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五段

董卓から項羽の刀を託された翌日、私は鎮北将軍府の広間に六人の将を招集した。


呉資、章誼、汎凝、張弘、趙庶、高雅。かつて陽人の戦場で共に戦い、并州の平定を支え、長安まで共に来た陷陣営の中核を成す百人長たちである。彼らは全員が重厚な甲冑を身にまとい、広間の冷たい空気の中に直立していた。それぞれの顔にはこれから何が語られるのかを察し、張り詰めた緊張の色が浮かんでいる。


「諸君、これから長安は大きく動く」


私は前置きなく切り出した。彼らには遠回しに言うよりも、率直に伝える方が良い。


「何が起きるかは言わぬ。しかし、いかなる事態が起ころうとも、我々陷陣営の任務はただ一つだ。長安の静寂を守れ。略奪、暴行、放火すべてを許すな」


六人の将は顔を見合わせたが、誰一人として詳細を問いただそうとはしなかった。彼らは私を信じていた。信じているからこそ、余計な質問は不要なのだ。私もまた、彼らの沈黙に深い信頼を感じていた。


「呉資、お前は北門を固めろ。宮中からの脱出路を封鎖し、不審な動きがあれば即座に報告せよ。章誼は東門、汎凝は南門、張弘は西門をそれぞれ封鎖し、逃げ出す者は誰であれ拘束しろ。趙庶は城内の巡回を担当し、火の手が上がれば即座に消火にあたれ。高雅は宮殿周辺の警戒を厳重にし、天子の身に万一のことがあれば、お前の責任だと思え」


「「「はっ!」」」


六人の声が重なった。私はさらに言葉を続ける。


「それから、張五を除く全員に伝えておく。今回の動きに、董相国は関与しておらぬ。これは我々陷陣営の独自の判断による警戒態勢である。相国府には一切の連絡を入れるな。いいな」


その言葉に、さすがの六人もわずかに動揺を見せた。相国府に無断で長安の防備を固めるということは、董卓に対する叛意があると取られかねない行為である。章誼が口を開きかけたが、私は手で制した。


「すべては私の責任だ。お前たちはただ、命令通りに動け。それで十分だ」


「将軍、我々は将軍を信じております。命を懸けます」


呉資が低い声で言った。私は頷き、彼らを下がらせた。


午後、私は張五だけを連れて長安の街に出た。


長安は、かつて前漢の都として栄えた大都市である。碁盤の目のように区画された街路、高い城壁、壮麗な宮殿。しかし今、街を行き交う人々の顔には不安の色が濃く漂い、市場の活気も以前に比べれば翳りを見せていた。董卓の恐怖政治と反董卓連合の侵攻、そして物価の高騰が、都の空気を重くしている。


張五は私の半歩後ろを歩きながら、時折、通りすがりの民に声をかけていた。彼はこの街が好きだった。并州で共に戦った頃から、彼はいつも民の中に入り、彼らの声を聞くことを欠かさなかった。


「大将、今日はどこから見て回りますか」


「まずは司徒府だ。王允の屋敷の周辺を見ておきたい」


私は王允の司徒府に向かった。司徒府は内城から少し離れた静かな場所にあり、表向きは質素な造りだが、周囲には不自然なほど人の出入りが少なかった。まるで誰かに見張られているかのように、屋敷全体が静寂に包まれている。


「大将、このあたり、やけに静かですね」


「ああ。静かすぎる。王司徒はおそらく、すでに何かを始めている。お前はこの屋敷に出入りする者の顔を覚えておけ。特に呂将軍の姿があれば、必ず俺に知らせろ」


「承知しました」


次に私たちは相国府に向かった。相国府は董卓の本拠地であり、常に多数の涼州兵が警護にあたっている。しかし今日は、その警備にわずかな隙があるように見えた。兵士たちの表情にも緊張の色が薄く、ある者は欠伸を噛み殺していた。董卓が郿城にこもり、長安の政務を王允に任せきりにしていることが、警備の緩みにつながっているのだろう。


「大将、相国府の警備が緩んでいます。これではもし何かあれば……」


張五が心配そうに囁いた。私は黙って頷いた。張五の言う通りだった。もし王允と呂布が決起すれば、この程度の警備では防ぎきれない。しかし私がそのことを董卓に進言したところで、今の董卓は聞く耳を持たないだろう。彼は郿城にこもり、三十年分の食糧に囲まれて、すでにこの世の誰も信じられなくなっているのだ。


「次は宮中だ」


私たちは未央宮の周辺を歩いた。宮殿の門は厳重に閉ざされ、衛兵たちが警戒の目を光らせている。しかしここでも、私はある違和感を感じ取った。門の衛兵の一部が、通常の配置とは異なる位置に立っているのだ。これは誰かが意図的に配置を変えた証拠である。


(おそらく李肅だ。王允と呂布に通じている李肅が、宮門の守備兵を味方につけつつある。歴史書の通りだ。李肅は呂布の同郷で、かつて董卓に呂布を引き合わせた男である。彼が宮門を抑えれば、董卓が宮中に入った瞬間に門を閉ざし、護衛を分断することができる。董卓暗殺の舞台はすでに整えられつつあった)


私はそれらの情報を胸に刻み込み、張五と共に将軍府へ戻った。途中、市場を通りかかると、干し肉の食堂の店主が私に気づき、深々と頭を下げた。私は軽く手を挙げて応えたが、それ以上の会話は交わさなかった。


将軍府に戻ると、私は六人の将を再び集め、今日の下見で得た情報を伝えた。司徒府の静寂、相国府の警備の緩み、宮中の門の配置変更。それらはすべて、これから何かが起ころうとしている予兆だった。


「いいか、お前たちの任務は民を守ることだ。誰が上に立とうと、民の暮らしを守れ。それが我々陷陣営の存在意義だ」


六人は深く頷き、それぞれの持ち場へと散っていった。


夕刻、私は軍営に戻り、兵たちに出動の準備を整えさせた。陷陣営の兵士たちは全員が鐙を装備し、槍の穂先を研ぎ澄まし、いつでも動ける態勢を整えている。彼らの目には、これから訪れるであろう戦いへの覚悟が宿っていた。しかし同時に、彼らもまた人間であり、不安や恐れを抱えていることも私は知っていた。


「お前たちは我が陷陣営の誇りだ。何があろうと、決して私の命令を待て。私が動けと言うまで、決して独断で動くな」


私は一人ひとりの顔を見ながら言った。兵士たちは黙って頷いた。


すべての準備を終えた私は、将軍府の奥にある私室へと足を向けた。


私室に入ると、昭姫と董媛が待っていた。


二人は机を挟んで座っており、昭姫はいつものように茶を入れ、董媛は退屈そうに短剣を弄っていた。私が部屋に入ると、二人は同時に顔を上げた。


「将軍、遅かったではないか」


董媛が不満そうに言った。


「ああ、少しな」


私は二人の間に腰を下ろした。昭姫が静かに茶を差し出す。その手つきは、いつもと変わらぬ落ち着きに満ちていた。


「媛様、将軍はお疲れのご様子です。少し静かになさいませ」


「姉様こそ、いつも将軍を甘やかしすぎだ。私など、父上にこんなに尽くしたことなどないぞ」


「媛様は甘える側でいらっしゃいましたから」


「なっ……!」


董媛が顔を赤らめて言い返そうとしたのを、私は手で制した。この二人の掛け合いを聞いていると、不思議と心が落ち着く。それはこの将軍府が「家」になった証のようにも思えた。


私は心の中で、これから起ころうとしていることを思った。明日、あるいは明後日、董卓は長安の宮中へと向かう。そしてその道中で、呂布の戟に斃れる。それは歴史の必然であり、私にはどうすることもできない。董媛の父が殺される。しかし私は彼女にそのことを伝えられない。伝えたところで、彼女に何ができるわけでもない。むしろ知らせることで、彼女を危険に巻き込むだけだ。


(これが権力を握るということか。董卓は天下を取ろうとし、そしてすべてを失った。私もまた、并州で国を作ろうとしている。それは董卓と同じ道を歩むということなのか。いや、違う。私は董卓のようにはならない。法と秩序で国を治め、恐怖ではなく公正さで人を従わせる。そう決めたはずだ)


しかしそれでも、私は怖かった。これから起きることを知りながら、何もできない自分の無力さが怖かった。部下たちを危険に晒すことが怖かった。そして何より、妻たちを守れなくなることが怖かった。


私は言葉少なに、二人と共に夜を過ごした。董媛が今日の訓練で負ったという手の豆を見せてきたり、昭姫が象棋の新しい戦法を編み出したと嬉しそうに語ったり。それは明日にも嵐が来ようとしているとは思えぬほど、穏やかな時間だった。


夜も更けた頃、昭姫がそっと私に耳打ちした。


「将軍、媛様はもう休まれました。将軍もお休みになってはいかがですか」


「ああ、そうする。昭姫、お前も休め。明日は……いや、なんでもない」


私は言葉を飲み込んだ。昭姫は何かを察したように私の顔を見つめたが、それ以上は何も聞かなかった。彼女は私の手をそっと握り、そのまま静かに部屋を出ていった。


一人残された私は、窓辺に立ち、長安の夜空を見上げた。遠くの空は暗く、星々の瞬きだけが無言のままに輝いている。明日、歴史が動く。そして私は、その中で生き延びなければならない。


(俺は死にたくない。でもそれ以上に、俺は俺の大切な者たちを死なせたくない。そのために、俺は戦う。臆病者だからこそ、徹底的に準備をして、安全な場所から相手を叩き潰す。それが俺の生き残る道だ)


風向きが変わった気がした。遠く洛陽の方角から、微かに血の匂いが混じる。まだ見えぬ別の脅威竇輔の影が一瞬脳裏をよぎったが、今はそれよりもまず、目の前の危機を乗り越えねばならない。


私は静かに目を閉じた。明日に備えて、今はただ、眠らねばならなかった。

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