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社畜が目覚めたら将軍!? 史実(未来予知)で成り上がり、乱世を生き抜く  作者: 八月河
偽帝袁術伝 四強連手滅仲氏 聯軍到寿春落日
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偽帝袁術伝 四強連手滅仲氏 聯軍到寿春落日 五段

寿春の戦いから数ヶ月。季節は春を迎え、許昌の郊外には若草が芽吹き、梅の花が咲き乱れていた。


朝廷には久方ぶりの平穏が訪れていた。袁術という逆賊は討たれ、伝国の玉璽は天子の御手に戻り、論功行賞も滞りなく済んだ。曹操は袁術の旧領である豫州を接収し、中原における支配権を磐石のものとした。孫堅は正式に揚州牧として認められ、江東の虎は南方の覇者としての地位を確立した。劉備は徐州牧として東方の要衝を任され、呂布は河内郡太守として曹操と袁紹の緩衝地帯に封じられた。そして高順は、もはや人臣としてこれ以上の栄誉を与えようのないほどの地位を確立していた。


すべてが、うまく収まったかに見えた。


しかし高順の目には、その平穏がかえって不気味に映っていた。嵐の前には、必ず静けさが訪れる。それは彼が乱世で生き抜く中で身につけた、いわば生存本能のようなものだった。


春の狩猟が催されたのは、桃の花が満開を迎えた頃だった。


天子・劉協が自ら弓を携え、群臣と共に騎乗して野を駆ける。これは単なる娯楽ではない。漢室の古き儀礼であり、天子の威光を天地に示す神聖な行事である。許昌の北に広がる禁猟区には、色とりどりの旗が立てられ、百官が馬を連ねて天子の後を追った。


劉協はこの日を心待ちにしていた。寿春での閲兵式以来、彼は自分が単なる傀儡ではないという自覚を深め、天子としての振る舞いを学びつつあった。蔡邕の講義にも熱心に耳を傾け、書を読み、詩を詠み、少しずつではあるが帝王としての風格を身につけ始めていた。この狩猟もまた、彼にとっては自らの成長を群臣に示す晴れの舞台だった。


しかし、現実は甘くなかった。


劉協は弓を引き絞り、前方を駆ける鹿の群れに矢を放った。しかし矢は鹿の背をかすめて地面に突き立ち、鹿は驚いて藪の奥へと逃げていった。劉協はさらに矢を番え、狙いを定めるが、今度は弓を引き絞る力が足りず、矢は遥か手前で力尽きた。三度目も、四度目も、矢は鹿に届かない。劉協の額には汗が滲み、その手は微かに震えていた。彼は懸命に自分を鼓舞したが、体は思うように動かず、群臣たちの視線が痛いほど背中に突き刺さる。


「陛下、お疲れのご様子。ここはひとまず……」


傍らの侍中が気を遣って声をかけたが、劉協は首を振った。しかし彼の腕はすでに限界を超え、弓を構えることすらままならない。群臣たちは気まずそうに視線を逸らし、ある者は密かにため息をついた。


その時だった。


「陛下、失礼いたします」


後方から馬を進めてきた曹操が、劉協の手から弓を取り上げた。その動作はあまりに自然で、まるで当然のことのように見えた。群臣たちは息を呑み、劉協もまた、何が起きたのか理解できずに曹操を見つめた。


曹操は劉協の弓を手に取ると、手綱を捌いて馬を前に進め、前方を駆ける鹿に向けて矢を放った。矢は一直線に飛び、鹿の首筋を深々と射抜いた。鹿は一瞬よろめき、崩れるように倒れる。見事な腕前だった。


「お見事!」


誰かが叫んだ。しかしすぐに、その声は不自然に途切れた。群臣たちは互いに顔を見合わせ、何と言っていいのかわからずに押し黙った。曹操が天子の弓を奪い、天子の獲物を射止めた。それが何を意味するのか、誰もが理解した。しかし誰も、それを口にすることはできなかった。


劉協は馬上で硬直していた。彼の顔からは血の気が引き、唇が微かに震えている。袁術討伐の閲兵式で味わったあの高揚感、自分が確かに天子であるという実感、そして群臣たちの「万歳」の声。それらすべてが、この一瞬で音を立てて崩れ去っていくような錯覚を覚えた。曹操は天子の弓を手にしたまま、平然とした顔で周囲を見渡している。その顔には悪意も嘲笑もなかったが、だからこそ、かえって恐ろしかった。


「……見事な射だ、孟徳」


群臣の沈黙を破ったのは高順だった。彼は静かに馬を進め、曹操と劉協の間に割って入るように位置を取った。その声はあくまで平静で、何の感情も込められていないように聞こえた。しかし高順の目は、曹操の手に握られた天子の弓を、冷徹に見据えていた。


「恐れ入ります、驃騎将軍。陛下の弓は弦が強すぎたようです。次の狩猟までには、陛下のお力に合わせた弓を用意いたしましょう」


曹操は高順の視線に気づき、わずかに口元を歪めながら弓を侍中に手渡した。彼は高順が何を考えているかを正確に察知していた。だからこそ、あえて恭しい言葉で返したのである。


劉協は何も言えなかった。彼は曹操に弓を奪われたことに抗議することもできず、かといって感謝することもできず、ただ馬の上で俯いていた。彼の自尊心は深く傷つけられていたが、それ以上に、曹操という存在に対する恐怖が、彼の心を支配し始めていた。


狩猟が終わり、群臣たちがそれぞれの陣営に戻った後、高順は一人で宿営地の外れにある丘に立っていた。春の夜風がまだ冷たく、彼の頬をかすめていく。空には満天の星が輝き、遠くの陣営からは篝火の灯りが揺らめいていた。


「将軍、お一人ですか」


背後から声がした。振り返ると、賈詡が静かに立っている。高順は無言で頷き、再び星空に目を向けた。


「今日の狩猟、将軍はどうご覧になりましたか」


「曹操は線を越えた。天子の弓を奪い、天子の獲物を射る。あれは単なる無礼ではない。意図的な示威行為だ」


「同感です。曹操は群臣に示したのです。天子は自分なしでは何もできず、弓すらまともに引けぬ存在であると。そして自分こそが、この朝廷を動かす真の力であると」


賈詡の言葉に、高順は深く息を吐いた。


「私は曹操と信義を結んだ。彼が漢室を立て直すなら、私は彼を支えると約束した。しかし今日の曹操は、漢室を立て直すどころか、天子の尊厳を踏みにじった。あれは董卓が最初に見せた兆候と同じだ。まだ穏やかな形ではあるが、方向性は同じだ」


「将軍、一つ申し上げてもよろしいでしょうか」


賈詡が一歩前に進み、声を潜めた。


「許昌の空気は、日に日に悪くなっております。私は密かに情報を集めておりましたが、董承と伏完が何かを企んでいる気配があります。彼らは曹操を排除するために動き始めている。もし将軍がこのまま許昌に留まれば、彼らは必ず将軍を巻き込もうとするでしょう」


「董承と伏完か」


高順は静かに呟いた。董承は董貴人の父であり、伏完は伏皇后の父である。いずれも外戚として朝廷内に強い影響力を持つ重臣だが、彼らが曹操に正面から対抗できるとは思えなかった。むしろ、彼らの軽挙が曹操に専横を加速させる口実を与えることになる。王允の時と同じだ。正義に駆られた者たちが、結果として状況をさらに悪化させる。


「巻き込まれるわけにはいかん。私は并州に帰らねばならぬ。あの地を守り、民を養い、法と秩序を固めることこそが、私の役目だ。朝廷の陰謀に首を突っ込んでいる暇はない」


「では、いつごろお発ちになりますか」


「明日にでも曹操に暇乞いをしよう。長く留まりすぎた」


高順はそう言うと、踵を返して陣営へと歩き出した。賈詡はその後ろ姿を見送りながら、微かに笑みを浮かべた。高順は決して感情で動く男ではない。しかし今日の狩猟で彼が感じた曹操への違和感は、彼の胸の中で確かな決断へと変わっていた。贾詡はそのことを理解していた。


同じ夜、許昌の宮中では、別の動きが密かに進んでいた。


董承の私邸。灯りを落とした書斎の奥で、二人の男が向かい合っていた。一人は董承、もう一人は伏完である。二人の間には小さな灯りが一つだけ置かれ、その灯りが彼らの老いた顔を不気味に照らし出していた。


「今日の狩猟を見たか。曹操はもはや天子を傀儡として扱うことに何の躊躇もない。天子の弓を奪い、天子の獲物を射るなど、臣下の振る舞いではない」


董承の声は低く、怒りに震えていた。


「私は長く曹操を見てきた。最初は漢室を立て直す忠臣だと思っていた。しかし違った。彼は自分の覇業のために天子を利用しているに過ぎない。そして今、その仮面が剥がれ始めている」


「だからといって、我々に何ができるというのです。曹操は強大です。軍権も政権も、すべて彼の手中にある」


伏完の声は慎重だった。彼は董承のような激情に駆られることなく、常に冷静に状況を見極めようとする男である。しかしその目には、董承と同じく深い憂いの色が浮かんでいた。


「手はある。我々は天子の密詔を受けるのだ。陛下は曹操を恐れておられる。今日の狩猟の後、陛下は私に『朕はまた董卓の時代に戻ったのか』と仰せられた。あの御方を守れるのは、もはや我々しかいない」


「密詔、ですか。それはあまりに危険な賭けです。もし失敗すれば、我々だけでなく、一族全員が処刑される」


「だからこそ、確実に動かねばならぬ。高順はどうだ。彼ならば曹操に対抗できる力を持つ」


「高順は……難しいでしょう。彼は曹操と奇妙な友情で結ばれている。それに彼は并州を守ることにしか興味がない。朝廷の権力争いに加担するとは思えません」


伏完は以前、高順に直接協力を求めて断られた経験がある。あの時の高順の冷たい目は、今も彼の記憶に刻まれていた。高順は決して曹操に従属しているわけではない。しかし同時に、董承たちの味方になることも決してないだろう。彼はただ、自分の信念だけに従って動く男だった。


「ならば、高順を当てにするのはやめよう。我々は我々で動く」


董承は立ち上がり、壁に掛けられた剣を見上げた。その剣はかつて董卓を討った時に彼が帯びていたものであり、彼の決意の証でもあった。


「私は必ず曹操を討つ。たとえこの身が滅びようとも、漢室を守るためだ」


翌日、高順は曹操の丞相府を訪れた。


庭園の東屋で、二人は久しぶりに向かい合って座っていた。春の陽射しが穏やかに降り注ぎ、庭の池には花びらが浮かんでいる。しかし二人の間を流れる空気は、かつてのような奇妙な友情に満ちたものではなく、どこか張り詰めたものになっていた。


「孟徳、私は并州に帰る」


高順が静かに切り出すと、曹操は少しだけ目を細めた。


「そうか。長く留まらせてしまったな。袁術討伐からもう数ヶ月になる。そろそろ北方の異民族も動き出す頃合いか」


「ああ。蹋頓も扶羅韓も、こちらの内紛に乗じて隙を窺っている。早く戻らねばならん」


「わかった。今まで世話になったな、高順」


曹操は杯を掲げ、高順もそれに応じた。二人は無言で酒を酌み交わした。しかしその沈黙は、かつてのような親密なものではなかった。


「孟徳、一つだけ言っておく」


高順は杯を置き、曹操の目をまっすぐに見据えた。


「お前は天子を守ると約束した。私はその約束を信じている。しかし昨日の狩猟で、お前は天子の弓を奪い、天子の獲物を射た。あれは群臣に何を示したかったのか」


曹操はしばらく沈黙した。彼は高順の目を見つめ返し、やがてゆっくりと口を開いた。


「お前はあれを専横だと言いたいのか」


「私がどう思うかではない。群臣がどう見たかだ。天子がどう感じられたかだ」


「高順、私はな、天子を守るために必要なことは何でもする。たとえそれが、天子の尊厳を一時的に傷つけることであってもだ。昨日の狩猟で、天子は自分の非力さを思い知らされただろう。しかしそれでいい。今の天子には、まだこの乱世を渡り切る力が足りない。だから私が代わりに弓を引き、私が代わりに鹿を射る。それが今の朝廷に必要なことだ」


「ならば、いつか天子が力を身につけられた時、お前はその弓を天子にお返しするのか」


高順の問いに、曹操は答えなかった。彼は杯を手に取り、酒を一口含んだが、その目は遠くを見つめていた。


「……私は、漢室を立て直すと誓った。その誓いに偽りはない。しかし、その方法がお前の理想と違うことは、私も承知している。高順、お前は天子を『人』として見ている。私は天子を『国』として見ている。この違いは、いつか決定的な亀裂を生むかもしれんな」


「かもしれんな」


高順は短く答え、立ち上がった。


「達者でな、孟徳。次に会う時が、いつになるかはわからん。だが、お前が漢室を守る限り、私はお前の味方だ」


「ああ。お前も達者でな、高順」


曹操は立ち上がり、高順の手を固く握った。二人の間には、まだ確かな友情が残っていた。しかしその友情の上には、見えない罅が静かに走り始めていた。


許昌の城門を出ると、そこにはすでに并州へ帰還する隊列が整っていた。一万の兵が高順の帰りを待っている。蔡琰を乗せた馬車も、すでに用意されていた。


「将軍、お帰りになられますか」


張五が馬を寄せてきた。高順は静かに頷き、驍風の手綱を取った。


「ああ。并州に帰る。我々の国に」


高順は振り返り、許昌の城壁を見上げた。春の陽射しが城壁を柔らかく照らし、街には活気が満ちている。しかしその平穏の裏で、陰謀が静かに、しかし確実に進行していた。董承と伏完は曹操を排除するために動き、曹操は自らの覇業のために天子を利用し続ける。そしていつか、この二つの力は激突する。その時、自分はどちらに立つのか。


高順はその答えをまだ持っていなかった。しかし彼には帰るべき場所があった。并州という、自分が築き上げた法と秩序の国。そこでは身分や出自に関わらず、才ある者が活躍できる。過ちを犯した者にも、償いやり直す機会がある。彼はその理想を守り抜くために、これからも戦い続ける。


「行くぞ。目指すは晋陽」


高順の号令と共に、隊列は北へと動き出した。春の風が草原を渡り、馬蹄が大地を軽やかに叩く。彼の胸中には、曹操との奇妙な友情、天子への変わらぬ忠誠、そして来るべき嵐への警戒が、静かに渦巻いていた。

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