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社畜が目覚めたら将軍!? 史実(未来予知)で成り上がり、乱世を生き抜く  作者: 八月河
偽帝袁術伝 四強連手滅仲氏 聯軍到寿春落日
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偽帝袁術伝 四強連手滅仲氏 聯軍到寿春落日 二段

寿春を包囲する連合軍の陣容は、日を追うごとにその厚みを増していた。北には曹操と高順の本営が土塁を幾重にも巡らせ、東には劉備の緑旗が朝風にたなびき、南には孫堅の水軍が淮河の水面を埋め尽くしている。四方すべてが敵で埋め尽くされた光景は、もはや戦場というより牢獄だった。いや、牢獄ですらない。牢獄ならば、壁の外には自由がある。ここには何もない。ただ死だけが、四方八方から迫っている。


城内の糧倉はすでに底をつきかけ、兵たちに支給される粥は湯に粟の粒が数えるほどしか浮かんでいない。城門の外では、草の根や木の皮を剥いで飢えをしのぐ兵の姿があった。そして昨夜もまた、三十名が城壁を降りた。縄を伝って城外へ。南門からは投降を呼びかける声が、夜通し聞こえていたという。


そんな絶望的な状況下で、袁術軍の将兵たちはそれぞれの持ち場で、それぞれの思いを胸に、迫り来る終焉の時を待っていた。


八公山の山頂。紀霊は大刀を地面に突き立て、麓に広がる高順の陣地を睥睨していた。大刀の刃こぼれは数知れず、柄には新しい血の跡が乾いて黒くなっている。背後には一万五千の兵が展開しているが、その数も十日前に比べれば三千は減っていた。逃亡、戦死、投降。兵たちの目は虚ろで、誰もが終わりを悟っている。


山腹には高順の先遣隊が取り付き、幾度か小競り合いがあった。紀霊はそのたびに自ら陣頭に立ち、大刀一振りで敵兵を薙ぎ倒してきた。しかし彼とてわかっている。高順は慌てていない。本格的な攻撃を仕掛けてこないのは、こちらの兵糧と水が尽きるのを待っているからだ。山頂への補給路はすでに断たれ、兵たちは雨水を啜り、わずかな干し肉を分け合って飢えをしのいでいる。


「紀将軍」


副将が声をかける。その声もかすれていた。水が足りないのだ。


「兵糧はあと五日分です。水も心許なく、傷病兵に回す薬も尽きました。このままでは……」


「わかっている」


紀霊は短く答えた。彼は決して口数が多い男ではなかった。思っていることを言葉にするのが、昔から苦手だった。その代わりに、彼は大刀を手に戦ってきた。戦うことでしか、自分の想いを表せない男だった。


彼の目は寿春の城に向けられている。あの城の中には、彼が仕える主がいる。愚か者だと誰もが言う。確かにそうだろう。天下の諸侯が彼を嗤い、臣下たちが次々と去っていく。この戦争そのものが、袁術の愚行によって引き起こされた。それは紀霊にもわかっている。だが、紀霊は違った。


若い頃、彼はただの一兵卒だった。南陽の田舎から徴兵され、読み書きもできず、ただ力だけが取り柄の若者だった。袁術が彼の剛力を見出し、将軍に取り立てた。身分の低い者を抜擢することに、袁術は躊躇しなかった。その時のことを、紀霊は生涯忘れない。主君の賢愚を選ぶ余裕など、乱世の武人にはない。ただ、拾ってくれた恩に報いるだけだ。


紀霊は大刀を手に取り、刃を陽光に晒した。刃の上で、朝日がきらめいた。その輝きは、彼の決意のように揺るぎなく、まっすぐだった。


「高順は降伏を勧告してきています。今朝も使者が来て、『無益な血を流すな』と」


「無視しろ」


紀霊はそれだけ言うと、再び山麓の敵陣に目を向けた。彼は仲氏の将だ。それだけで十分だった。


淝水の西岸。橋蕤は兵たちと共に泥にまみれていた。彼の鎧は泥と汗と血で汚れ、もともとの色がわからなくなっている。


彼は三箇所の渡河点に三段構えの陣地を構築し、高順軍の渡河を二度まで撃退していた。一度などは、自ら水際まで出て、渡河中の敵兵の舟を槍で転覆させ、十数名を淝水の濁流に沈めた。しかし弩矢は底をつきかけ、兵の疲労は極限に達している。対岸には高順の本隊に加えて、曹操軍の一部も展開していた。その陣容は、一目でわかるほどに厚い。


「橋将軍、あれを」


若い兵が指差す先、対岸の陣地で巨大な井闌が動いている。四層の櫓が五基、ゆっくりと前進してくる。最上層には弩兵が配置され、城壁より高い位置からの射撃を可能にする移動式の攻城塔。曹操が八公山の木材を伐り出し、高順の工兵と協力して建造していたものだ。木材の切り口はまだ新しく、組み上げられたばかりの木組みが朝日に照らされている。


「あれが射程に入れば、この陣地は終わりだな」


橋蕤は苦笑した。そして傍らの兵たちを見渡す。泥に汚れ、目だけが異様に輝いている。誰もが終わりを悟っていた。それをわかっていながら、まだ逃げ出さずにいる。橋蕤はそのことが誇らしかった。


「逃げたい者は逃げろ。城内に戻るなり、投降するなり、好きにしろ」


誰も動かなかった。むしろ、数人の兵が笑顔を見せた。歯を見せて笑うその顔は、恐怖を押し殺した者の笑みだった。橋蕤はしばらく彼らの顔を見渡していたが、やがて小さく笑い返した。


「……そうか」


橋蕤は槍を手に取り、土手の上に立った。彼の背中は、陣地にいるすべての兵から見えていた。


「ならば最後まで付き合え。俺たちの戦いは、あの城が落ちるまでだ」


彼がそこまで言った時、井闌の最上層から最初の弩矢が放たれた。矢は風を切って飛来し、土手の上に深々と突き立った。それは始まりの合図に過ぎなかった。


南門の物見櫓の陰で、陳蘭と雷薄は酒を酌み交わしていた。二人の周りには酒壺が三つも転がっている。城が包囲されているこの状況で、酒は貴重品中の貴重品だった。それをこうして昼間から呷っているのは、もはや自分たちの置かれた状況を笑うしかないという、一種の開き直りだった。


「なあ雷薄、俺たちはなんでここにいるんだ」


「さあな。気がついたらここにいた」


雷薄は濁った酒を啜り、喉を鳴らした。彼は酒壺を逆さにして、最後の一滴まで口に流し込むと、空になった壺を放り投げた。壺は石畳に当たって割れ、破片が飛び散った。


「昔はよ、食い物がなくてよ。盗賊なんざ、誰だって好きでなるもんじゃねえ。気がついたらなってたんだ。んで、袁術様が拾ってくれた。悪い人じゃなかったが、あの人は頭が良すぎたんだな。良すぎて、自分のことしか見えなくなっちまった」


「だがまあ、逃げるにしても行くとこもねえ。孫堅のとこに行っても、劉備のとこに行っても、賊上がりは冷や飯だ」


雷薄は新しい酒壺を開けながら続けた。彼の手は酒のせいか、わずかに震えている。


「それならここで死ぬのも悪くねえ。どうせいつかは死ぬんだ。賊として野垂れ死ぬより、将軍様として戦場で死ねるんなら、そっちの方がずっとマシってもんだ」


「違いねえ」


陳蘭は笑い、傍らで眠る弟の陳簡を見た。陳簡はまだ若く、十七か十八にしか見えない。賊徒の子として生まれ、まともな暮らしを知らずに育った。物心ついた時には、すでに兄と共に盗賊まがいのことをしていた。彼は今、酒に酔ってぐっすりと眠っている。その寝顔は、まだ子供のようだった。


「あんちゃん……」


陳簡が寝言で呟いた。陳蘭は黙って弟の頭を撫でた。その指が、弟の髪の感触を確かめるように動く。弟は彼にとって、この乱世でただ一つ残った家族だった。両親はとうの昔に戦乱で失い、兄妹もみな散り散りになった。この弟だけが、彼が守るべきすべてだった。


「お前だきゃあ……せめて生き延びて欲しいもんだ……」


総攻撃が始まれば、おそらくここが死に場所になる。それをわかっていながら、不思議と恐怖はなかった。自分たちが名のある武将のように戦って死ねるなら、賊徒上がりの人生としては上出来だと、陳蘭は思っていた。ただ、弟だけは。弟だけは生き延びて、まっとうな暮らしをしてほしい。それが彼の偽らざる本心だった。


雷薄はそんな陳蘭の横顔を見ながら、何も言わずに酒を啜った。彼もまた、家族をみな戦乱で失っていた。だからこそ、陳蘭が弟に向ける眼差しの意味が痛いほどわかった。


「なあ陳蘭」


「もしよ、もしも奇跡が起きて俺たちが生き残ったらよ、どっか山奥で農民でもやろうぜ。もう略奪も戦もこりごりだ」


「へっ、お前が鍬なんか握れるかよ」


「握ってみせらぁ。手に豆ができても構わねえ。朝から晩まで土いじって、夜はこうやって酒飲んでよ」


その言葉に、陳蘭は笑った。それは心からの笑顔だった。彼は酒壺を掲げ、言った。


「じゃあ約束だ。必ず生き残れよ、雷薄」


「おう、約束だ」


二つの酒壺が、乾いた音を立てて合わさった。それは、この世のどこにも逃げ場のない男たちが交わした、たった一つの、そしておそらくは守られることのない約束だった。


寿春の西門に近い兵舎の一画で、楊奉は密かに荷物をまとめていた。衣類の中に金塊を縫い込み、乾燥肉を布袋に詰め、短剣を腰に隠す。その手つきは、幾度も同じことを繰り返してきた者の落ち着きがあった。


彼は元、黒山賊の頭目だった。黄巾の残党を吸収して数千の手勢を率い、河内一帯で略奪を繰り返していた。かつて高順に捕らえられ、董卓のもとに送られたこともある。その後、李傕に従って長安で天子を掌握し、李傕が衰勢になるとあっさり裏切って天子を連れ去ろうとした。結局それも失敗して袁術のもとに身を寄せたが、彼に忠誠心など欠片もない。彼が忠誠を捧げる相手は、ただ一人――それは楊奉自身だった。


「袁術もこれまでだな」


楊奉は傍らに立つ韓暹に言った。同じく黒山賊の頭目だった男で、楊奉とは董卓に送られた時から行動を共にしてきた腐れ縁である。二人は何度も裏切りを繰り返し、何度も主君を変え、そのたびに生き延びてきた。忠義などはなから信じておらず、信じているのは己の才覚と、運だけだった。


「高順に内通する。城内の情報を流せば、我々の身の安全は保障されるはずだ。あの男は、少なくとも約束を違えるような真似はせん」


「高順が信用すると思うか」


韓暹の声は冷めていた。彼は壁にもたれかかり、腕を組んで楊奉を見下ろしている。


「俺たちは高順に捕まって董卓に売られた。それから何度も裏切りを重ねている。信用されるはずがない。お前はあの高順を甘く見過ぎだ。あの男は、敵には冷酷だぞ」


「ならばどうする」


「俺は逃げる。こんな城に付き合っていられるか」


韓暹はわずかな手勢と共に単独で脱出する手はずを整えていた。彼は南門の守備兵の一人に旧知の者がいるのを利用し、夜陰に紛れて城壁を降りる計画を立てていた。南の湿地帯を抜ければ、淮河の支流に小舟を隠してある。しかし彼は知らなかった。高順の工兵団がすでに湿地帯に木道を敷設し、すべての脱出路を把握していることを。そしてその木道の要所に、弩兵が伏せられていることを。


楊奉は結局、韓暹とは別の道を選んだ。彼は高順に矢文を放った。城内の防備の詳細と、袁術の居場所、糧秣の残量、将兵の士気の状況を細かく記し、「これをもって私の忠誠の証としていただきたい」と結んだ。情報を提供する代わりに安全を保障してほしいと。その返信は驚くほど早く届いた。「北門を開けて脱出せよ。手配は整っている」と。高順の署名と印が押された、簡潔な文だった。


楊奉は喜んだ。彼は生来の楽観主義者であり、自分は常にうまく立ち回れるという自信があった。どんな窮地でも、必ず抜け道はある。これまでもそうだったし、今回もそうだ。彼はそう信じて疑わなかった。


それが罠だとは、楊奉は最後まで気づかなかった。


寿春の内城。袁術が「仲氏皇宮」と称する太守府の奥で、この僭称皇帝は帷を固く閉ざし、耳を塞いでいた。部屋の中は灯りもなく、昼間だというのに薄暗い。壁には絹の掛け軸がかかり、金銀の器が散乱しているが、どれも埃をかぶり、手入れをする者もいない。


「やめろ……やめさせろ……」


檄文が城内に撒かれてから、袁術はほとんど玉座の間から出ていない。傍らには酒壺が転がり、中身の濁酒が床に染みを作っている。卓の上には食べかけの菓子が散乱し、蠅がたかっていた。側室たちは皆、別室に追いやられていた。誰にもこの姿を見られたくなかったのである。かつては百官を従え、天子の礼服をまとって壇上に立った男が、今はただ薄暗い部屋の隅で、酒に溺れ、耳を塞いで座っている。


「朕は皇帝だ……真の龍である……天命を受けている……それがなぜ、このようなことに」


袁術の声は震えていた。震えていることに彼自身が気づいていて、それが彼をさらに苛立たせている。彼は酒壺を掴んで呷ったが、濁酒が喉に詰まり、激しく咳き込んだ。咳き込むたびに、胸の奥から込み上げてくるものがある。それを彼は決して認めようとしなかった。恐怖だ。自分が怖がっているなど、四世三公の名門に生まれたこの袁公路が、そんなはずがあるものか。


「陛下」


帷の向こうから声がした。袁術は顔を上げ、血走った目でそちらを睨む。


「誰だ……朕を笑いに来たのか。朕が落魄したと、嗤いに来たのか」


「私でございます、閻象にございます」


帷をくぐって入ってきたのは、老臣の閻象だった。彼は袁術が皇帝を僭称しようとした時、ただ一人正面から諫言した男である。「天命は未だ漢室にあり。伝国の玉璽を得たとて、それは器物に過ぎませぬ。どうか自重なさいますよう」と、百官の前で直言した。しかし袁術は聞き入れず、閻象を激しく罵り、形だけの高官に任じて遠ざけた。宮廷の実務から外された閻象は、以来ずっと自邸に引きこもっていたという。今、この窮地にあって、袁術の側に残っている文官は皮肉にも閻象だけだった。楊弘は逃げ、恵衢は自邸に籠もり、舒邵は密かに投降の準備をしている。その中で、かつて最も厳しく袁術を諫めたこの老人だけが、こうして玉座の間に残っていた。


閻象は部屋の中の荒れようを見渡し、静かにため息をついた。彼は散乱した菓子の皿を脇に寄せ、倒れた酒壺を起こし、窓の帷を少し開けて外気を入れた。その一連の動作は、まるで病人を看病するかのようだった。


「陛下、お加減はいかがですか」


「加減……加減だと。朕は皇帝だぞ。皇帝に加減などと、お前は朕を病人扱いするのか」


「いいえ。しかしお体を壊されては、ますます賊軍の思う壺でございます」


閻象の声は穏やかだった。その穏やかさが、袁術にはかえって癪に障る。なぜこいつは、こんな時まで平静を保っているのか。なぜ怒らないのか。なぜ朕を責めないのか。かつて朕がこいつの諫言を無視したから、今日のこの事態があるのではないか。そう言って責めてくれれば、朕は思いきり反駁できるのに。


「閻象……お前はなぜ逃げぬ。楊弘は逃げたぞ。朕を見捨てて、白旗を持って出て行った。お前も朕のことを愚かだと思っているのだろう。違うか」


閻象は黙って袁術を見つめた。その目は深く静かで、何の感情も読み取れない。彼はしばらく沈黙したあと、ぽつりと答えた。


「私は、ただの老いぼれでございます。逃げる力も、残ってはおりませぬ」


それは本心ではなかった。閻象は逃げようと思えば逃げられた。しかし彼は残った。それはもはや諫言のためではなく、ただ最後まで見届けるという彼自身の意地のためだった。若い頃から仕えてきた主家が、どのように終わるのかを、この目で見届けねばならない。それが、諫言を退けられた臣下としての、せめてもの責任だと思っていた。


そこへ、重い扉が音を立てて開いた。


「陛下」


入ってきたのは張勲だった。甲冑も脱がず、泥と汗に汚れた姿のまま、彼は玉座の前に片膝をつく。その兜の緒は切れかけ、肩当てには敵のものか己のものかわからぬ血痕がこびりついている。この五日間、彼はほとんど眠っていなかった。


「東門の守備は万全です。しかし兵の士気は下がる一方。檄文の影響は大きく、昨夜だけで三十名が投降し、今朝になってさらに十名が姿を消しました。このままでは三日と保ちませぬ」


「ならば斬れ!逃げようとした者は一人残らず斬り捨てよ!」


袁術が叫んだ。その声は甲高く、部屋の空気を切り裂いた。


「臆病者め!朕の兵ならば、朕のために死ぬことを誇りに思え!それができぬならば、犬死にでもさせてやれ!」


張勲は顔を上げずに続けた。彼の声は、驚くほど穏やかだった。


「それをすれば、残った兵も離反します。今、この城を支えているのは、わずかな忠義と、逃げ場がないという諦念だけでございます。その諦念が、さらに罰への恐怖に変われば、兵たちはむしろ敵に寝返るでしょう」


「ではどうしろというのだ!お前は朕に無能だと、この袁公路が戦もできぬ愚か者だと、そう言いたいのか!」


袁術は玉座から身を乗り出し、拳を固めて肘掛けを叩いた。その拍子に、傍らの酒壺が倒れ、残りの酒が床に広がった。閻象は黙ってそれを見ていた。


張勲は、それでも顔を上げなかった。彼はゆっくりと、言葉を選ぶように言った。


「陛下。私は、十五年、あなたにお仕えしてまいりました」


その一言に、袁術の動きが止まった。


「黄巾の乱の時、私は一軍吏に過ぎませんでした。あなたは私を見出し、将軍に取り立ててくださいました。宛城の戦いで、私が敵に包囲された時、あなたは自ら本隊を率いて救援に来てくださいました。その時のことは、今でも覚えております」


張勲の声は、少しだけ震えていた。


「私は、あなたに恩義を感じております。あなたが皇帝を名乗った時、私は心から賛同したわけではありませぬ。しかし、それでも私は、あなたを見捨てることはできませぬ」


「……張勲」


「私はこれからも東門を守ります。城が落ちるその時まで」


張勲は深く一礼し、立ち上がった。彼は袁術の目を見なかった。見ることができなかった。恩義と失望が、心の中でどうしようもなく渦巻いていたからだ。


彼が去ったあと、閻象は静かに言った。


「陛下は、よい将を持たれましたな」


袁術は何も答えなかった。ただ、唇を噛みしめ、床に広がる酒の染みを見つめていた。その目に一瞬だけ光ったものがあったが、それが何であったかは、誰にもわからない。


廊下に出た張勲は、壁にもたれて深く息を吐いた。城壁の石の冷たさが、背中から沁みてくる。


「大将軍」


李業が駆け寄ってくる。息を切らせ、顔面は蒼白だった。


「どうされました。お顔の色が優れませんが」


「なんでもない」


張勲は腰の刀を確かめるように握り、再び東門へと歩き出した。刀の柄は、彼の手の脂で黒く光っている。十五年の歳月が、その柄に沁み込んでいた。

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