進言した。曹操の主力は官渡に釘付けになっており、許昌の守備は手薄である。軽騎兵をもって許昌を衝けば、曹操は退路を断たれ、官渡で孤立する。それは戦略的には極めて有効な策だった。


「曹操は老獪だ。許昌には必ず伏兵がいる。軽挙は慎め」


袁紹はこの策を退けた。許攸は袁紹の決断力のなさに失望し、陣営を後にした。その夜、彼の家族が罪を犯して逮捕されたという報せが届いた。実はこれは郭図と逢紀の陰謀であり、許攸を袁紹から遠ざけるための策だった。許攸の妻が故郷で蓄財していたことを罪に問い、家族を逮捕させたのである。許攸はこれに激怒し、ついに袁紹を見限る決意を固めた。


許攸は夜陰に乗じて陣営を抜け出し、曹操のもとへと向かった。彼が袁紹の陣営を出る時、誰一人として彼を止める者はいなかった。あまりにも当たり前のように、彼は袁紹の陣営を後にした。それは袁紹陣営の結束が、すでにこの時点で崩壊していたことを示している。


曹操は許攸の来訪を聞くと、裸足のまま飛び出して彼を迎えた。曹操が裸足で出迎えるというのは、この時代における最大級の敬意の表現だった。曹操は自分の足元を顧みる余裕もないほどに喜び、興奮していたのである。許攸は袁紹陣営の中枢を知る男であり、彼がもたらす情報は戦局を一変させる可能性を秘めていた。


「子遠、よく来てくれた。袁紹はどうだ」


許攸は曹操の手を握り返し、静かに言った。


「孟徳、お前に一つだけ教えよう。袁紹の莫大な兵糧は、すべて烏巣に集積されている。守備は淳于瓊。兵は少ない。今、烏巣を襲えば、袁紹の軍は一日で崩壊する」


曹操はこの言葉を聞くと、しばし沈黙した。烏巣は袁紹の陣営の奥深くにある。襲撃に向かえば、途中で発見される危険が極めて高い。もし発見されれば、五千の兵は包囲され、全滅するだろう。しかし許攸の言葉が真実ならば、これこそが待ち望んだ「機」だった。


曹操の幕僚たちは、許攸の言葉を疑った。程昱は「罠の可能性がある」と警告し、曹洪は「敵陣深くに入り込むのは危険すぎる」と反対した。しかし荀攸だけは違った。彼は許攸の目を見つめ、その言葉に嘘がないことを見抜いた。


「丞相、これは機です。許攸殿は本気です。今、烏巣を襲わなければ、二度とこのような好機は訪れません」


曹操は荀攸の言葉に深く頷いた。彼は荀攸と許攸の二人を信じ、烏巣への奇襲を決断した。この決断こそが、官渡の戦いの全てを変えることになる。

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