第八回 高孝父励経図治 諸侯皆爾虞我詐 四段
冀州・鄴城の政庁。豪奢な造りの大広間に、袁紹の高笑いが響き渡っていた。
公孫瓚が大敗を喫したという報に、袁紹は上機嫌に杯をあおった。名族・袁家の当主として、華北の覇権を争う最大の宿敵が敗れたのだ。これほど愉快なことはなかった。
彼の周囲には、許攸や郭図、逢紀といった側近たちが侍り、口々に祝辞を述べている。
「さすがは明公。公孫瓚ごときが敵うはずもありませぬ」
「これで華北に明公に並ぶ者はなくなりました」
杯が重ねられ、広間は祝宴の空気に包まれていた。
袁紹は杯を掲げ、声を弾ませた。
「公孫瓚の白馬義従が、高順ごときに敗れた。これは天が我に与えた好機。公孫瓚が弱った今こそ、幽州を一気に攻略する。全軍に準備を命じよ」
その言葉に、広間の空気がさらに華やいだ。郭図が「明公の御決断、まさに時宜を得たり」と賛辞を送り、逢紀もまた「幽州の地は、もともと袁家が治めるべき土地。公孫瓚ごときが僭称していたに過ぎませぬ」と続けた。
だが、列座していた謀臣の一人、沮授が静かに進み出た。その顔には主君のような喜色など微塵もなく、むしろ深い蒼白に染まっている。
「公。決してお笑いになるような事態ではございませぬ。むしろ、我々にとって最悪の報告と受け取るべきかと存じます」
広間の空気が変わった。酌をしていた者が手を止め、笑っていた者が口を閉じる。
沮授は広間に広げられた華北の地図の并州を指し示した。
「第一に軍事力。公孫瓚の精鋭『白馬義従』を、高順は地形と強弩、そして重装騎兵のみでわずか半日で粉砕しました。これは高順の軍がすでに天下最強の練度と装備に達していることの証明です。もしあの黒い鉄の軍団が山を下ってこの冀州へ雪崩れ込んできたら、我らとて無傷では済みません」
袁紹の顔から、徐々に笑みが消え失せていく。杯を持つ手が、わずかに震えていた。
「第二に、高順が打った政治的な布石こそが最も恐るべき毒です。代郡を奪い、そこに劉和を太守として据えた。幽州の劉虞は漢室の血を引く宗室。そのご子息を保護し大義名分を与えた。これにより、これまで袁公に向けられていた天下の知識人や名士たちの期待と支持が、一気に并州の高順へと流れ込み始めています」
沮授は一呼吸置き、さらに言葉を継いだ。
「高順は、たかだか呂布の元副将という身分なき成り上がりでありながら、劉和を保護するという極めて高度な政治手腕によって、明公の専売特許であったはずの大義と名声を真っ向から奪いに来たのです。公孫瓚を叩き、代郡を取り、劉虞の息子を立てる。この一連の動きは、戦場での勝利と政治的な勝利を同時に追求する、極めて周到な計算に基づいています」
「第三に、高順はすでに公孫瓚の動きを事前に察知していた可能性が高い」
沮授の言葉に、許攸が眉をひそめた。
「何を根拠に」
「先月、鄴城の市場に流入した并州塩の量が、突然三割も増えました。これは高順が情報収集の網を拡大していた証左。そして、国境付近の守備隊が、わざわざ白馬義従を嘲笑する歌を歌っていたという報告もある。挑発です。公孫瓚の性格を読み切り、怒らせ、こちらの土俵に引きずり込んだ。高順は、公孫瓚が動く前から、すべてを計算していたのです」
広間は、水を打ったような静寂に包まれた。
「公孫瓚は武力しか持たぬ匹夫の類。ですが高順は武力のみならず、政の何たるかを恐ろしいほどに熟知しております。軍を仕組みとして機能させ、大義で天下の心を掴む。明公、お気づきになりませぬか。高順はすでに、明公と天下を二分する覇王の器として立ち上がってしまったのです」
袁紹は手の中の杯を見つめた。つい先刻まで美酒に思えたそれが、突然、ひどく苦く泥臭いものに感じられた。
「身の程知らずの、野犬の分際で。四世三公たるこの袁本初の玉座を、血筋も持たぬあの下賤の輩が脅かすというのか。許さぬ。断じて許さぬぞ、高順」
袁紹は杯を床に叩きつけた。
陶器の砕け散る甲高い音が、重苦しい空気を切り裂く。酒が床に飛び散り、破片が侍従たちの足元に散らばった。
華北の真の敵は、もはや公孫瓚ではない。太行山脈の向こう側から、冷たく巨大な黒い影が、冀州を呑み込まんと静かに睨みつけていた。
許攸が一歩進み出た。彼の目にはなおも野心の火が消えずに燃えている。
「明公。沮授の言う通り、高順は確かに手強い。しかしだからこそ、今、手を打つべきです。公孫瓚との戦で高順もまた少なからず兵を消耗しているはず。今ならば」
「まだ言うか、子遠」
田豊が遮った。
「お前は先般、独断で刺客を放ち、失敗した。その結果、高順は我々の敵意を察知している。その上でなお、正面から戦えと申すか。高順の将軍令で整備された百五十萬の軍を、どうやって破るつもりだ」
「百五十萬など誇張に過ぎぬ。実数はその半分以下であろう」
「仮に半分でも七十五萬。我が軍の全兵力を上回る。それに高順の軍は装備が違う。百錬鋼の鎧に身を固め、踏張弩を装備した兵を、どうやって打ち破る」
許攸は反論しようとしたが、袁紹が手を挙げて制した。
「やめよ。今は公孫瓚を完全に滅ぼすことに集中する。幽州を取る。その後で并州と対峙する」
「明公、幽州を取るよりも、むしろ今は」
沮授が再び口を開きかけたが、袁紹は立ち上がり、その言葉を遮った。
「決めたことだ。公孫瓚を討ち、幽州を我が領土とする。それが先決。并州はその後だ」
沮授はそれ以上、何も言わなかった。ただ、深く頭を下げ、広間を辞した。
廊下に出た沮授は、しばらく立ち尽くし、それから小さく呟いた。
「高順は待ってくれぬ。あの男は、我々が幽州を取る間に、さらに強くなる。それを知らぬのは、もはや明公だけだ」
同じ頃、許都の丞相府では、曹操が并州からの報告書を読み終えたところだった。
室内には荀彧と程昱が控えている。曹操は竹簡を机の上に置き、しばらく沈黙した後、低く笑った。
「高順は、私が思っていたよりも、ずっと賢い男だったようだ」
「公孫瓚を半日で破り、代郡を制圧し、劉和を太守に据えた。軍事的な勝利と政治的な勝利を同時に手中に収めた。見事な手際です」
荀彧が静かに評した。
「袁紹はどう動くと思う」
程昱が曹操に尋ねた。
「袁本初は公孫瓚を追うだろう。幽州を取れば、華北の半分が袁家のものになる。目の前の獲物に飛びつくのが、あの男の性分だ。だが、その間に高順はさらに力を蓄える。袁紹が幽州を食い終えた時、太行山脈の向こうには、さらに巨大な敵が待っている。それに気づかぬのが、名族の悲しさよ」
曹操は立ち上がり、窓辺に歩み寄った。許都の街並みが、秋の陽の下に広がっている。
「荀彧、我々はどう動くべきだと思う」
「高順は今のところ、外部との争いを避けております。専守防衛を標榜し、并州の内政に専念している。天子を奉じておられる丞相とは、表面上は同じ朝廷の臣。今は衝突する理由も、利点もありませぬ。むしろ、袁紹と高順が互いに牽制し合う構図こそ、我々にとって最も望ましい」
「うむ。ならばしばらくは静観だ。ただし情報は常に集めろ。高順という男が、次に何を仕掛けてくるのか、それを知らねばならぬ」
曹操は再び竹簡に目を落とした。そこには、高順が将軍令と州牧令を明確に区分し、百五十萬の防衛軍を養成しつつあること、義務教育制度を開始し、全農具の鋼製化を進めていること、塩の専売制で財政を安定させ、捕虜に対しては三年後の自由民化を約束していることが、細かく記されている。
「荀彧。これはただの武将のやることではない。一個の国家を築こうとしている。しかも、その設計図が完璧だ」
「はい。そして、その国家の根幹には、民の支持があります。捕虜に希望を与え、子弟に教育を施し、税を減免する。人心掌握の術においても、高順は一流でございます」
曹操はしばらく考え込み、それから口元をわずかに歪めた。
「面白い。袁本初が公孫瓚を討ち終える頃には、私と高順、どちらがより多くの地盤を築いているか。それを競うとしよう」
荀彧と程昱は顔を見合わせ、深く一礼した。
彼らは知っていた。曹操が「面白い」と言う時、それは本気でその相手を認めた証であることを。
代郡の城壁の上で、高順は北の空を見据えていた。
公孫瓚は兵の多くを失い、幽州へと敗走した。劉和を太守に据えたことで、劉虞を保護するという大義名分も確立した。戦略的には完璧な勝利だった。
しかし高順の表情に、勝利の喜びはない。彼はすでに、次の手を考えていた。
「袁紹は幽州へ動く。曹操は静観する。その間に、我々はやるべきことをやる」
傍らに控える徐栄が尋ねた。
「やるべきこと、とは」
「州牧令の完全実施だ。捕虜の自由民化を三年後に控え、生産兵団の士気は高い。今のうちに灌漑網を完成させ、製鉄所の生産量を倍増させる。義務教育の第一期卒業生を来年には工房に送り込めるようにしろ。将軍令に基づき、予備役の冬季訓練も予定通り実施する」
高順はそこで言葉を切り、南の空に目を向けた。太行山脈の峰々が、秋の陽の下でくっきりとその輪郭を見せている。
「袁紹は、公孫瓚を滅ぼすのにあと一年はかかる。曹操は中原の統一に少なくとも二年。孫堅は江東で健在だが、南方の平定にはなお時間がかかる。我々に残された時間は、あと三年。三年の内に、誰にも侵せない国を築く」
「三年後、天下はどうなっておりますか」
「その時には、我々と敵対する者は、袁紹か、曹操か。あるいはその両方か」
高順は城壁から降り、馬に跨がった。彼は晋陽へ戻る。そこには山積みの報告書と、次々に決裁を待つ州牧令と将軍令の草案が待っている。
并州の蛟龍は、静かに、しかし確実に、その牙を研ぎ続けていた。
後に建安五年、官渡の戦いを前にして、袁紹は沮授の進言を退けて并州への備えを怠り、結果として曹操に敗れることになる。その敗因を分析したある歴史家は、こう記している。
「袁紹の敗因は官渡に非ず。公孫瓚を破りて後、并州を軽んじたことにあり。彼の目には終始、曹操のみが映り、太行の彼方に育ちつつあった真の巨影を見ずに終わった」
そして曹操もまた、後に赤壁の戦いで大敗を喫した後、許都に戻る道すがら、ふと側近にこう語ったという。
「私が高順を評して『賢い男』と言った時、私はまだ、あの男の本当の恐ろしさを理解していなかったようだ」




