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社畜が目覚めたら将軍!? 史実(未来予知)で成り上がり、乱世を生き抜く  作者: 八月河
偽帝袁術伝 四強連手滅仲氏 聯軍到寿春落日
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偽帝袁術伝 四強連手滅仲氏 聯軍到寿春落日 三段

井闌の最上層から放たれた最初の弩矢が土手の上に突き立った、まさにその瞬間から、寿春を巡る最後の戦いは始まった。


孫堅の水軍が淮河の霧に紛れて北門に接近し、一斉射撃を開始する。無数の火矢が城壁に降り注ぎ、木造の櫓や兵舎に次々と着火した。火の手は瞬く間に広がり、北門の守備兵は混乱に陥った。消火する余裕もなく、燃え盛る炎から逃げ惑う兵たちの姿が城壁の上に見える。孫堅の旗艦からは銅鑼の音が鳴り響き、水兵たちが城壁に取り付く。


曹操の井闌五基が東門に向けて前進する。城壁より高い位置からの弩射が、城壁上の兵たちを次々と射抜いていった。四層の櫓から放たれる弩矢は、まるで雨のように城壁上の守備兵に降り注ぐ。夏侯惇の率いる青州兵が破城槌を押し出し、巨大な鉄製の槌が門扉を打ち据える。一打、二打、三打。門が軋みを上げ、蝶番が歪み、木片が飛び散った。破城槌を守る歩兵たちは、上から投げ落とされる石や熱湯に耐えながら、ひたすらに槌を揺らし続けた。


西門では高順の陷陣営が、陌刀を振りかざして城壁に取り付いていた。光明鎧の重装歩兵が先頭に立ち、弩兵が城壁上の敵を制圧射撃する。陷陣営の兵たちは、まるで機械のように正確に、無駄な動きひとつせずに攻城梯子をかけた。梯子が城壁にかかるやいなや、先頭の兵が駆け上がる。城壁の上からは、必死の防戦を試みる守備兵たちが、石を落とし、槍を突き出す。高順の兵はそれに怯まず、盾を掲げて前へ進む。一人が落とされれば、次の者が代わる。その繰り返しだった。高順は本陣からその様子をじっと見つめ、微動だにしなかった。


淝水の西岸では、橋蕤が死地に立っていた。


曹操の井闌が渡河点を射程に捉え、土手の陣地に弩矢の豪雨が降り注ぐ。何十本、何百本という矢が、空を覆って飛来する。見上げれば、空が暗くなるほどの矢だった。幾人もの兵が射倒される中、橋蕤は退却を命じ、自ら殿を務めた。


「撤退!城内へ戻れ!ここは私が食い止める!」


兵たちは躊躇した。しかし橋蕤の怒号が響き、ようやく彼らは走り出した。殿に残ったのは、わずか十数名。全員が橋蕤の古参兵だった。


追撃してきた曹操軍と高順軍の混成部隊を、彼は槍一本で堰き止めた。水際の土手に立ち、敵兵が押し寄せるのを待ち受ける。最初の一人が斬りかかってきた時、橋蕤は体をかわして喉を突いた。二人目が横から薙ぎかかれば、槍を回してその手首を打ち据えた。三人目を突き倒したところで、背後から斬りかかられて肩を深く裂かれた。血が噴き出し、左腕の感覚がなくなる。それでも彼は槍を手放さなかった。左手が利かぬならば、右手だけで槍を振るった。


「まだだ……まだ行ける……!」


全身に十以上の傷を受け、橋蕤はそれでも立ち続けた。彼の周りには、十数名いた殿の兵たちが、全員倒れている。最後の一人になっても、彼は土手の上で敵を拒み続けた。その姿に、攻め寄せていた曹操軍の兵たちも一瞬たじろいだ。


「雑魚ども! 何を怯む! この橋蕤を倒したければ、せいぜい屍を積み上げることだ!」


彼の怒号に、曹操兵たちは再び斬りかかった。前から、横から、背後から、いくつもの刃が橋蕤に迫る。槍では防ぎきれず、刀傷が次々と彼の体を切り裂いた。


ついに、橋蕤は動かなくなった。断末魔の言葉はなかった。彼はうつ伏せに倒れたが、顔は寿春の城の方角を向いていたという。誰の刃が致命傷となったのか、誰にもわからなかった。あまりに多くの傷がありすぎて。


橋蕤の陣地が陥落したことで、淝水の防衛線は崩壊した。高順軍の本隊が渡河を開始し、西門への圧力は決定的なものとなる。


八公山の山頂で、紀霊は寿春の城から上がる黒煙を見た。城が燃えている。宮殿が、城門が、兵舎が。各所から立ち昇る煙が、秋の空を黒く染めていく。もはや山頂に留まる意味はない。彼は大刀を手に、わずかな手勢を率いて山を下りた。城内に突入し、主君を守るために。山道を駆け下りながら、紀霊の頭の中には奇妙な静けさがあった。もはや勝敗はどうでもいい。ただ、自分が果たすべきことを果たすだけだ。


しかし南東の台地で、彼の行く手を遮る軍勢があった。劉備の本隊である。台地の上から見下ろすと、劉備軍は整然と陣を敷き、中央には劉備の本陣、左右には関羽と張飛の部隊が展開している。緑の旗が秋風に翻り、軍容はまさに精鋭だった。


紀霊には二つの選択肢があった。迂回して城内を目指すか、このまま突っ込むか。前者ならば、おそらく城内にはたどり着けるだろう。しかし、背後から関羽と張飛に追われることになる。後者ならば、城内にたどり着くことさえ難しいだろうが、時間を稼ぐことはできる。紀霊は一瞬も迷わなかった。


「全軍、突撃! 敵の正面を突き破る!」


先頭に立って駆け出した紀霊の眼前に、緑袍の巨漢が立ちはだかった。青龍偃月刀が陽光を受けて鈍く光る。関羽だった。


「紀霊。貴様は強いと聞いている。ここで会ったが最期、覚悟せよ」


「我こそは仲氏車騎将軍・紀霊なるぞ。関羽、相手になれ!」


紀霊は大刀を構え、自ら関羽に斬りかかった。両者の得物が激しく打ち合わされ、金属の悲鳴が戦場に響き渡った。一合、二合、三合。剛力と技の応酬は互角だった。関羽の青龍偃月刀が唸りを上げて横薙ぎに払われるたびに、紀霊は大刀でこれを受け止め、押し返す。受け止めるたびに、腕が痺れ、手のひらが裂ける。それでも彼は怯まなかった。その膂力に関羽の目が微かに感嘆の色を浮かべた。


「見事な力だ。袁術がおらねば、我が旗下に迎えたかった」


「生憎と、俺は主を選ばん。主が俺を選んだのだ」


紀霊の言葉に、関羽はそれ以上何も言わなかった。二人の間には、言葉を超えた武人同士の通じ合うものがあった。


しかし紀霊が関羽と打ち合う間にも、彼の周囲では配下の兵たちが次々と討ち倒されていった。劉備軍の兵数は数千。対する紀霊の手勢は数百。多勢に無勢は否めず、兵たちは包囲されては各個に撃破されていく。半刻も経たぬうちに、紀霊の周りで立っている味方は誰もいなくなる。味方の屍が折り重なり、台地の土を赤く染めていた。


紀霊はそれを目の端で捉えながらも、大刀を振るう手を止めなかった。もはや勝敗は決している。生きて帰れる見込みもない。それでも彼は、一つの決断をもう固めていた。


(せめて一矢報いる。陛下、これが私の最後のご奉公にございます)


紀霊は突然、馬首を返した。関羽との打ち合いを中断し、軍馬を鞭打って一直線に劉備の本陣めがけて突撃する。その目は劉備だけを捉えている。馬蹄が地面を蹴り、土煙が舞い上がる。彼の突進は、まさに猪突猛進という言葉そのものだった。


劉備は紀霊の突進を認め、腰の剣に手をかけた。彼の目に、恐怖の色はない。むしろ自ら迎え撃つ気構えで、馬を前に出そうとさえした。


しかし、その劉備の前に立ち塞がる影があった。


「兄者に手を出せると思うな」


張飛である。紀霊の大刀が振り下ろされるより早く、丈八蛇矛が唸りを上げて空を薙いだ。紀霊は渾身の一刀を放とうとしたその瞬間、胸を矛に貫かれた。矛先は鎧を砕き、肉を裂き、背中まで抜ける。紀霊の体が馬上で一瞬浮き、それからゆっくりと傾いだ。


「見事……」


紀霊の口から血が溢れ、言葉が途切れた。彼の瞳が映した最後の景色は、遠くに見える寿春の城だった。城からは黒煙が上がり、旗は落ち、城壁は崩れかけている。ああ、終わったのだな。そう思った瞬間、不思議な安堵が彼を包んだ。


(陛下、不忠者はこれにて一足先に黄泉路に参ります。どうか、せめて最後だけは皇帝らしくあられよ)


それが紀霊という男の、最期の念いだった。


彼は馬上でゆっくりと崩れ落ちた。兜が外れ、無造作に結われた髪が解けて風に流れた。その顔には、不思議なほど穏やかな表情が浮かんでいたという。人生で初めて、心おきなく全力を尽くせた戦いだったからかもしれない。


張飛は矛から血を振り払い、静かに言った。


「強かったぞ、お前……。敵じゃなきゃ酒でも飲めたかな……」


その言葉に、関羽も無言で頷いた。彼は青龍偃月刀を下ろし、紀霊の亡骸に一礼した。


東門では、張勲が最後の戦いを続けていた。


曹操の破城槌がついに東門の外門を打ち破り、兵たちが甕城の中に雪崩れ込む。外門が破られたと聞いて、城内の守備兵の多くはすでに逃げ出していた。しかし張勲は違った。彼は甕城の内門を自ら閉ざし、侵入してきた敵兵もろとも甕城の中に飛び込んだのである。彼は生きて帰るつもりはなかった。敵を一人でも多く道連れにし、それで自分も死ぬ。それが彼の描いた最期だった。


「我こそは仲氏大将軍・張勲なるぞ!」


彼の周囲を取り囲む曹操兵は数十名。いずれも精鋭の青州兵だった。張勲は刀を振るい、最初に斬りかかってきた敵兵の剣を受け流してその腕を斬り飛ばした。返す刀で別の兵の喉を斬り裂く。血飛沫が甕城の石壁を赤く染めた。


「命が惜しく無くばかかってまいれ!」


張勲は叫んだ。それは敵に向けた言葉であると同時に、自分自身への鼓舞でもあった。一太刀ごとに敵兵が倒れるが、彼の体にも次々と傷が増えていく。肩を斬られ、脇腹を刺され、腿を裂かれた。鎧は既にぼろぼろで、そこかしこから血が滲んでいる。それでも彼は刀を杖代わりに立ち上がり、迫りくる敵を払い続けた。


「降伏せよ、張勲! 曹操様は貴殿の武勇を惜しんでおられる!」


敵将の一人が叫んだ。青州兵の隊長格らしい男だった。しかし張勲は答えなかった。彼の脳裏には、十五年前に自分を一兵卒から取り立ててくれた袁術の若き日の姿があった。あの頃の袁術は、まだ野心に燃えながらも、家臣を大事にする気持ちを持っていた。戦で傷つけば見舞いに来てくれ、手柄を立てれば心から褒めてくれた。いつから変わってしまったのか。いつから、あの男は自分のことしか見えなくなったのか。


だが、そんなことはもうどうでもよかった。あの男が今の袁術でないことは誰よりもわかっている。しかし恩義は恩義だった。その恩義に、今こそ報いる時だ。


「ならん。俺は裏切らん。俺の主は、あの御方ただ一人だ」


張勲が最後の一太刀を振るおうとしたその時、甕城の外から新たな軍勢が現れた。黒衣の重装歩兵――并州軍だった。


「止めよ!」


一喝とともに現れたのは魏越。高順の副将である。彼の後ろには、弩を構えた并州兵がずらりと並んでいた。


「高順様の命だ。張勲将軍を討つな。これは命令である!」


青州兵たちは動揺し、互いに顔を見合わせた。曹操の将・夏侯惇が進み出て、魏越と何事か言葉を交わした。しばらくの押し問答の後、夏侯惇は渋々ながら兵を引かせた。


張勲は膝をつき、刀を杖にしてもはや立ち上がる力もなかった。血が多量に流れ出し、意識が朦朧としている。魏越が歩み寄り、静かに言った。


「我が主の言葉を伝える。『主君を最後まで裏切らなかった将には、その礼を尽くすべきだ』と。張勲殿、どうかこれを」


魏越は、清潔な布と水を差し出した。張勲はそれを受け取らず、しばらく魏越の顔を見つめていた。


「……なぜ俺を生かす。俺は敵将だぞ。今ここで討ち取れば、貴様の武功になるものを」


「我が主は言われました。『あの男の忠義は本物だ。本物の忠義を持ちながら、主君の過ちを止められなかった不運を、どうか并州で生かしてやってほしい』と」


張勲は地面に額をつけ、声を上げて泣いた。彼が人前で涙を見せたのは、十五年ぶりのことだった。その涙は、悔しさか、悲しさか、それとも安堵か。おそらくそのすべてだった。彼は泣きながら、地面に何度も額を打ちつけた。石畳に血が滲み、涙がそれに混じった。


内城の宮殿の前では、楽就が最後まで戦っていた。


連合軍が城内に雪崩れ込む中、彼はたった数十名の手勢と共に宮殿の正門に陣取っていた。寿春の街路にはすでに敵兵があふれ、民家は燃え、逃げ惑う人々の悲鳴が響いている。その混乱の中で、楽就は刀を両手に構え、押し寄せる敵兵を次々と斬り伏せた。彼は誰の配下でもない、ただの乱軍が雪崩れ込んできたのを相手にしていた。統率のとれていない烏合の衆とはいえ、その数は百を超えている。多勢に無勢、やがて力尽き、全身を斬られて倒れた。


「俺……戦えたかな…、臆病に成らずに戦えたかな…! 紀霊、張勲、橋蕤……俺はここまでだった。みんな、あとは頼んだぜ…」


彼の断末魔の言葉は、誰に届くこともなく、戦場の喧騒に消えた。楽就は常に自分を卑下する男だった。紀霊や張勲のような武功もなく、橋蕤のような知略もない。ただ、与えられた役目を守るだけの凡人だと、自分では思っていた。しかし最後の最後で、彼は誰よりも勇敢に戦った。宮殿に迫る敵兵の数を考えれば、彼が持ちこたえた一刻は、袁術が脱出するための貴重な時間となったのである。


宝物庫の前では、陳蘭と雷薄が討たれた。


敵兵が宝物庫に雪崩れ込んできた時、陳蘭と雷薄は最後まで背中を預け合い、戦った。陳蘭の弟・陳簡も共に戦い、三人揃って同じ場所で倒れた。


「雷薄……、お前との悪縁もここまでかもな!」


陳蘭は叫んだ。その声は笑っているようでもあり、泣いているようでもあった。


「バカ言ってんじゃねぇ! 生き延びてひっそりのんびり穏やかに畑を耕すんだろうが! こんなところでくたばれるか!」


雷薄は敵の槍をかわしながら怒鳴り返した。彼の得物はすでに刃こぼれし、まともに斬れなくなっていた。


「兄貴……」


陳簡が震える声で呼んだ。彼の肩には矢が刺さり、血が止めどなく流れている。


「簡、生き延びろよ? あんちゃんもどうやら助けてやる余裕は無さそうだぞ」


陳蘭は弟に笑いかけようとしたが、うまく笑えなかった。口元が引き攣り、涙がこぼれた。


「ケッ! 兄弟愛見せつけんじゃねぇよ……泣かせるじゃねぇか!」


雷薄が叫ぶ。彼の目にも涙が浮かんでいた。


「あん? お前も俺の事兄だと思うなら愛情くらいはかけてやらんでもないぞ?」


「フン! 寝言は寝てから言え!」


「違ぇねぇ!」


三人は笑った。死の間際だというのに、心の底から笑った。賊徒上がりの三人が、将軍として戦い、将軍として死ぬ。それは彼らが一度は夢見て、諦めていた人生だった。その最後がこんなにも清々しいものだとは、誰が想像しただろう。


陳簡が最初に倒れた。次に陳蘭が、敵の槍に胸を貫かれて弟の上に崩れ落ちた。最後に雷薄が、全身に無数の傷を負いながらも仁王立ちになり、動かなくなった。


彼らが守ろうとした宝物庫の金銀財宝は、結局孫堅軍の手に渡った。しかし三人が討たれた場所には、賊徒上がりとは思えぬ壮絶な戦いの跡が残っていたという。


李豊は西門で、梁綱は北門で、陳紀は南東の城壁で、それぞれ乱戦の中で誰に討たれたかもわからぬまま、ただひたすらに敵に向かい、倒れるべき時に倒れた。


「引くな引くなァ! 戦え! 此処で勝てば栄華は欲しいままぞ!」


最後まで兵たちを鼓舞し続けたのは陳紀だった。彼の声は枯れ果て、最後はほとんど叫びにもなっていなかったが、それでも戦い続けた。


「そうだ! 此処で勝てば我らは乱世に名を残す英雄ぞ!」


その言葉を最後に、陳紀は無数の刃に倒れた。


劉偕は呂布軍との遭遇戦で戦死した。寿春に糧食を運び込もうとした輸送隊を率いて城に接近したところを、呂布の騎兵が奇襲。乱戦の中で討たれたという。彼が運ぼうとしていた糧食は、結局一粒も城内に届かなかった。


「呂布だとォ!? なっ……!」


それが劉偕の最期の言葉だったと伝えられている。


楊奉は高順の偽の返信を信じて北門へ向かい、待ち伏せていた伏兵の弩矢に射抜かれて死んだ。最期の瞬間まで、彼は自分がうまく立ち回れていると信じていた。高順の手紙を握りしめ、安堵の笑みさえ浮かべて北門の暗がりを歩いていたという。


「これで助かる。并州に行けば、また一からやり直せる――」


そう呟いた瞬間、闇の中から無数の矢が放たれた。楊奉は何が起きたか理解する間もなく、三本の矢を胸に受け、その場に崩れ落ちた。彼が最後に見たのは、自分を取り囲む并州兵の無表情な顔だったという。


韓暹は南門から脱出を図った。旧知の守備兵に金を握らせ、城壁を降りる縄を用意させた。彼は夜陰に乗じて城壁を降り、南の湿地帯へと足を踏み入れた。靴が泥に沈み、一歩進むごとに体力を奪われる。それでも彼は進んだ。この湿地を抜ければ、淮河の支流に小舟を隠してある。そこまで行けば、あとは流れに乗って逃げ切れる。


しかし彼は知らなかった。高順の工兵団が湿地帯の各所に木道を敷設し、その要所に伏兵を配置していたことを。韓暹が湿地の中ほどまで来た時、突然周囲から火の手が上がった。松明の灯りが彼の姿を浮かび上がらせる。


「そこまでだ」


冷たい声と共に、四方八方から弩兵が姿を現した。韓暹は刀を抜こうとしたが、それより早く三本の矢が彼の胸と腹と脚を射抜いた。


「……死ね」


韓暹は泥の中に倒れた。彼の血が、湿地の泥に吸い込まれていく。最後に彼が浮かべた表情は、怒りでも悲しみでもなく、ただ深い疲労だった。生き延びるために走り続けた人生が、ここで終わる。そのことに、奇妙な安堵すら感じていたのかもしれない。


袁術は黄金の鎧を脱ぎ捨て、粗末な農民の衣服に身をやつして裏門から脱出した。閻象は最後まで付き従おうとしたが、袁術はそれを拒んだ。


「お前は残れ。朕は……いや、私は一人で行く」


袁術の声は、もはや威厳も虚勢もなく、ただ疲れ果てた中年の男の声だった。供はわずか十数名。いずれも袁術が若い頃から側に置いていた古参の側近たちだった。彼らは湿地を這い、藪をかき分けて南へ向かった。目指すは、かつての盟友である孫堅の陣営か、あるいはさらに南の山岳地帯か。袁術自身にも、明確な目的地はなかった。ただ、寿春から逃げ出すことだけが、彼の頭の中を占めていた。


しかし高順はあらかじめすべての脱出路を封鎖していた。湿地の木道の終点で、袁術は待ち伏せていた魏越の部隊に発見される。


「動くな」


周囲を数十の弩で囲まれ、供の者たちは武器を捨てて逃げ出した。袁術を守るために最後まで残っていた者たちも、弩兵の姿を見た瞬間に戦意を失い、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。ただ一人、袁術だけが残る。泥に汚れ、服は破れ、髪は乱れ、顔には無数の擦り傷があった。かつて天子の礼服をまとい、百官を従えて「朕」と自称した男の面影は、どこにもない。


「無礼者、朕は皇帝であるぞ」


袁術は最後の虚勢を張った。しかしその声は震え、膝は折れ、泥に汚れた顔はもはや皇帝の威厳のかけらもなかった。


「水だ。すぐに蜂蜜水をよこせ。私は袁公路であるぞ」


それは条件反射のような言葉だった。今まで彼が臣下に命令してきたのと同じ調子で、彼はついそう言ってしまった。魏越は無言で彼を縄で縛り上げた。


縄が手首に食い込む痛みで、袁術は初めて、自分が囚われたのだと理解した。天子の玉璽もなく、護衛もなく、逃げ場もなく。ただの罪人として、縛られている。その事実が、彼の心を音を立てて砕いた。

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