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四段

并州で高順が重工業と農業の国家を築き上げている頃、中原の東端、徐州においては、目まぐるしい企業買収と裏切りのドラマが繰り広げられていた。


発端は、曹操の徐州侵攻である。曹操は「父が危うい目に遭わされた」という強引な大義名分を掲げ、徐州牧・陶謙の領土を蹂躙した。悲鳴を上げた陶謙は四方に救援を求め、これに応じた青州の田楷は、客将であった劉備を補佐として徐州へ派遣した。


高順の執務室に届いた報告書には、この時の劉備の軍団構成が詳細に記されていた。自らの私兵千余人と、幽州の烏桓族らによる騎兵。さらに、道中で拾った数千人の飢民を軍に編入したという。


高順は呆れ半分、感心半分で木簡を置いた。相変わらず、無茶苦茶な経営をする男だ。劉備玄徳。自らを中山靖王の末裔と名乗るが、実態は筵織りから身を起こした無一文の男である。金も領地もない彼は、行く先々で支援者を見つけては居候し、その圧倒的な人を惹きつける力で人心を掴んでいく。今回も、飢えた難民を「俺についてくれば飯が食える」と丸め込み、頭数だけを揃えて徐州へ乗り込んだのだ。


だが、この劉備のハッタリと人望が見事に功を奏する。徐州の陶謙は、劉備の器量に惚れ込み、彼を厚遇して精鋭の丹陽兵を四千人も与えたのである。強力な軍事力を手に入れた劉備は、あっさりと元の雇い主である田楷の元を離れ、そのまま陶謙の陣営へと鞍替えしてしまった。


その後、曹操が本拠地・兗州での呂布の反乱によって撤退を余儀なくされると、陶謙は劉備の功績を称え、彼を豫州刺史に推挙した。さらに劇的な転機が訪れる。病に倒れ、死の床についた陶謙が、豊かな徐州の全権を劉備に譲ると言い出したのだ。


「ポッと出の客将に、いきなり州の牧の座を譲るだと」


高順は報告書を読みながら、思わず声に出していた。長安の陰謀を見てきた彼からすれば、正気の沙汰ではない。だが、これこそが劉備の恐ろしさである。劉備は最初こそ「私にはそのような器はありません」と固辞してみせたが、徐州の地元名士である陳登や、孔子の子孫である孔融らからの熱烈な説得を受ける形で、ついに徐州を領有した。


この一連の動きの中で、劉備は凄まじい勢いで優秀な人材を吸い寄せていく。大学者・鄭玄の推薦で北海郡からやってきた孫乾を従事として迎え、名士・陳紀との交流からその息子の陳羣を別駕従事に抜擢した。さらに、後に劉備の最強の精鋭親衛隊「白毦兵」の長を務めることとなる猛将・陳到や、同姓であるという理由で賓客として厚遇された劉琰など、以後の過酷な流浪を最後まで共にする核となる者たちが、この徐州時代に次々と劉備の元へ仕官してきたのである。


「何もない男が、人望と運だけで一州の主となり、最高の人材を揃えたか」


高順はため息をついた。曹操が血を流して領地を拡大する中、劉備は「情」という目に見えない無形の資産だけで、巨大な国を手に入れてしまったのだ。


だが、劉備の栄華は、一つの最悪の選択によって瞬く間に崩壊する。曹操に敗北し、兗州を追い出されたあの無双の飛将・呂布が、行き場を失って徐州の劉備の元へ転がり込んできたのである。


「馬鹿め。あんな致死量の猛毒を、ホイホイと陣営に引き入れる奴があるか」


高順は思わず頭を抱えた。呂布の戦闘力は圧倒的だが、彼は丁原、董卓と、次々と己の主君を裏切ってきた男だ。現代の言葉で言えば、成績はトップだが背任行為を繰り返す危険人物である。だが、人の良さが仇となり、劉備は呂布を快く迎え入れ、小沛の城に駐屯させてしまった。


そして、悲劇は最悪のタイミングで起きる。南陽を追われ、揚州で勢力を盛り返していた袁術が、徐州を狙って大軍で攻め込んで来たのだ。劉備は自ら出陣し、袁術軍と対峙して一ヶ月に及ぶ睨み合いを続けた。だが、本拠地である下邳の留守を、義弟の張飛と、徐州の元々の守将である曹豹に任せていたのが運の尽きであった。


酒癖の悪い張飛と、地元派閥の曹豹との間に致命的な内輪揉めが勃発したのである。張飛は留守を預かる夜、酒宴を開き、同僚の曹豹に無理矢理酒を飲ませようとした。曹豹は酒が飲めない体質だった。断ると、張飛は怒って曹豹を鞭打った。激怒した曹豹は裏切り、あろうことか小沛の呂布に密使を送り、「城門を開けるから下邳を奪ってくれ」と内通した。


「しめた」とばかりに牙を剥いた呂布は、即座に下邳を急襲した。不意を突かれた張飛は大敗して逃走し、城に取り残された劉備の妻子は、呂布の捕虜となってしまった。最前線で袁術と戦っていた劉備は、背後から突然「本拠地を乗っ取られ、家族を人質に取られる」という絶望的な凶報を受け、軍は完全に瓦解した。


「見事なまでの敵対的買収だな。呂布の奴、相変わらず恩を仇で返すことにかけては天才的だ」


高順は、かつての主君の容赦のない手口に、冷たい笑みをこぼすしかなかった。全てを失った劉備は、プライドをかなぐり捨て、這いつくばるようにして徐州へ戻り、自らの城を奪った呂布に対して和睦を乞うた。呂布はこれを嘲笑いながらも受け入れ、劉備の妻子を返還すると、かつて自分が与えられた小沛の城へ、今度は劉備を追いやったのである。立場は完全に逆転した。


「普通の人間なら、ここで心が折れて首を吊るか、田舎に引っ込んで一生を終えるところだがな」


だが、劉備という男の真の恐ろしさは、この底なしの逆境においてこそ発揮される。全てを失い、小沛で飢えに苦しむ劉備の元へ、一人の男が巨額の私財を投げ打って駆けつけた。徐州随一の豪商にして大地主である糜竺である。


糜竺は私兵二千と、莫大な金銀財宝、そして自らの妹を劉備に差し出し、こう言ったという。


「あなたこそが天下の主になるお方だ。この全財産を使って、もう一度立ち上がってくだされ」


高順は報告書を閉じ、深く息を吐いた。糜竺の妹。後の糜夫人である。彼女は長坂坡で劉備の子を守り、井戸に身を投げて果てることになる。高順だけが知る未来だった。


「ゴキブリだな。最高の褒め言葉として、あの男は叩き潰されても絶対に死なないゴキブリだ」


高順は、呆れを通り越して深い戦慄を覚えた。領土を奪われ、軍を失っても、劉備の「人望」という資産だけは決して目減りしない。糜竺という最強の支援者を得て、劉備は再び小沛の地で蘇ったのである。


徐州を舞台に、呂布、劉備、袁術、そして遠くから睨みを利かせる曹操。中原の霸権を巡る四つ巴の死闘の火蓋が、今まさに切って落とされようとしていた。


南の袁術は、この徐州の混乱を虎視眈々と見つめていた。呂布が劉備を追い出したとはいえ、徐州の地盤はまだ固まっていない。劉備は小沛で再起の機会を窺っている。ならば、両者を争わせ、その隙に漁夫の利を得る。


袁術はそう考えた。彼は密使を呂布の下に送り、「共に劉備を討とう」と持ちかけたのである。


吕布拉はこの誘いを聞き、しばらく考え込んだ。側近の陳宮は反対した。


「袁術は信用なりません。劉備を討った後、必ず我々に矛先を向けるでしょう」


「わかっている。袁術ごときに利用されるつもりはない」


吕布拉は密使を追い返した。しかし、袁術の存在は無視できなかった。袁術が徐州に兵を進めれば、自分と劉備の両方が標的になる。それを防ぐには、むしろ劉備と手を組む方が得策だ。


吕布拉は決断した。彼は劉備に対して、兵糧の援助を申し出たのである。


「劉備に兵糧を送れ。ただし、これは俺の寛大さによるものだと、よく言い含めておけ」


この報せを聞いた劉備は、素直に感謝の意を表した。しかし関羽は渋い顔で言った。


「兄者、呂布の恩など受けるべきではありません。あの男はいつ裏切るかわからぬ」


「わかっている。だが今は、袁術に対抗するためにも、呂布との協調が必要だ」


劉備は関羽を諭し、呂布からの兵糧を受け取った。こうして、袁術という共通の敵を前に、呂布と劉備の間には奇妙な協調関係が生まれた。


しかし、それが長く続くはずがなかった。


袁術は、呂布が自分の誘いを断ったことを知ると、怒りを露わにした。


「呂布ごときが、この袁術の顔を潰すか」


袁術は大軍を編成し、部将・紀霊に命じて徐州に侵攻させた。紀霊は三万の兵を率い、まず小沛の劉備を討とうとした。弱い方から潰す、合理的な判断だった。


劉備は危急を呂布に告げた。呂布は陳宮を呼んだ。


「どうする」


「紀霊が劉備を討てば、次は我々です。ここは劉備を救い、共に袁術を退けるべきです」


「そうだな」


吕布拉は軍を率いて出陣した。彼が向かったのは、紀霊の陣と劉備の陣の中間点だった。両者を睨む位置に陣を敷き、紀霊と劉備の両方を自陣に招いたのである。


紀霊は最初、この招きを断ろうとした。しかし呂布の名を聞いて思い直した。人中の呂布、馬中の赤兎。その武勇は天下に轟いている。正面から敵に回すには、あまりに危険な相手だった。


紀霊が呂布の陣に着くと、既に劉備が席についていた。紀霊は劉備を睨みつけながら着席し、呂布に言った。


「呂布将軍、私は袁術公の命により劉備を討ちに参りました。将軍がこれを邪魔立てされるなら、袁術公は将軍をも敵と見なされるでしょう」


吕布拉は黙って酒を飲んでいたが、やがて立ち上がった。


「紀霊、劉備は俺の弟分だ。弟が窮しているのを、兄として見捨てるわけにはいかぬ」


そして呂布は側近に命じて、一本の戟を陣の辕門に立てさせた。


「これより、あの戟の小枝を射る。命中すれば和睦、外せば戦。いかがか」


紀霊は眉をひそめた。


「百歩の距離から小枝を射るなど、戯言にもほどがある」


「戯言かどうか、見ていればわかる」


吕布拉は弓を手に取り、狙いを定めた。その場の全員が息を呑む。弦が鳴り、矢が飛ぶ。矢は寸分の狂いもなく、戟の小枝を正確に射抜いたのである。


紀霊は青ざめた。こんな芸当ができる男を敵に回せば、自分の軍など瞬く間に壊滅するだろう。彼は無言で立ち上がり、兵を引いた。


こうして呂布は、一発の矢で戦を止めた。辕門射戟、この故事は後々まで語り継がれることになる。


劉備は深く感謝し、呂布もまた自分の武勇が天下に示されたことに満足した。しかし、この和睦の裏では、袁術の野心がなおも燃え続けていた。そして劉備もまた、この一時の平穏が長く続かないことを、誰よりもよく知っていた。


并州の高順は、これらの報告を全て読み終え、窓の外を見つめた。


吕布拉は相変わらずだ。武力で全てを解決し、その場その場の感情で動く。劉備は違う。失ったものを嘆かず、与えられたわずかな好機を決して逃さない。袁術は己の血筋を過信し、曹操は静かに力を蓄えている。


乱世はまだ終わらない。いや、これからが本番だった。


高順は立ち上がり、壁の地図を見つめた。長安では李傕と郭汜の内紛が激化し、天子が洛陽へ脱出しようとしている。その時が来れば、自分も動かねばならない。曹操もまた、天子を迎えに来るだろう。


洛陽で、二人は相まみえることになる。


高順は静かに息を吐き、次の手を考え始めた。

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