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五段

弘農郡、曹陽。


黄河と山脈に挟まれた狭い回廊で、絶望的なまでの防衛戦が繰り広げられていた。空は厚い雲に覆われ、今にも雪が降り出しそうな冷たい風が峡谷を吹き抜けている。董卓軍の残党である徐栄、樊稠、段煨の三将が、天子を逃がすために殿としてこの地に留まり、追撃してくる李傕・郭汜の軍勢を食い止めていた。


「行かせん。一兵たりとも、ここは通さぬぞ」


徐栄の鎧は既に砕け、肩口から背中にかけて深く裂かれた傷が幾筋も走っている。彼は槍を杖代わりに立ち上がり、血まみれの体で将兵たちを鼓舞し続けていた。かつて滎陽で曹操を破り、梁県で孫堅と矛を交えた名将の面影は、今はどこにもなかった。ただ、天子を守るという一念だけで、その身体は動き続けている。彼の部隊は連日の戦闘で消耗し尽くし、既に壊滅寸前だった。それでも彼らは一歩も退かない。背後には、脱出する天子の御車があるのだ。


「往生際が悪いぞ、徐栄」


敵将・李傕の嘲笑が戦場に響く。涼州兵の波が、壊滅寸前の徐栄軍を完全に包囲し、刃の環が狭まっていく。同時に、別の場所では樊稠が李傕軍の精鋭に包囲され、無数の槍に貫かれて壮絶な討ち死にを遂げていた。彼は最後まで方天戟を振るい続け、一人でも多くの敵を道連れにしようと足掻いたという。樊稠の戦死によって戦線の一角が完全に崩れ、涼州の騎馬隊が天子の後衛に迫ろうとしていた。


その時だった。


ドゴゴゴゴゴゴゴ。


北の丘陵地帯から、地響きのような蹄音が轟いた。戦場にいた全ての兵が驚愕し、手を止める。李傕が振り返ったその先には、三万の重騎兵が整然と隊列を組み、丘陵の稜線を埋め尽くしていた。全員が黒鉄の鎧に身を包み、夕日を受けて鈍く輝いている。旗印はただ一文字、『高』。


「こ、高順だと……!?なぜここにっ!」


李傕の顔から血の気が引き、悲鳴に近い声が迸った。河東郡を抜けて神速の行軍で戦場に介入した高順軍の到着は、まさに電撃的だった。誰も予想していなかった。長安の混乱を尻目に并州に引きこもっていると思われていた高順が、天子の救出に現れるなど、李傕の想像を遥かに超えていたのである。


丘の上に立つ高順は、戦場を一瞥すると即座に采配を振り下ろした。彼の動きには一切の迷いがなかった。それは数多の戦場で鍛え抜かれた将帥だけが持ちうる、冷徹な判断力だった。


「成廉、魏越。突撃だ。敵の左翼を粉砕しろ」


「応」


成廉と魏越が鐙を踏み締め、長大な鉄槍を風車のように振り回しながら坂を駆け下りる。その後ろから三千の陌刀隊が重厚な黒い壁となって前進し、さらに曹性の率いる騎弓兵が精密射撃で敵の指揮官を次々と射抜いていった。李傕軍の左翼は一瞬で壊滅し、混乱が全軍に波及していく。


「郝萌、徐栄将軍を救出しろ。曹性は弓騎兵で援護を」


「敵の指揮系統は既に混乱している。一気に中央を突破する。全軍、私に続け」


高順自身もまた、黒鉄の重槍を手に最前線へと躍り出た。彼の槍が唸りを上げるたびに、敵兵が鎧ごと粉砕され、血煙が舞い上がる。四十年の人生で培った戦場の勘と、現代人の冷静な判断力が、高順という一人の将を無敵の存在にしていた。


この戦場もまた血と鉄と臓物の世界だった。陌刀に斬り裂かれた馬が断末魔の嘶きを上げ、鐙に足を取られた騎兵が落馬して後続の蹄に踏み砕かれる。曹性の放った矢が敵将の眼窩を貫き、脳漿が飛び散る。戦場とは、華々しい英雄譚とは程遠い、ただの殺戮と苦痛の集積でしかなかった。しかしその凄惨な現実を、高順は冷徹に受け入れていた。


「ば、馬鹿な。高順の兵は、なぜこれほど強い」


李傕は戦慄し、もはや戦意を失っていた。丘の上には高順直属の陷陣営一万が、まだ微動だにせず本陣を睨みつけている。あの黒い壁が動けば、自分たちはひとたまりもない。李傕は即座に撤退を決断し、涼州軍は蜘蛛の子を散らすように西へと敗走していった。


静寂が戻った戦場で、高順は血まみれで膝をついている徐栄の元へ歩み寄った。彼は驍風から降り、兜を脱ぎ、片膝をついて老将の手を取った。


「遅くなりました、徐将軍。樊稠将軍は」


徐栄は力なく首を振り、東の空を指さした。その指先はかすかに震えている。


「我らが食い止めている間に、天子の御車は函谷関を抜け、洛陽方面へ向かわれた。樊稠は、見事な最期だった。高将軍、天子を、陛下を頼みます」


高順は深く頷き、静かに徐栄の手を握った。樊稠の死を悼む時間は今はなかったが、その遺志は必ず継ぐと、心の中で誓った。


「全軍、徐栄将軍の部隊を収容し、負傷者の手当てを行え。我らはこれより洛陽へ向かう」


数日後、高順率いる并州軍三万は、かつて栄華を極め、今は草木が生い茂る広大な廃墟と化した洛陽に到着した。南宮の朱塗りの柱は煤け、太学の書庫は崩れ落ち、かつて官僚たちが行き交った大通りには雑草が生い茂っていた。董卓が火を放ってから数年、洛陽はまだその傷跡を生々しく残していたのである。


だが、その廃都には無数の旗指物が風に翻っていた。その色は「青」。中原の霸者となりつつある曹操の軍勢だ。曹操は既に洛陽に入り、皇帝の身柄を保護していたのである。


「やはり曹操か。一足遅かったようだな」


高順は小さく呟いたが、その声に悔しさはなかった。むしろ、歴史が史実通りに動いていることを確認し、静かに頷いた。


「止まれッ」


城門の前で曹操軍の精鋭「虎豹騎」が立ちはだかる。騎兵たちは一斉に槍を構え、高順の軍勢を警戒した。一触即発の緊張が走る。しかし高順は驍風から降り、自ら武器を預けて両手を広げて見せた。


「鎮北将軍・高順である。逆賊・李傕らの追撃を退け、忠臣・徐栄、段煨両将軍をお連れした。陛下に拝謁を願いたい」


その堂々たる態度と、徐栄、段煨という名将を救出したという報告に、虎豹騎の指揮官はすぐさま門を開けさせた。高順はわずかな護衛だけを連れて廃都の中へと進んでいった。


案内されたのは、焼け残った官舎を急ごしらえで修繕した仮の行宮だった。


かつては下級官僚の詰所だったその建物は、粗末な木造で、壁には焼け焦げた跡が残っていた。部屋の中は薄暗く、唯一の窓から差し込む夕日だけが、室内を橙色に染めている。広間には、やつれ果て、泥に汚れた衣を纏った少年皇帝・劉協がいた。彼は粗末な木の椅子を玉座代わりにし、疲れ切った表情で俯いていたが、高順の声を聞いた瞬間、弾かれたように顔を上げた。


「申し上げます。臣・鎮北将軍順、参内いたしました」


高順は入り口で片膝をつき、深く頭を下げた。黒鉄の鎧は砂塵にまみれ、返り血がこびりついている。宮中儀礼としては不敬極まりない姿だ。しかし高順は構わず、真っ直ぐに少年皇帝の目を見た。


「遅くなりまして、申し訳ございません。李傕らの追撃を阻むため、少々手間取りました。ですが、この通り、陛下をお守りしようとした忠義の士たちは、確かに連れ帰りました。樊稠将軍は討ち死に、徐栄将軍は重傷を負いましたが、お二人の決死の働きがあってこそ、陛下は今ここにおわします」


「高、順」


劉協の声が震えた。最初は信じられないというように、呆然と高順の顔を見つめていた。そして次の瞬間、その瞳から大粒の涙が溢れ出した。


「あ、ああ。高順。よくぞ、よくぞ来てくれた」


劉協は玉座代わりの椅子から立ち上がり、側近たちが慌てて制止するのも振り払って、跪く高順の目の前に駆け寄った。まだ十五歳の少年皇帝の頬を、涙が止めどなく伝っていく。彼の手が、泥と血に汚れた高順の肩をしっかりと掴んだ。その手の小ささと、かすかな震えが、高順には痛いほど伝わってきた。


「朕は…、朕は……そなたが来てくれると信じておったぞ!」


劉協は涙を流しながら、一気に言葉を紡いだ。


「覚えているか、高順。朕がまだ幼かった頃、そなたは朕を長安の街へ連れ出してくれた。宮中の誰も教えてくれなかったことを、そなただけは教えてくれた。物の値段、季節の移ろい、民が何を食べて生きているか。董卓が死んだ後、王允が涼州兵を皆殺しにしようとした時も、そなただけが『それだけはならぬ』と直言した。そなたはいつも、朕を守ってくれた。長安で別れてからも、朕は信じておった。そなただけは必ず来ると」


高順の脳裏に、長安での光景が走馬灯のように蘇った。


幼い劉協を肩車して見せた市井の灯り。象棋の駒の動かし方を教えながら交わした他愛のない会話。董卓の威圧に震える少年の手を握り、「大丈夫です」と嘘でも言うしかなかった夜。王允に対して「それだけは駄目だ」と直言し、多くの涼州兵の命を救ったあの朝。そして、并州へ去る日、見送りに来られなかった天子に、せめてもの別れを告げられなかった心残り。


すべてが、今、この薄暗い官舎の中で、十五歳になった少年の涙と共に蘇ってきた。


「陛下。御辛労、いかばかりでございましたか」


高順は跪いたまま、静かに言った。彼の声は震えていなかったが、その目にはかすかな光が宿っていた。


「もう大丈夫です。臣麾下の精兵三万、すべて陛下の盾となります。樊将軍が命を賭して守った天子を、今度は私がお守りします」


劉協は高順の肩に顔を埋め、声を上げて泣いた。皇帝としてではなく、一人の少年として、信頼する大人の前で初めて見せる涙だった。董卓の死後、王允の冷たい正義の下で、そして李傕と郭汜の暴虐の中で、誰にも心を許せずに生きてきた少年が、ようやく「人間」として泣ける場所を見つけたのである。


その光景を、数歩離れた場所から見つめる男がいた。


この瞬間こそが「曹操」と「高順」という二人の英雄の器の違いを如実に示していた。曹操は天子の窮状を聞くや、いち早く洛陽に駆けつけ、食糧を与え、完璧な礼節をもって接した。皇帝は曹操に感謝した。だがそこには常に、政治的な計算と、越えられない君臣の壁があった。曹操にとって天子は「天下を治めるための最強の道具」だったのである。


しかし、目の前の高順はどうだ。皇帝は彼を見ただけで涙を流し、玉座を降りて自ら駆け寄り、肩を抱き合って泣いている。そこには打算のない、純粋な「信頼」と「情愛」だけがあった。その光景を目の当たりにした曹操の心中には、嫉妬とも畏敬ともつかない複雑な感情が渦巻いていた。


負けた、と言うのか。この曹孟徳が。


いや、これは勝ち負けではない。あの男は、高順は、俺とは違う次元で天子と繋がっている。俺がどれほど完璧な礼節で接しても、あの涙を引き出すことはできない。俺には決して持てぬものを、あの男はすでに持っている。


曹操は、強烈な嫉妬を覚えた。「天下」を握ろうとする自分と、「人」を守ろうとする高順。その器の違いを、まざまざと見せつけられた瞬間だった。


天子の感情が落ち着いた後、仮の朝議が開かれ、論功行賞が行われた。


「曹操。そなたの迅速な救援、比類なき功。よって、そなたを司空に任じ、行車騎将軍事とする。また、費亭侯に封じる」


「高順」


劉協は玉座から真っ直ぐに高順を見つめた。その声には、先ほどまでの涙に濡れた少年の震えはなかった。今ここで、自分ができる最大の報いをこの男に与えるのだという、確かな意志が宿っていた。


「そなたは長安にて朕を支え、董卓の暴政から守り、王允の失政を制し、そしていま此度の危機に忠臣を救い出した。そなたの忠誠は、朕が誰よりもよく知っている。よって、そなたを晋陽侯に封じ、驃騎将軍に任じ、執金吾を兼ね、武衛将軍、鎮北将軍、并州牧をそのままにである。節鉞を与え、北の守りを託す」


高順は深く頭を下げた。驃騎将軍は漢代において大将軍に次ぐ、あるいは並ぶとさえされる最高位の将軍職である。武帝の時代、霍去病が匈奴を破った功績でこの位を授けられた。それだけの重みがある官職を、天子は高順に与えた。それは、長安で自分を人間として扱い、王允の暴走から守り、并州に戻ってからも常に自分を気にかけ、そして今、最も苦しい時に駆けつけてくれたそういう全ての積み重ねに対して、天子が出せる精一杯の感謝だった。


「はっ!誠に有り難き幸せにございます。臣、肝脳を土に塗れて陛下の聖恩に報いる所存……!」


この叙任により、三者の序列が明確になった。袁紹は大将軍として名目上の最高位にあり、曹操は司空・行車騎将軍事として政務を握り、高順は驃騎将軍・執金吾として軍事と警護を担う。袁紹が名誉、曹操が政務、高順が軍事。天子を巡る三人の関係性が、官職の序列として可視化されたのである。


その夜。曹操から「祝杯を挙げよう」という誘いがあり、二人きりの酒宴が開かれた。


廃墟の官舎の一室。粗末な木の卓を挟んで、二人の英雄が向かい合っている。曹操が自ら持参した温かい酒を注ぎ、高順は黙ってそれを受けた。部屋の隅では小さな炉に火が入り、乾いた木の爆ぜる音が静かに響いている。


「高将軍。貴様には驚かされる」


曹操は杯を置き、底知れぬ深淵を湛えた瞳で高順を見つめた。その細く鋭い目には、焚き火の灯りが揺らめいている。


「今日の御前でのことだ。天子は、俺には『威』を感じておられたが、貴様には『愛』を示された。嫉妬したぞ、正直な」


「買い被りだ。俺はただ、昔馴染みの子供に会いに行っただけだ」


高順は淡々と答えた。その声に気負いはなく、誇示する様子もない。それが曹操にはかえって痛快であり、同時に腹立たしくもあった。


曹操はフッと笑い、杯を煽った。


「それができぬから、俺は『乱世の奸雄』なのだろうな。俺にとって天子は、天下を治めるための最強の『道具』だ。だが、貴様は天子を『人』として見ている。董卓政権下で教えを授け、王允の暴走を制し、長安を去ってからも常に天子を気にかけていたと聞く。驃騎将軍か。霍去病に並ぶその位を、天子は貴様に与えた。俺はそれを当然だと思うと同時に、悔しくもある」


曹操は杯を置き、身を乗り出した。


「だがな、高順。『情』で天下は治まらんぞ。貴様は、この廃墟で天子と共に飢えるつもりか。それとも、俺のように天子を連れ出し、自らの地盤へ遷都し、僕婢として操る覚悟があるか?」


この問いはまさに「乱世における二つの統治哲学」の衝突だった。天子を「権力の源泉」として見る現実主義者の曹操と、天子を「守るべき一人の人間」として見る高順。どちらが正しいかではなく、どちらの道を選ぶか?それがこの夜、二人の英雄に突きつけられた選択だった。


高順は酒を飲み干し、静かに杯を置いた。


「俺には、并州がある。それに河内の水路に河東の塩……俺はあそこを離れるつもりはない。ましてや天子を傀儡にするつもりもない」


高順は顔を上げ、曹操の目を真っ直ぐに見据えた。


「曹公。政治は貴殿に任せる。貴殿が司空として政務を執るなら、俺は并州牧として北の守りを固める。天子が洛陽に留まるか、貴殿の領土へ移るかは、天子の御意志と、貴殿の提案次第だ」


「天子を、俺にくれると」


「俺は天子を『所有』する気はない。天子が御自身で選ぶ道を、俺は黙って支えるだけだ」


あえて主導権を曹操に渡した。中央で権力闘争に巻き込まれれば、并州の発展が止まる。それに、ここで曹操と正面から衝突して国力を消耗するのは、愚策でしかなかった。何より高順には、曹操に「貸し」があった。張五が救った曹嵩の命…その借りが、ここで物を言う。そういう計算もあったのである。


「フッ、ハハハハハハ」


曹操は天を仰いで笑った。その笑い声は壊れかけた天井に谺し、炉の火を揺らした。


「欲のない男だ。天下を握る好機を、みすみす俺に譲るとは。それとも、俺が中央で泥を被っている間に、北で悠々と力を蓄えるという腹積もりか」


「さあな。俺はただ、家族と平穏に暮らしたいだけだ」


曹操はニヤリと笑い、新しい酒を注いだ。


「食えぬ男だ。良かろう、高順。今日のところは休戦としよう。だが、覚えておけ」


曹操は杯を掲げた。焚き火の灯りが杯の中の酒を赤く染め、二人の顔に深い陰影を刻む。


「いつか天下が定まる時、俺と貴様は、必ず雌雄を決することになるだろう。その時まで、首を洗って待っていろ」


「望むところだ。だが、その前に袁紹を片付けねばならんぞ。大将軍閣下をな」


二人は顔を見合わせ、声を上げて笑った。


廃墟の都の夜。焚き火の明かりの下で、二人の英雄は互いの力量と野望を認め合い、来るべき未来の対決を予感しながら、奇妙な友情の杯を交わした。かつて反董卓連合で戦った曹操。董卓の将として戦った高順。敵味方に分かれて戦った二人が、天子の御前で再会し、天下の行く末を語り合う。それは董卓が死に、呂布が流浪し、袁紹が逡巡する中で、誰よりも早く「次の時代」を見据えた二人の、歴史的な邂逅だった。


高順という男は漢人社会の常識では測れない異質な存在だった。董卓の将でありながら董卓に染まらず、天子を「道具」として見ることもできず、かといって天子に殉じることもない。彼の行動原理はただ「生き延びること」と「国を作ること」だった。曹操がその異質さを認め、一人の対等な相手として受け入れた瞬間でもあった。


宴が終わり、高順は廃墟の官舎を辞した。


翌朝、高順は并州への帰路に就く。驍風の蹄が北への街道を刻み、背後には洛陽の廃墟が朝霧の中に沈んでいく。曹操は天子を奉じて許昌への遷都を進めるだろう。袁紹は冀州で相変わらず逡巡し、呂布は徐州で新たな陰謀を巡らせる。劉備は小沛で再起を図り、孫策は江東で勢いを増す。天下はさらに混迷の度を深めていく。だが高順には、自分の領地がある。彼が作り上げた水路と穀倉と鍛冶工房が、この乱世の中でも確かに息づいている。


「さらばだ、孟徳兄。次に会う時は、互いにもう少し白髪が増えているだろう」


高順は馬上で振り返り、朝霧に包まれた洛陽の廃墟を見つめた。この都で起きたすべて董卓の死、王允の失政、李傕と郭汜の愚行、天子の涙、曹操との酒宴を胸に刻み、彼は北へと馬を進めた。


晋陽侯、驃騎将軍、執金吾、武衛将軍、鎮北将軍、并州牧。


六つの官職と爵位が、天子が高順に託した信頼の重さを物語っていた。これから始まる群雄割拠の時代を勝ち抜くために、高順は今日も北の大地で国を育て続ける。天下が定まるその日まで、彼の戦いは終わらない。

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