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社畜が目覚めたら将軍!? 史実(未来予知)で成り上がり、乱世を生き抜く  作者: 八月河
第八回 高孝父励経図治 諸侯皆爾虞我詐 二段
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第八回 高孝父励経図治 諸侯皆爾虞我詐 五段

并州の民を守る。それだけだ。


高順はその誓いを胸に晋陽へ戻った。代郡を制圧し、公孫瓚を退け、劉和を太守に据えるという一連の作戦は成功した。だがそれはまだ序章に過ぎない。これから始まる静かなる戦いこそが、彼の本領だった。


代郡からの帰還後、晋陽の政庁は早朝から活気に満ちていた。高順は執務室の卓に向かい、夜が明ける前から報告書と睨み合っている。彼の手元には、常に五色の小さな木札が置かれていた。青は農業、赤は軍事、黒は製鉄と工業、白は民政と教育、黄は外交と情報。それぞれの色が、彼の頭の中で整理された優先順位を表している。


「申し上げます」


最初に姿を現したのは董昭だった。彼は吏を一人伴い、分厚い戸籍簿を抱えて入室する。


「太原郡の戸籍調査が完了しました。河東、河内を除く并州の総人口は五十三万。うち十五歳以上五十歳未満の丁壮は十二万。このうち三万はすでに軍籍にあります」


「残る九万の内訳は」


「五万が農耕に従事し、二万が鉱山と製鉄に、残る二万は各地の土木工事と物資の輸送に当たっております」


高順は黙って数字を頭に入れた。董昭は続ける。


「今年度の徴兵可能数は最大で二万。ですが、これ以上農耕人口を削ると、来年の収穫に響きます」


「将軍令第六条を発する。質を落とさず、一万の精鋭を新たに編成する。ただし農繁期には訓練を止め、農作業に戻せ。兵は農民であり、農民は兵だ。この原則は変えん。州牧令の屯田制と将軍令の府兵制は、同じ根から生えた二本の枝だ。そのことを忘れるな」


「はっ」


董昭が下がると、入れ替わりに袁遺と繆尚が姿を見せた。袁遺は長安から逃れてきた名士で、高順は彼を并州の法曹の責任者に抜擢していた。繆尚は河内の豪族出身で、水利と土木の知識に長けている。


「将軍、州牧令に基づく新たな法令の草案がまとまりました」


袁遺が差し出した竹簡には、細かな字でびっしりと条文が刻まれている。土地の均分、税の減免、官吏の不正を取り締まる監察制度。高順はそれを一通り読み終えると、静かに言った。


「良い。だが、これに一条加えよ。『訴えあれば必ず聴く。門を閉ざすことなかれ』と。民が直接、役所に訴え出られる仕組みを作れ。これは州牧令の基本理念に関わる」


「しかし、そうなりますと訴訟が殺到し、吏の負担が」


「負担を恐れて民の声を塞ぐな。吏の増員は学堂の卒業生を充てよ。理論を学んだ若者に、実務を経験させる好機でもある。州牧令第十六条の義務教育は、こうした実務の人材を育てるためでもあるのだ」


袁遺は深く頷き、繆尚が続いた。


「将軍、汾水の水利網の拡張計画です。現在、太原郡内の主要水路はほぼ完成しましたが、上党郡への延伸には山越えの難工事が伴います。工兵だけではとても人手が足りません」


「農閑期の農民を動員しろ。賃金は塩の専売益から出す。州牧令第五条の規定通り、労働者には一日あたり練炭三個、塩一合、菜種油一勺を支給する。それと山越えの区間には隧道を掘れ。岩盤が固い場所は火で炙ってから水を打ち、脆くして掘り進め」


「隧道……山を穿つ隧道でございますか」


「そうだ。技術的には可能だ。すでに鉱山で同じ手法を使っている。百錬鋼の鑿と鎚を用意させろ。工期は四ヶ月で終わらせろ」


繆尚は呆気にとられた顔で退出していった。


午前の執務が一段落すると、高順は一人で政庁の裏にある小さな鍛錬場へと向かった。彼が毎日欠かさず行う槍の素振りの時間である。


鍛錬場にはすでに一人の男が待っていた。高順より頭一つ背の高い、がっしりとした体格の中年の武人、徐栄である。彼は李傕の追撃から天子を守って深手を負い、高順に救出されて以来、并州で療養していた。傷が癒えた今は、高順直属の軍師兼副将として并州軍の再編に携わっている。


「傷の具合はどうだ」


「問題ありませぬ。むしろ、この数ヶ月の静養で体が鈍りましてな」


徐栄は苦笑しながら、傍らに立てかけてあった長戟を手に取った。高順もまた、工房で鍛え上げられた黒鉄の重槍を構える。


「では、参る」


号令もなく、二人の影が同時に動いた。


高順の槍が風を裂き、徐栄の戟がそれを受け止める。耳をつんざく金属音。飛び散る火花。二人は言葉を交わさず、ただひたすらに打ち合った。


高順の槍は重い。八十斤の鉄塊が唸りを上げて迫る。しかし徐栄はその重さを知り尽くしていた。彼は戟の柄を滑らせて衝撃を逃がし、逆に高順の足元を狙って薙ぐ。高順はそれを軽く跳んでかわし、槍の石突きで反撃する。


鍛錬場の土が抉れ、石畳に刃の痕が刻まれる。近衛の兵たちが息を呑んで見守る中、二人の武人は無言で打ち合い続けた。


十合を過ぎた頃、徐栄が一歩退いた。彼の額には汗が滲み、肩で息をしている。高順もまた、頬に一筋の汗を伝わせていたが、その呼吸は乱れていなかった。


「……相変わらず、お強い」


徐栄は感嘆の息を漏らした。


「強さではない。慣れだ。俺は毎日これを欠かさない。戦場で生き残るために必要なのは、才能ではなく習慣だと信じている」


「習慣、ですか」


「そうだ。槍を振る習慣。地図を読む習慣。兵と共に飯を食う習慣。民の声を聴く習慣。将軍令を発し、州牧令で統治し、太守令で現場に届ける。そういった小さな積み重ねが、いざという時に生死を分ける」


徐栄は深く頷き、戟を収めた。


彼は董卓の下で長く戦ってきた歴戦の将である。洛陽の戦いでは曹操を破り、汴水の戦いでは反董卓連合軍を壊滅させた実績を持つ。その徐栄が、今は高順の副将として、この若き将軍に心服していた。


「将軍、午後からは北の防衛線の視察でしたな」


「ああ。徐栄、お前も同行しろ。匈奴と鮮卑の動きが気になる」


晋陽の城門を出て北へ馬を走らせること半日。高順と徐栄は、并州の北辺を守る長城の防衛線に到着した。


ここには、高順が最も信頼する将の一人である張遼が駐屯している。張遼は元は呂布の麾下にあったが、高順の人柄と志に惹かれて并州に留まった男である。冷静沈着で戦術眼に優れ、かつ兵を愛する良将だった。


「将軍、ようこそお越しくださいました」


張遼は簡素な軍営の前で高順を出迎えた。彼の甲冑は手入れが行き届き、麾下の兵たちも規律正しく整列している。軍営の空気には張り詰めた緊張感があるが、同時に不思議な落ち着きも漂っていた。


「文遠、近頃の北の様子はどうだ」


「まずは中へ」


軍営の幕舎に入ると、張遼は机の上に広げられた地図を指し示した。北の草原地帯には、匈奴の休屠王部、鮮卑の軻比能部、烏桓の蹋頓部といった諸部族の名が書き込まれている。


「まず匈奴ですが、于夫羅の死後、継承争いが続いており、大規模な南下の動きはありません。問題はむしろ、その隙を突いて勢力を拡大しつつある鮮卑の軻比能です」


「勢力はどの程度だ」


「現在、騎兵一万五千。さらに烏桓の蹋頓と密使を交わしているとの情報もあります。両者が組めば、三万を超える騎兵が并州の北境に押し寄せる可能性があります」


徐栄が眉をひそめた。


「三万の騎兵……我々の北境守備隊はどの程度だ」


「現在、雁門郡と雲中郡に配置している兵力は合計で八千。騎兵は三千、残りは弩兵と歩兵です」


「八千で三万を防げというのか」


「防げます」


高順は静かに言い切った。彼は地図の上に、いくつかの小さな木片を置いていく。長城沿いの要衝を示す駒である。


「匈奴が弱体化している今、我々の北の脅威は鮮卑と烏桓だ。だが、奴らは決して一枚岩ではない。軻比能と蹋頓は互いに利用し合っているが、心の底では信頼していない。その隙を突く」


高順は駒を一つ摘み上げた。


「将軍令第七条。烽火台の連絡網を強化する。狼煙が上がれば、半日以内に全軍が配置につけるようにしろ。第二に、游牧民が最も嫌うものを活用する。毒を塗った落とし穴、夜間の奇襲、偽の情報を流す間者。正面からの会戦は避け、奴らの兵站と士気を削れ。第三に、奴らがどうしても突破しなければならない隘路が三ヶ所ある。ここに強弩を集中配備する。いくら騎兵が押し寄せても、隘路ではその数を活かせない。地形で殺せ」


張遼は深く頷いた。


「すでに烽火台の補修は始めております。落とし穴の設置も、工兵隊を動員すれば一月で終わるでしょう。ただ、強弩の数がまだ不足しておりまして」


「工房に増産を命じる。張伯のところに新しい踏張弩の設計図を送れ。今までのものより射程が五割長い。それと、弩兵の訓練も倍に増やせ。一人が三丁の弩を使えるようにしろ。撃っては交代し、撃っては交代する。これで騎兵の突撃を止める」


「一人三丁……それならば、敵が前進してくる間に三度の斉射が可能ですな。千人で三千人分の矢を浴びせられる」


徐栄は驚嘆の声を上げた。高順は小さく頷き、立ち上がった。


「北の防衛は文遠に任せる。俺が最も信頼しているのは、お前の冷静な判断力だ。焦るな。無理をするな。だが、決して退くな」


「御意」


張遼は深く頭を下げた。


晋陽へ戻った高順を待っていたのは、董媛の不機嫌な顔だった。将軍府の門をくぐるなり、彼女は腕を組んで立ち塞がる。


「また北に行ってたの? 先週も行ったばかりじゃない。たまには少しは家にいたらどうなの」


「軍務だ。私事ではない」


「軍務軍務って、あなたはいつもそればかり。たまには昭姫と三人で街にでも出かけましょうよ。晋陽の市場は最近、ずいぶん賑やかになったのよ。塩のおかげで商人がたくさん来ててね」


董媛はそう言って、高順の袖を引っ張った。彼女のこういう強引なところは董卓譲りである。高順は小さくため息をついた。


「……わかった。今日の午後は空けてある。市場に行くか」


「本当? 昭姫! 昭姫、旦那様が市場に行くって!」


董媛が嬉しそうに走り去ると、入れ替わりに蔡昭姫が姿を現した。彼女は董媛の騒ぎ声を聞いていたらしく、口元に手を当てて笑っている。


「将軍、たまには息抜きも必要です。あなたが倒れたら、并州は終わりですから」


「お前までそんなことを言うか」


高順は苦笑しながら、二人の妻と共に晋陽の街へと繰り出した。


晋陽の市場は、確かに活気に満ちていた。州牧令第十五条に基づく塩の専売制が始まって以来、河東の良質な塩を求めて各地から商人が集まり、それに伴って織物や陶器、農具を売る店も軒を連ねるようになった。道行く民の顔には笑みがあり、子供たちは無邪気に走り回っている。一年前まで山賊に怯えていた街とは思えぬ変わりようだった。


「見て、この絹、綺麗でしょ」


董媛が露店で絹織物を手に取り、嬉しそうに昭姫に見せる。昭姫はそれを手に取り、光に透かして織り目を確認した。


「これは良い絹ですね。蜀の錦には劣りますが、これだけの品質なら十分に売り物になります。どちらの産ですか」


「へえ、お姉さん、目が利くなあ。これは上党の新しい織機で織った絹でさあ。将軍様のおかげで技術が上がってね、今年からようやく市場に出せるようになったんだよ」


商人の言葉に、高順は微かに目を細めた。上党の織物産業も順調に育っているらしい。彼が学堂で教えた新しい織機の図面が、すでに実用化されている証拠だった。


「将軍、あちらの粥屋、すごくいい匂いがします」


昭姫が指さす先には、湯気を立てる大きな釜があった。麦と粟を煮込んだ粥に、刻んだ葱と塩漬けの肉が入っている。かつては貴族しか口にできなかった味付けだ。しかし今は、塩の専売制によって質の良い塩が安価に流通し、庶民でもこうして味のついた食事を楽しめるようになっていた。


三人は粥を啜りながら、しばし市場の喧騒を楽しんだ。


湯気の向こうで、董媛が子供のように笑っている。昭姫がその隣で、穏やかな微笑みを浮かべている。肉の脂と塩の香りが、秋の午後の空気に溶けていく。


「こうして見ると、并州もだいぶ良くなったわね。私が最初に来た時は、城壁だってボロボロで、市場にだって大した物はなかったのに」


董媛が粥の器を両手で包みながら、しみじみと言った。


「まだ始まったばかりだ。これからもっと良くなる。学堂からは毎月、新しい人材が育っている。製鉄所の生産量は倍増し、塩の利益は国庫を潤している。州牧令の制度はようやく骨格が出来上がったところだ。あと三年もすれば、并州はこの乱世の中で最も安定した地になる」


「三年後、か。それまで戦はしないの」


「しないわけにはいかないだろう。袁紹も公孫瓚も、いずれこちらに牙を剥く。曹操も、許都での地盤が固まれば必ず北を目指す。孫堅も江東で健在だ。だが、戦うとしても、それは并州の外でだ」


高順は遠くの山並みを見つめた。


「俺は并州の民を戦火に巻き込みたくない。だから、戦うなら敵の地で戦う。それまでは、この地を鉄壁の要塞に変える。兵站も、装備も、人材も、すべてにおいて敵を圧倒する準備を整えてから動く。将軍令で軍を整え、州牧令で民を養い、太守令で末端まで統治する。それが俺のやり方だ」


「ふうん。まあ、あなたならそうするでしょうね」


董媛はどこか誇らしげに笑い、昭姫は静かに高順の横顔を見つめていた。


その夜、高順は政庁の自室に戻り、再び机の上の地図と向き合った。


外はすでに深い闇に包まれ、城下からは時折、夜警の兵士たちが打つ拍子木の音が聞こえてくる。


室内には蔡昭姫が控えていた。彼女は茶を運びながら、高順の様子を静かに窺っている。湯気を立てる茶碗を卓の上に置き、彼女は一歩下がって主の言葉を待った。


「昭姫、州牧令第十六条に基づく学堂の拡大計画だが、太原郡内に十校を今年中に設立する。加えて、新たに医学寮を設置しろ。戦傷者の治療法を体系化し、衛生観念を全土に普及させる。清潔な水、傷口の消毒、感染症の予防。戦場で死ぬ兵の多くは、敵の刃ではなく傷口から入った穢れで命を落とす。これを変えるんだ」


「医学寮、ですか。それはまた大きな構想ですね」


「ああ。それと、州牧令第十七条に基づき、来月から官吏登用試験を始める。身分や出身地は問わん。読み書き算術ができ、并州の法を理解し、民のために働く意志がある者なら誰でも受けられる。試験は筆記と面接の二段階だ。公正を期すため、答案は全て無記名とする」


「身分を問わず……それでは、名族の反発を招きませんか」


「招くだろうな。だが、俺は名族のために并州を治めているわけではない。民のためだ。能力がある者が能力を発揮できる仕組みを作る。それが為政者の役目だ」


昭姫は深く一礼した。彼女の目には、敬愛の念がありありと浮かんでいる。


「将軍。私はあなたというお方にお仕えできて、本当に幸せです」


「……大袈裟だな」


高順は少し照れたように言い、茶を一口啜った。


窓の外から、夜風が白楊の葉を揺らす音が聞こえる。


晋陽の街は静かに息づいている。城門では今夜も、見回りの兵士たちが松明を掲げて歩いている。学堂では若者たちが明日の試験に備えて論語を読み耽っている。工房では張伯と公孫鍛が新しい鋼の配合に頭を悩ませている。北の長城では張遼が烽火台の補修状況を確認している。南の許都では曹操が、東の冀州では袁紹が、江東では孫堅と孫策が、それぞれの思惑を胸に次の一手を練っている。


天下は、まだ動乱の中にある。だが并州だけは、まるで嵐の目のように静かだった。その静けさこそが、高順という男が最も心血を注いで築き上げた武器であり、盾であった。


後世の歴史家は、この夜のことをこう記している。


「高順は、天下に先駆けて法と秩序の国を創り上げた。将軍令により軍を整え、州牧令により民を養い、太守令により末端まで統治する。その施政の根底には、常に『民のため』という揺るぎない信念があった。そしてその信念は、やがて乱世に疲れた無数の人々を惹きつけ、并州を中華の希望の地へと変貌させていくのである」と。


夜が更ける。


高順は最後の茶を飲み干し、静かに立ち上がった。明日もまた、戦いは続く。戦場ではない。書類と数字と、限りない決断の戦いである。


だが、その戦いこそが、彼の選んだ道だった。


生き残るために。そして、この地を守るために。


晋陽の夜は、深く静かに更けていく。

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