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社畜が目覚めたら将軍!? 史実(未来予知)で成り上がり、乱世を生き抜く  作者: 八月河
偽帝袁術伝 四強連手滅仲氏 聯軍到寿春落日
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偽帝袁術伝 四強連手滅仲氏 聯軍到寿春落日 一段

歴史の巨大な歯車が、最悪の結末に向けて、今、凄まじい速度で回転を始めた。


建安二年、春。中華の大地に、戦慄すべき、しかし同時に、どこかひどく滑稽な激震が、音を立てて走った。舞台は淮南、寿春。四世三公の名門・袁家の嫡流にして、南方の覇者を自任する袁術が、ついに正気を喪失した……いや、彼なりの歪みきった「正気」の果てに、とんでもない決断を下したのである。


「漢の命数は、もはや完全に尽きた! 代わって立つは、この私が興す『仲』国である!」


袁術は、かつて孫堅から巻き上げた伝国の玉璽を天高く掲げ、ついに自ら皇帝に即位したのだ。元号を『仲氏』と定め、数百人にも及ぶ後宮を設け、贅沢の限りを尽くす。それは、この乱世の群雄たちが、誰もが心の奥底で夢見ながらも、あまりの危険さゆえに誰もが実行をためらった禁断の果実。それを、この一番食べてはいけない絶妙な時期に、一番食べてはいけない男が、躊躇なく丸ごと齧ってしまったのである。


この即位に先立ち、袁術は一応の根回しとして、徐州の呂布に使者を送っていた。かつて長安を追われた呂布を「野蛮な裏切り者」と冷たく追い返したことも忘れ、今さら「皇帝の即位を祝え。そして同盟を結び、貴様の娘を俺の息子の嫁によこせ」と、厚顔無恥にも言ってきたのだ。


下邳城。使者の大言壮語を聞いた呂布は、愛馬・赤兎馬の手入れをしていた手を止め、完全に呆気にとられた顔で使者を見下ろした。


「……あァ? 皇帝? あの間抜け野郎が? 考えが甘いどころの話ではないわ、根本的に人の道に外れておる! この俺でさえ、皇帝は憚るというのに!」


呂布という男は、世間一般の評価では「裏切りの常習犯」「強欲」「好色」「脳筋」「戦場の蝗」「バカ」(主に高順評)などと散々な言われようをしている。倫理観は確かに欠如しており、目先の利益で主君を平然と殺すことも厭わない。だが、そんな呂布でさえ、生き物としての生存本能と野生の勘だけは、恐ろしいほど鋭敏だった。


傍で成り行きを聞いていた軍師・陳宮は、もはや笑いを堪えるのに必死だったが、他ならぬ呂布にすら分別と呼べるものが存在したことに、心の底で密かに安堵もしていた。呂布は、使者が得意げに差し出した『仲皇帝・袁術』というふざけきった署名入りの書簡を、まるで穢らわしい物のように指先で摘まみ上げると、心底嫌そうに顔をこれでもかと歪めた。


「……おい! 正気か、貴様の主は? 今この時勢に皇帝を名乗るということは、天下の全ての諸侯を無差別に敵に回す、そういうことだぞ? 曹操、袁紹、劉表、孫策……全員から袋叩きにされるのが、なぜ分からん? この俺ですら、それくらいは分かるぞ!」


そう、あの天下の呂布をして、心底呆れ返らせたのである。「天下無双の馬鹿」と天下に名高い男に、「お前、本気で馬鹿じゃねーの?」と本気で心配される袁術。事態は、それほどまでに深刻で、そして救いがたく滑稽だった。


軍師の陳宮が青ざめた顔で、矢継ぎ早に進言する。


「将軍……。これは絶対に関わってはなりませぬ。袁術は既に、沈みかけた泥舟に等しい存在。今この状況で彼と手を結んだとなれば、我々もまた天下の逆賊として、真っ先に討伐の対象となります」


「当たり前だ! 誰が好き好んで、あんな阿呆の道連れになって死にに行くか! 使者は今すぐ追い返せ! あのふざけた手紙は、すぐさま破り捨てろ!」


呂布は即座に絶縁を高らかに宣言し、袁術から届けられた結納の品々を、まとめて全て叩き返した。こうして、袁術は唯一頼みの綱と目していた呂布にすら、完全に見限られた。天下の趨勢から完全に孤立した孤独な「裸の王様」として、天下のど真ん中に、暴風の中の一本の木偶の坊の如く君臨することになったのである。


許昌。曹操は、袁術皇帝即位の一報を聞くや否や、その場で腹を抱えて、もはや大爆笑するしかなかった。


「ガハハハハ! 公路の奴め、ついにやりおったわ! とうとうやりおったわ!」


曹操は、笑いすぎて出た涙を拭いながら、傍らの荀彧に言った。


「俺はかつて、奴のことを『塚の中の枯骨』と評したが、よりにもよって、今度は自分から上機嫌で墓穴を掘り、その上にわざわざ墓石まで建てるとはな! これで、完璧な大義名分が出来上がった。天下の全諸侯に号令をかけ、逆賊・袁術を討つのだ! これに反対するような阿呆は、この世の何処にもおるまい!」


曹操にとって、これはまさに天から降って湧いたような、千載一遇の好機であった。天子を奉戴している自分こそが正真正銘の「官軍」であり、袁術は誰がどう見ても紛れもない「賊軍」。袁紹も、孫堅も、劉表も、劉備も、全ての諸侯が、袁術を討つためには、否が応でも曹操の掲げる「勅命」に従わざるを得ないのだ。笑いが止まる道理がない。


一方、北の并州・晋陽。高順の反応は、曹操のそれとは百八十度、完全に対照的だった。


「……袁術の奴め」


静かな執務室にて、高順は送られてきた報告書を、無言のうちに握り潰した。分厚く太い腕は、抑えきれない怒りで微かに震え、普段は決して崩さない冷静そのものの鉄仮面が、今は完全にひび割れかけていた。


「断じて、許せん……!」


元来、現代人の記憶を持つ彼にとって、漢王朝の衰退と滅亡は、単なる「歴史の必然」に過ぎなかったはずだ。しかし、今の彼は違う。何よりも「漢の忠臣」として生き、あの孤独な薄幸の少年、皇帝・劉協と魂で触れ合い、心を通わせ、必ず彼を守り抜くと誓った身である。その至高の皇帝が、苦難の末にようやく洛陽から許昌へと落ち着き、自分の足で立ち、少しずつ威厳と自信を取り戻そうとしている、この矢先に。袁術ごとき、三流にもならぬ勘違い野郎が、その尊い権威の全てを、泥のついた足で無造作に踏みにじったのだ。


「皇帝とは、天命をこの一身に受けた、天下に唯一無二の至高の存在。その証たる玉璽を、ただの石ころ一つの詐称で穢すなど……万死に値する! 断じて許せぬ!」


高順は弾かれたように立ち上がった。その規格外の巨体から立ち昇る強烈な怒気は、もはや并州全土を震わせかねないほどの、凄まじいまでの圧力となって周囲に放たれていた。


「全員、よく聞け! 留守は頼んだぞ! 北方の守りは、決して万全を期せよ!」


「諸将に告げ! 三軍を即刻、招集せよ!」


「さらに呼べ! 呉資、章誑を召集! 全軍が出る! これより、全軍で動くぞ!」


高順は、并州で手塩にかけて鍛え上げ、磨き上げた精鋭、実に十万という大軍を動員するという、前代未聞の異例の決断を下した。本来、本拠地をここまで手薄にする危険は計り知れない。だが、今彼を衝き動かすこの純粋な怒りは、一切の政治的計算を遥かに超越していた。


「曹操には『共にこれを討つ』と、至急、早馬を飛ばせ。……この俺が行く。俺が、陛下の最も鋭い剣となって、あの偽帝の首を、この手で刎ね飛ばす!」


并州の静かなる黒蛟が、今、本気の殺意を剥き出しにして、怒涛の南下を開始したのである。


許昌郊外。地平線が、文字通り、不気味なほどに「黒く」染まっていた。大地を揺るがす地鳴りのような重厚な行軍音と共に姿を現したのは、一糸乱れぬ完璧な隊列を組んだ十万の并州軍である。その先頭には、風に力強く翻る巨大な『高』の大旗。将兵たちは全員が完全に規格化された漆黒の鉄鎧を身に纏い、騎兵は一人残らず、あの驚異の鐙を装備している。さらに、その前衛には、陽光を受けギラギラと異様な輝きを放つ、身の丈を優に超える魔剣『陌刀』を、無造作に構えた重装歩兵たちが、まるで動く鋼鉄の城壁のように陣取る。その圧倒的な威容は、曹操軍が誇る精鋭、青州兵すらも完全に圧倒して余りある、まさに別世界の迫力に満ちていた。


「……おいおい、冗談だろう、本気かよ」


城壁の上で出迎えた曹操軍の猛将・夏侯惇が、あまりの光景に思わず冷や汗を拭った。高順が来るとは確かに聞いていた。だが、まさか十万もの完全武装の重装大軍団を引き連れてくるとは。これは心強い援軍なのか、それとも、この機に乗じて許昌ごと乗っ取るための侵略軍なのか。しかし高順は、城門の手前で全軍をピタリと停止させると、わずか数名の供回りだけを引き連れて、静かに入城した。その態度はあくまで恭順そのものであり、曹操に対する敵意が一切ないことを、誰の目にも明らかに示していた。


宮殿にて。皇帝・劉協の御前に、曹操と高順が、肩を並べて平伏した。


「陛下。臣順、ただ今馳せ参じました」


高順の、低くも骨の髄まで響く力強い声が、静かな殿中に朗々と響き渡る。


「淮南の袁術、帝位を僭称し、天下を愚弄すること極まれり。臣、この報に接し、腸の煮えくり返るが如き思いにございました。……伏して願わくば、ここに曹司空と共に討伐の軍を起こし、逆賊の首級を挙げ、必ずや陛下の御前に捧げたく存じます」


その一言一句には、一切の政治的な打算も、虚飾も存在しない、一点の曇りもない純粋な忠義と、煮えたぎるような激しい怒りだけが込められていた。劉協は、その強すぎるほどの忠誠に、感動のあまり、全身を震わせた。曹操が「袁術討伐」を、自らの覇権拡大のために巧みに政治利用しようとしていることは、劉協も薄々感じ取っていた。だが、高順は違う。ただ純粋に、「朕の名誉」のために、全身全霊で本気で怒ってくれているのだ。


「うむ……! 高順よ、そなたの変わらぬ忠義、まことに、まことに嬉しく思う。……曹操と共に、朕の威光を、天下の隅々にまで知らしめてくれ!」


「御意にございますッ!!」


こうして、皇帝の明確な許可が下りた。これにより、曹操軍と并州軍、合わせて実に十五万を超える、この時代の中華においては最強を誇る『官軍』が、ここに正式に結成されたのである。


出陣の日。許昌のあまりに広大な練兵場にて、後世永く語り継がれる、歴史に残る盛大な閲兵式が、厳かに執り行われた。皇帝・劉協は、高順の心憎い計らいによって新たに作られた、それは立派な高座に厳かに鎮座し、眼下に広がる威風堂々たる軍勢を、食い入るように見下ろしている。


まずは、第一陣、曹操軍の入場行進である。先鋒を務めるは曹昂、典韋、許褚の豪傑たち。『曹』の大旗を掲げた軍勢は、規律正しく練り上げられ、実戦に裏打ちされた鋭い殺気を放っていた。曹操は馬上から皇帝に向けて恭しく一礼を捧げると、颯爽と出陣していった。それはまさに「覇者」の軍隊、そのものであった。


そして、次なる第二陣の登場である。高順率いる并州軍の番だ。しかし、高順はすぐには動かなかった。


ズシン、ズシン、ズシン。


十万の黒甲に覆われた陥陣営が、一糸乱れぬ、寸分の狂いもない足並みで、静かに、しかし重々しく入場してくる。その統制された足音だけで、練兵場の大地が、規則的に揺れる。彼らを指揮するのは、高順が自ら抜擢した呉資、章誑ら六将たち。本来の史実であれば無名の将に終わった彼らも、今や高順の厳しい薫陶を受け、当代随一の近代指揮官へと、見事に成長を遂げていた。


十万の兵が、皇帝の御前で、一糸乱れず、ピタリと静止した。直後、訪れたのは、完全なる静寂。風がそよぐ音さえも、やけに大きく聞こえるほどの、極限まで高められた統制。


高順が、一頭の馬を静かに進め、皇帝の祭壇の真下へと歩み寄り、深く跪いた。そして、事前に綿密に打ち合わせていた通り、朗々と皇帝に奏上した。


「陛下。……どうか、ご覧ください」


高順はゆっくりと振り返り、黒鉄の大海原の如き軍勢を、その指で示した。


「この十万の将兵は、決して私、高順個人の私兵ではございません。その全員が、陛下の臣民、そして陛下の将兵に御座います」


劉協は、あまりの威容に、息を呑み、ただ圧倒されていた。これほどの、これほどまでに強大な軍隊が、ただ自分のためにだけ、この場に集まったというのか。


「陛下。どうか彼らに、出陣の雄々しき号令を。……『漢軍威武』と、三声、御自身でお掛けください」


高順が、穏やかに、だが力強く促す。劉協は小さく喉を鳴らした。これまで、董卓や李傕の理不尽な顔色をひたすら窺い、今もなお、曹操の巨大な庇護下で息を潜めて生きてきた自分が。これほどの大軍を前に、自らの声で、号令して良いものなのか。


「ち、朕の……朕の将兵……?」


劉協は意を決して立ち上がった。高順が、無言で、しかし力強く、何度も頷く。その真っ直ぐな目が、そう語りかけていたのだ。「貴方様こそが、まさしく天命を受けた、この世に唯一の真の皇帝でございます」と。


劉協は大きく、深く息を吸い込んだ。そして、腹の底から、魂の全てを込めて、声を渾身で絞り出した。


「か、かん……漢軍、威武!!」


まだ、少年とも言える、か細い声だった。だが、確かにその一声が響いた瞬間。


ドッ!!!


十万の兵が、一斉に地面を、その足で、力強く踏み鳴らした。そして、前列に立つ呉資が剣を高く天に掲げ、裂帛の気合いで叫んだ。


「「将軍威武!!」」


そして、十万の将兵による、大地を揺るがす大咆哮が、許昌の空気をビリビリと震わせた。劉協は一瞬、ビクリとしたが、それはもはや恐怖ではなかった。体中が灼熱で燃えたぎるような、言葉にできぬ圧倒的な高揚感。劉協は、先ほどよりもさらに大きく、そして何より、確かなる確信を込めて、再び叫んだ。


「漢軍威武!!」


その声に呼応して、今度は章誑が絶叫する。


「「陛下威武!!」」


地響きのような、割れんばかりの大歓声。そうだ、我々は皆、漢の兵なのだ。この壇上に立つ凛々しき少年こそが、我らが真の主君。并州兵たちの目にも、確かな熱い光が、次々と宿る。彼らは高順を心の底から敬愛しているが、その絶対の高順があれほどまでの敬意を払う皇帝に対し、今この瞬間、真の忠誠を誓ったのだ。


劉協の目から、大粒の涙が、堰を切ったように溢れ出した。彼は腰の剣を自ら抜き放ち、天に向かって、高く高く突き上げた。もはや、それは操り人形の出すような、細く弱々しい声ではない。天下を統べる帝王の声で、彼はついに、魂の叫びを放った。


「漢軍威武!! 逆賊を討て!!」


その刹那、全軍が、一斉に槍や陌刀を天に掲げ、割れんばかりの大音声で、天地を揺るがして応えた。


「「万歳! 万歳! 万々歳!!」」

「「万歳! 万歳! 万々歳!!」」


その凄まじい轟音は、瞬く間に許昌の城壁を揺るがし、大気を震わせ、遠く先行する曹操軍の将兵たちの背中にも、ハッキリと突き刺さるように届いた。劉協は、声を上げて泣いていた。それは決して、悲しみの涙ではなかった。生まれて初めて、自分が間違いなく「皇帝」であるという、絶対的で確固たる実感を得たのだ。ただ守られるだけの傀儡ではない。自らの声で将兵を率い、天下に号令する存在。その失われて久しかった誇りを、高順という奇跡のような男が、今この瞬間、完全に、取り戻させてくれたのだ。


「……行け! 高順! 朕の、朕の誇りにかけて! 逆賊・袁術を必ず滅ぼせ!」


「御意にございますッ!!」


高順は一礼すると、風を切って翻り、馬上の人となった。


「全軍、発て!」


并州の漆黒の軍団が、巨大な奔流となって、一気に南へと駆け出していく。


その様子を、遠く離れた小高い丘の上から、馬を止め、振り返ってじっと見ていた男がいた。そう、先行していた曹操である。彼は、許昌から轟き渡ってくる天地を揺るがす「万歳」の熱狂的な大合唱を耳にし、その複雑極まりない表情を、ますます厳しくしていた。


「……見たか、奉孝」


「ええ。……さすがは驃騎将軍、なんと恐ろしいことをなさる」


軍師・郭嘉が、今は珍しく、底冷えのするような真顔で答えた。


「天子に絶対の自信を植え付け、兵どもに『我々こそが漢の正規軍である』という、強烈極まる自覚を植え付けました。……これは、我々にとっては、この上なく危険な諸刃の剣です。もし天子が、ただの傀儡でなくなった暁には。曹公、貴方の進もうとする覇道にとって、将来的にこれ以上ない最大の障害となりかねません」


曹操は無言で、重々しく頷いた。高順は、意図的に、これ以上ないほど鮮やかに「漢王朝の完全なる復権」の絵図を、現実のものとして演出してみせたのだ。それは同時に、曹操による専横への、これ以上なく強烈な牽制に他ならなかった。


「だがな……」


曹操は、ふっと口元を緩め、小さく笑った。


「悪くない。……もし俺が、血塗られた覇道を往くならば、奴は確かに王道を往くのだろうな。……天子が感動に涙を流し、己の誇りを全身で取り戻す、あのような姿など。俺には、どうあっても絶対に作れぬ光景だ」


曹操は、高順という底の知れぬ男への警戒心を、極限にまで強めると同時に、どうしようもないほどの、深い好意と敬意を抱いていた。自分には絶対にできないことを、いとも容易く平然とやってのける、この無欲な忠臣。彼がいるからこそ、自分もまた堂々と「漢の将軍」として、胸を張って、天下を獲るための戦いに身を投じることができる。そんな気がしてならなかった。


「行くぞ! 高順に、これ以上遅れを取るな! 袁術の首級、どちらが先に手土産として挙げるか、いざ勝負だ!」


曹操が愛馬に勢いよく鞭を入れる。許昌のどこまでも青い空には、まだあの「万歳」の熱狂の、消えやらぬ余韻が、いつまでも残っていた。


淮南の地で、皇帝ごっこに呆けてうつつを抜かす哀れな袁術は、まだ何一つ知らない。北の空から、自らを完全に滅ぼさんと迫る、二つの巨大な災厄。すなわち『覇者』曹操と『忠臣』高順が、あらゆる手加減をかなぐり捨て、完全にすり潰す勢いで、猛然と迫り来ている、その現実を。蜂蜜のように甘く心地よい、彼だけの儚い夢は、間もなく容赦ない鋼鉄の蹄と陌刀によって、木端微塵に踏み砕かれようとしていた。


十五万の官軍が許昌を出陣し、劉備、孫堅、呂布の各軍が、それぞれの思惑を胸に、淮南へと殺到する中。全軍の先陣を切る并州牧・驃騎将軍の高順は、全軍の士気を天の頂点にまで極限に高め、同時に敵軍の戦意を根底から徹底的にへし折るための、この上ない「最大の精神的武器」を解き放っていた。


当代随一の文人たち、すなわち高順の義父である大儒・蔡邕や、その才女として名高い妻の蔡昭姫らの、徹底的かつ容赦ない添削を経て、高順の名において天下に布告された、まさに歴史に残るであろう名文。それこそが、まさに偽帝・袁術を完膚なきまでに断罪する、『討偽帝袁術檄』である。


布陣を完璧に終えた寿春の城外。高順は、十万の并州軍、そして参集した全同盟軍の将兵たちの眼前で、朗々と、そして途方もなく響き渡る声で、その檄文を一字一句、読み上げさせた。


討偽帝袁術に賜ふ檄


蓋し天に二日なく、民に二王なしと聞く。日輪既に没すれば則ち螢火も敢へて其の輝きを耀かし、鼎祚移らざれば則ち沐猴も妄りに其の冕を加ふるを得んや?


偽帝袁術なる者は、冢中の枯骨、四世の余渣なり。累世の資を憑藉し、狼虎の志を豢養し、報效を思はず、専ら悖逆を行ふ。今、術、私かに璽紋を刻し、僭りに仲氏と号す、此れ独り天を欺くのみに非ず、実に民を虐ぐるなり、惟だ常を乱るのみに非ず、抑も亦た土を裂く。天地共に憤り、神人も疾むこと所なり。順等、謹んで大義を奉じ、執金吾を以て節鉞を仮し、雄師を糾合し、共に不臣を討たん。


此の獠の本性を観るに、賤しきこと草芥の如く、行ひは犬彘の若し。其の父袁逢、位は三公に居り、汝を華堂に生む。其の母は婢妾、微賎より出で、汝に遺すに戻気を以てす。汝、少くして俠気を以て自ら矜り、長じては則ち驕奢度を極む。兄紹とは母を異にし、而も室に鬩牆し、公卿を視ること僕の如くにして、朝に跋扈す。昔、董卓京を乱りしとき、汝は奔竄して南陽に在り。諸侯義を挙ぐれば、汝は观望して淮南に在り。名は忠節と為すも、実には両端を懐く。孫堅の殞命するに及び、璽を伝うるを得て、遂に天命躬に在りと自ら思い、竟に南面して孤と称するに敢へてせり!此の等の行径、董卓の暴も敢へて為さず、曹節の姦も未だ曾て作さず。汝の胆の大なる、実に千古未だ有らざるの奇を開き、汝の恥知らず、万世唾罵すべきの尤と謂ふべし!


吾等、檄文此に至れば、姑く汝の十惡を數へん


一に曰く天を欺く。漢祚未だ衰へず、天命帰する所有り、汝妄りに応運と称す、豈「代漢者當塗高」は乃ち自ら途に況へるを聞かざるか?実に塗中の泥鰍、妄りに蛟龍に比す!


二に曰く号を僭す。九州未だ定まらず、汝、号を寿春に建つ、宮殿は黄綢を以て瓦と為し、百官は山賊を以て数を充つ、所謂仲氏朝廷も、沐猴の冠するに過ぎず、糞土の牆!


三に曰く民を虐ぐ。淮南大旱し、人相食み啖ふ、汝、兵を縦にして搶掠せしめ、粟を積みて糜爛せしめ、百姓は荒野に号泣し、汝は妃嬪と高台に宴楽す、「陛下」の尊、竟に人肉を食みて甘んずるを忍ぶか?


四に曰く親に背く。兄袁紹兵を挙げて相向かい、侄袁譚境に拠りて命に抗す、親離れ衆叛き、汝、恥と為さず、反って曰く「寧ろ我人に負かん」と、六親認めず、此れ畜生に非ずして何ぞ?


五に曰く世を欺く。自ら謂ふらく舜後に出自し、土徳を承けて漢に代はると、殊不知く汝が祖袁良、刑餘の小吏に過ぎず、聖賢を冒認し、我が典籍を汚し、先賢を羞しむ!


六に曰く士を辱む。亡命を招揽し、張炯を以て太尉と為し、閻象を以て司徒と為す、此の等は履を販り席を織るの輩、沐猴にして冠す、爾が朝廷の上、竟に一箇の読書の種子も無し!


七に曰く物を絶つ。使いを遣はし布を呂布に求めんとすれども、反って刑戮せられ、馬を市はんと劉備にせしかども、終に仇讎と成る。四海の内、誰か肯んじて汝と通使せん?八荒の外、皆汝を指して妖孽と為す!


八に曰く土を裂く。本は漢臣と為り、国の厚恩を受け、符を剖き境を守り、報效を思はざるのみか、反って土を裂きて尊と称す、此の等の行径、禽獸に較ぶるに、更に何の異有らん?


九に曰く衆を惑わす。妄りに図讖を信じ、詭りて代漢と言ひ、迷ひて返らず、無辜の子弟をして汝に従ひて叛逆せしめ、白骨野に蔽はる、皆汝一人の罪なり!


十に曰く不祥。自古至今、偽号にして能く長久なる者有らず、公孫述は蜀に亡び、劉盆子は秦に敗る。汝等鼠輩、豈に能く此の天網を逃れんや?


今、我が高順、朝廷の命を受け、位は三公に列なり、執金吾を掌り、節鉞を仮りて不義を征す。自ら才疏を知ると雖も、然れども忠義心に在り、敢へて死を惜しまじ!麾下の陷陣營、皆百戰の精鋭、向かふ所前なし。且つ今、連軍既に合し、義旗の指す所:


曹操は兗徐に奮武し、旌旗日を蔽ひ

呂布は淮泗に馳騁し、鐵騎空を橫ぎり

劉備は沛國に仗義し、劍履俱に奮ひ

孫堅は江東に懷忿し、舊仇を誓ふて報ぜんとす!


此の四路の諸侯たる者、皆大義を明らかにし、逆賊と同じ天に在るを恥づ。吾等、兵を合せて百万、淮南に會獵せん。戰鼓震へば則ち山岳崩れ、怒喝發すれば則ち風雲変ず。


袁術竖子、吾が一言を聽け


汝の恃む所の者は、傳國の一璽に過ぎず。然れども汝春秋の舊事を見ざるか?子頹の寵、終に禄位を全うすること能はず、子朝の立つも、終に天王に討たれんことを見る。汝が頭顱、吾已に千金の賞を懸け、汝が宮室、吾已に火焚の期を定む。汝を生擒する者は、當に董卓の故事に效ひ、脂を臍中に燭し、以て天明を照らすべし。其の首を取る者は、屠狗の功に比すべく、之を白門に懸け、以て效尤を儆めしめん。


凡そ我が大漢の臣民、偽命に脅かされたる者、若し能く反戈して一撃し、偽帝を擒斬せば、既往は咎めずとするのみならず、更に封侯の賞を得ん。倘し或ひは執迷悟らず、甘心して逆に從はば、則ち大兵一到せば、玉石俱に焚かん。若し其の眷屬の寿春に在る者は、即ち遷りて禍を避け、無益の殉と為る勿れ。檄文の到る日、速やかに知悉すべし。


嗚呼!天道昭昭として、報應爽はず。汝、四世三公の名を以て、禽獸の及ばざる所の事を行ふ。順、武ならずと雖も、願はくは一旅の師を提げ、親ら汝が首を斬り、以て漢室の先帝に祭告せん。仗義執言、此に一挙に在り!


并州牧、驃騎將軍、執金吾、假節鉞、北域大都護、晋陽侯 高順 謹みて檄す


この檄文は、瞬く間に風に乗って、寿春の城内へと大量にばら撒かれた。名門としての誇りの全てを、木端微塵に打ち砕き、袁術の十の悪逆を理路整然と並べ立て、この世の四方八方の英雄たちが、もはや完全に包囲しているという絶望的な事実を、冷徹に突きつける。


淮河の南、寿春の城壁は、もはや言葉を失うほど絶望的な光景に包囲されていた。北からは、天子の御旗を掲げた曹操と高順の連合軍、実に十五万。東からは、正統なる徐州牧・劉備と、この決戦のために駆けつけた鬼神・呂布の軍勢五万。そして南からは、長江を一気に渡ってきた江東の虎・孫堅と小覇王・孫策、親子鷹率いる水陸両軍五万。まさに、中華最強の顔触れが揃い踏みし、たった一匹の「害虫」を駆除するというただ一点の目的のために、ここ寿春に集結したのである。


仲皇帝などと大見得を切った袁術は、城壁の上で、ただただ震え上がるしかなかった。頼みの綱の呂布には完全に絶縁され、飼い犬のつもりだった孫堅には独立されている。今や四面楚歌どころか、その全方位すべてが、純粋な「殺意」で埋め尽くされている。

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