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外伝 曹孟徳引狼入室 高孝父迎刃而上 二段

許昌の皇居は質素なものだった。洛陽の宮殿に比べれば、その規模は十分の一にも満たない。だが天子・劉協は、ここを仮の都として懸命に朝廷の体面を保っていた。彼は今年で十六歳になる。董卓に擁立され、李傕に拉致され、洛陽を焼かれ、曹操に保護された。その短い生涯のほとんどを、他人の手中で翻弄され続けてきた。玉座の冷たさと、臣下たちの偽りの笑顔が、彼の青春のすべてだった。


その天子が、高順の参内を聞いて、心から喜んだ。曹陽から脱出する時、自ら殿を務めて李傕の追撃を食い止め、肩に矢を受けながらも天子を守り抜いた将軍。長安で幼い自分を市井に連れ出し、象棋の駒の動かし方を教え、董卓の威圧に震える手を握ってくれた唯一の大人。驃騎将軍の位は、そのすべての恩に報いるために天子自身が与えたものだった。


「高順、よく参った。そなたの顔を見られて、朕は本当に嬉しい。あの曹陽の夜、そなたが殿を務めてくれなければ、朕は今ここにおらぬ」


劉協は玉座から身を乗り出して、高順に手を差し伸べた。玉座の間には曹操、荀彧、伏完、董承らが居並んでいる。伏完は国丈として外戚の重鎮であり、董承は董貴人の父として献帝の信任厚い車騎将軍である。彼らの顔にはそれぞれ異なる表情が浮かんでいた。曹操は穏やかな微笑みを浮かべ、伏完は慎重に高順を観察し、董承は何かを期待するような目で高順を見つめている。


「もったいなきお言葉。臣はただ、陛下をお守りするために参りました」


高順は片膝をつき、低頭した。


「そなたが并州で民を養い、法を整え、国を豊かにしていることは、朕も聞いている。そなたのような忠臣がいることが、漢室の誇りだ。して、并州の暮らしはどうだ。そなたの家族は元気か」


「はっ。妻の蔡氏と董氏も、陛下のご健康を案じておりました。并州の民は、かつて賊と呼ばれた者たちも含め、今はよく耕し、よく学んでおります。学堂では三千人を超える若者が学び、工房では百錬鋼の武器や歩人甲が作られ、屯田の水路には冬でも水が絶えません。陛下がお与えくださったこの命、決して無駄にはしておりませぬ」


「そうか、婦人方も元気か。長安でそなたの屋敷に招かれた時、董夫人が焼いてくれた餅の味を、朕は今でも覚えている。蔡夫人が弾いてくれた琴の音もな。またいつか、そなたの家族にも会いたいものだ」


「陛下がお望みであれば、いつでも晋陽にお越しください。学堂で学ぶ子供たちも、工房で鉄を打つ工匠たちも、屯田で汗を流す農民たちも、陛下の御姿を一目見られれば、どれほどの励みになるか。臣の妻たちも、陛下のためなら喜んで餅を焼き、琴を奏でましょう」


劉協の顔に、少年のような無邪気な笑みが広がった。


「ああ、いつか必ず。約束だぞ、高順」


「はっ」


高順が顔を上げると、劉協は名残惜しそうに手を離した。その笑顔を見て、伏完の眉がわずかに動いた。彼は董承と目を合わせ、何かを確認し合う。彼らにとって高順は、まだ判断のつかぬ未知の存在だった。董卓のような暴虐の臣か、曹操のような権勢の臣か、それとも乱世に乗じて野心を抱く逆臣か。并州から十万の兵を率いて現れたこの男が、漢室にとっての救いとなるのか、それとも新たな災いとなるのか。伏完は高順の一挙手一投足を注意深く観察していた。


董承もまた複雑な心境だった。彼は献帝の外戚として、曹操の専横を快く思っていない。しかし今はまだ、曹操を除くための具体的な策も、それを実行に移すだけの確信も持てずにいる。高順は驃騎将軍として軍事力を持ち、天子からの信頼も厚い。もし高順が漢室の忠臣であるならば、これほど頼もしい味方はいない。しかしもし高順が曹操と手を結んでいるならば、漢室にとって最大の脅威となる。董承は高順という男を、まだ測りかねていた。


参内を終えた高順は、許昌の城内に設けられた驃騎将軍の仮館へと戻った。かつての郡役所を改装した建物で、并州の政庁に比べれば狭いが、十万の兵を城外に駐屯させている高順にとっては十分な広さだった。


館の門をくぐると、まず張五を呼び寄せた。


「張五、三千の兵を選び出せ。今夜のうちに密かに許昌を発ち、宛城へ先行しろ。曹操より先に現地に入り、潜伏せよ。目的は二つ。一つは曹操軍の動きを監視すること。もう一つは、いざという時に備えて退路を確保することだ。張繍の軍勢や賈詡の動きも探れるなら探れ。ただし決して目立つな。商人か流民を装い、分散して潜入しろ」


「承知しました。三千の兵は、腕利きの者を選びます。潜伏先では、万一に備えて緊急時の集合地点と合図も定めておきましょう。曹操に感づかれぬよう、十人ずつに分けて送り出します」


「ああ。手配が終わり次第、すぐに発て」


張五は深く一礼し、足早に退出した。高順は彼の後ろ姿を見送ると、次に呉資を呼び寄せた。呉資は陥陣営の六将の一人であり、高順が最も信頼する将の一人である。曹陽の戦いでは先陣を務め、李傕の左翼を粉砕した実績を持つ。


「呉資、お前には許昌に駐屯する全軍の警戒指揮を任せる。俺たちは今、敵の本拠地のど真ん中にいる。いつ曹操が手のひらを返すかわからん。見張りは通常の二倍とし、城内の偵察も怠るな。兵たちには外出時は必ず二人以上で行動するよう徹底させろ。特に夜間の警戒を厳重にせよ。何か異変があれば、すぐに俺に直接報告しろ」


「はっ。陥陣営の六将それぞれに見張りの区域を割り当て、交代制で隙のない警戒網を敷きます。丞相府と皇居に通じる道には常に二人の斥候を配置し、人の出入りをすべて記録させましょう。また、曹操軍の兵営の動きについても、できる限り情報を集めます」


「曹操に悟られるな。あくまで自然に振る舞え。何かあれば、俺の名で対応しろ」


「御意」


呉資が退出すると、入れ替わりに伏完が面会を求めてきた。


伏完は国丈としての品位を漂わせながら入室した。年は五十に近く、白髪の混じった髭を蓄えている。彼はまず形式的な挨拶を述べ、并州の治績を賞賛した。高順はそれに短く応じ、茶を勧めた。


しばらくの雑談の後、伏完は声を潜めた。


「驃騎将軍は、今の朝廷をどのように見ておられる」


「丞相がよく治めている。天子も安定した日々を送っておられる。何か問題があるのか」


「問題がないとは申しませんが……」


伏完は言葉を選びながら続けた。


「丞相は有能です。しかし、有能であるがゆえに、権力が一極に集中しすぎている。これが長く続けば、漢室の将来にとって決して良いことではない。驃騎将軍は、曹陽で天子を守り、洛陽で曹操と天下の行く末を語り合ったお方。その驃騎将軍が許昌におられる今こそ、朝廷の均衡を取り戻す好機だと、私は考えております。つまるところ、私は驃騎将軍というお方をまだ見極めかねているのです。あなたは董卓のように乱世を私する暴虐の臣か、曹操のように権勢をもって朝廷を牛耳る臣か、それとも漢室を真に支える忠臣か。私の目には、まだあなたの本心が見えない」


高順は少しの間、伏完の目を見つめた。伏完の目には、打算だけではない、漢室への老臣としての憂いが浮かんでいた。


「伏完殿。俺は董卓のようにも、曹操のようにもなるつもりはない。俺は驃騎将軍として天子をお守りする立場にある。それ以上でも以下でもない。朝廷の政治に介入するつもりはないし、丞相が天子を支えている限り、俺が口を挟むことはない。あなたが俺をどう見極めるかは、あなたの自由だ。だが一つだけ言っておく。俺は漢室を滅ぼすためにここに来たのではない」


「では、何のために」


「天子を守るためだ。曹陽でそうしたようにな」


伏完はしばらく沈黙し、それから静かに立ち上がった。


「承知いたしました。驃騎将軍の御意向、しかと胸に刻みます。しかし、どうか忘れないでいただきたい。漢室の忠臣は、驃騎将軍だけではないということを。私はこれからも、あなたを見極めさせていただく」


伏完が退出した後、高順はしばらく窓の外を眺めていた。伏完はまだ曹操への反旗を具体的に計画しているわけではない。しかし確実に、その芽は育ちつつある。董承も同じだ。彼らが動く時、それが漢室と曹操の亀裂を決定的にする。それを見越して動くのが、高順の役割だった。


夕刻、高順のもとに張五からの報告が入った。三千の兵は無事に出立し、十人ずつの班に分かれて別々の街道から宛城へと向かったという。全員が到着するまでに五日、潜伏態勢が整うまでにはさらに数日を要するが、曹操の出陣までには十分に間に合う手筈だった。


「よし。これで準備は整った」


高順は呟き、机の上の地図に目を落とした。宛城。曹操がこれから向かう戦場。そして高順の仕掛けた伏線が、静かに動き始めていた。


その夜、曹操は高順を丞相府の私室に招いた。


部屋には簡素な卓が一脚置かれ、その上に茶器が並べられている。曹操は自ら茶を点てながら、高順に席を勧めた。窓の外では、許昌の夜空に星が瞬いている。城下からは夜警の兵士たちが打つ拍子木の音が、かすかに聞こえてきた。この私室での茶会は、曹操が最も信頼する者だけを招く習慣だった。荀彧や夏侯惇でさえ、ここに呼ばれるのは特別な時だけである。


「しかし、お前が本当に十万も連れて来るとはな。曹陽の時は三万だった。あれから数年で、よくまあそこまで増やしたものだ」


「并州は賊だらけだったからな。兵を集めるのには苦労しなかった。むしろ、食わせるのに苦労した」


「賊を兵に変える、か。それがどれほど難しいか、俺も屯田制で身に染みている。お前はそれを平然とやってのける。まったく、化け物だな」


曹操は茶を一口含み、それから高順をまっすぐに見つめた。その細く鋭い目には、焚き火の灯りが揺らめいている。


「高兄。お前はなぜ、俺の召喚に応じた。并州に籠もっていれば安全だとわかっていたはずだ。洛陽の時、お前は『俺は感情で動かない』と言った。あの言葉を聞いて、俺はお前を信用することに決めた。だから今回も、本音を聞かせろ」


高順は茶碗を手に取ったまま、少しの間を置いた。湯気が立ち上り、彼の無表情な顔をかすかに曇らせる。


「お前が俺を許昌に縛り付けたいと考えていることも、その間に宛城の張繍を討とうとしていることも、承知している。幽州を手に入れた俺に危機感を抱いたんだろう。それは合理的な判断だ」


「そうだ。俺は兄が恐ろしい。并州だけでなく幽州まで手中に収めた兄は、もはや袁本初よりも厄介な相手だ。だからここに留めて、目の届くところに置いておきたい」


曹操は率直に認めた。


「だが、それだけじゃない。俺は単純に、お前ともう一度話がしたかった。洛陽の夜、お前と酒を飲んで天下を語ったあの時間は、俺にとって得難いものだった。朝廷の誰もが俺に媚びるか、俺を恐れるかだ。だがお前だけは違った。お前は俺を利用し、俺もお前を利用した。それが気持ちよかった」


「同感だ。だから俺も来た。利用し合える相手は、得難い」


高順は淡々と言った。


「俺は、お前と戦うつもりはない。并州は漢室の一部であり、お前は漢室の丞相だ。洛陽で共に天子を守り、あの夜、酒を酌み交わして語り合った者同士、戦う理由がない。お前が俺を必要とするなら、俺はここに留まる。それが并州の民のためにもなる」


曹操はしばらく高順の目を見つめ、それから小さく笑った。


「あの時と変わらんな。お前はいつも率直だ。曹陽で『殿を務めるのは損得で言えば最善である』と言った時も、俺は茶を吹きそうになったのを覚えている」


「損得で動くことは、悪いことじゃない。結果として天子は救われ、お前は朝廷の実権を握り、俺は并州を磐石にした。誰も損をしていない」


「その通りだ。あの一件で、俺と兄は互いに利用し合い、互いに利益を得た。だからこそ、今回も利用し合おう。俺はお前を許昌に縛り付ける。お前はその代わり、并州の安全を保障される。幽州を手に入れたことで、お前は袁紹の背後を脅かす存在になった。それを俺は歓迎する。袁紹がお前を警戒すればするほど、俺は中原で自由に動ける」


「なるほど。兄は俺と袁紹を互いに牽制させて、その隙に地盤を固めるつもりか」


「そういうことだ。お前も同じことを考えているんだろう」


「ああ。俺にとっても、兄が袁紹を抑えてくれている方が都合がいい。お前が強ければ強いほど、袁紹はこっちに手を出せない。利用し合うと言ったのは、そういう意味だ」


二人は顔を見合わせ、同時に口元を緩めた。利害が一致している。それが二人にとって、何よりも確かな信頼の証だった。

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