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一段

郿城からの帰り道、私は董卓という男を、長い間誤解していた。


いや、誤解というより、理解しようとしていなかったと言うべきか。私は董卓を「歴史書に記された暴君」として見ていた。洛陽を焼き、民を苦しめ、天子を廃した逆賊それが私の知る董卓だった。私は彼の部下として仕えながら、心のどこかで彼を見下していたのだ。現代の歴史知識を持つ私には、この男がどのような末路を辿るか分かっている。董卓はやがて呂布に裏切られ、殺される。それは歴史の必然であり、自業自得だとそう思っていた。


しかし、あの夜、郿城の酒池肉林で聞いた董卓の昔語りは、私の固定観念を根底から揺さぶった。


董卓は私に、自分の半生を語って聞かせた。羌族と共に生きた少年時代、辺境で培った侠気、中央への幻滅、そして国を正そうとした理想。その語り口は、歴史書が伝える「魔王」のものではなかった。それは一人の人間の、誰にも理解されなかった苦悩の告白だった。私はその時初めて、董卓という人間を、歴史のレッテルではなく、一人の生身の人間として見つめ直さねばならないと思った。


(驚いたことに、董卓の幼少期は私が想像していた「暴君の萌芽」とはかけ離れていた。彼は虐げる側ではなく、虐げられる側だった。貧しさに苦しみ、家族のために汗水を流すそれは乱世のどこにでもいる、ごく普通の少年の姿だ。歴史書はこのような董卓の姿を決して語らない。なぜなら、「魔王」にも人間らしい過去があったという事実は、董卓を討つべき逆賊として描く上で都合が悪いからだ)


後漢の漢安元年、涼州隴西郡臨洮県。


この中国西北の辺境の地は、すでに「漢」の領土でありながら、実際には羌族や匈奴といった異民族が入り乱れる混沌の坩堝であった。黄土の大地は乾き、冬には凍てつく風が吹き荒れ、夏には容赦ない日差しが照りつける。都の洛陽からは遠く離れ、朝廷の威信はこの地にまではほとんど届かない。人々は自らの力で生き抜くことを強いられ、法よりも力がものを言う世界その地で、董卓という名の少年は貧しい農家の次男として生を受けた。


辺境とは常に「中央」の論理が通じぬ場所である。文明の法や慣習よりも、生き延びるための実力が全てを決する。そういう土地で育った人間は、中央の貴族たちとは根本的に異なる価値観を持つ。董卓の父の董雅は軍役に徴用されては帰ってこない日々が続き、母は幼い董卓と兄の董擢を抱え、わずかな畑を耕しながら暮らしていた。家は黄土で固めた壁に茅葺きの屋根、雨が降ればあちこちから漏り、冬には隙間風が吹き込む有様だった。


「仲穎、お前ももう十歳だ。今日から畑を手伝っておくれ」


母の声は、いつも疲れ切っていた。手には蚕の繭のようなマメがあり、背中は農作業の重みで曲がり始めている。董卓は黙って頷いた。幼いながらも、母の背中が日増しに小さくなっていくのを感じていた。彼は口数が少なく、ただ黙々と鍬を振るう少年だった。不満を口にすることもなく、ただ家族のために働いた。


この貧しい食卓の風景こそが董卓という男の原点である。家族を養うために幼い頃から鍬を握り、汗を流し、それでも満足に食えない日々。その体験が彼に「力」への渇望を植え付けた。力がなければ家族を守れない。力がなければ生きていけない。その信念は、彼が後に見せる苛烈な行動のすべての根底にあった。


畑は痩せていた。この乾いた土地から、家族が一年を凌ぐだけの糧を絞り出すのは至難の業だった。董卓は朝早くから夕暮れまで、鍬を握りしめて土を耕した。幼い手はすぐに豆だらけになり、皮が剥けて血が滲み、やがて固い繭ができた。痛みはやがて感覚のない鈍いものに変わる。それでも鍬を離せば、家族は飢える。その事実が、少年の心に「力」の重要性を深く刻み込んでいった。


「仲穎、休め。お前まで身体を壊したら、誰がこの家を支えるのだ」


兄の董擢がそう言って、水を差し出した。董擢は董卓より四つ年上で、父が不在がちなこの家では、実質的な家長として振る舞っていた。穏やかで慎重な性格の兄と、生来の豪胆さを持つ董卓は、対照的でありながら深い絆で結ばれていた。


「兄ちゃん、平気だ。俺は強いからな」


董卓は水を飲み干し、再び鍬を握る。その背中を見つめながら、董擢は複雑な表情を浮かべた。弟の逞しさを誇りに思う反面、そのあまりに直線的な性格が、いつか彼を苦しめるのではないかと危惧してもいた。


畑仕事の合間、董卓は近くの山に入って狩りをした。罠を仕掛け、弓を引き、小さな獲物を追いかける。董卓の弓の腕前は、同年代の子供たちの中で群を抜いていた。特に馬上から矢を放つ技は、後に「左右両方の手で弓を引ける」と評されるほどの素養を、この頃からすでに見せていた。


陳舜臣の異文化視点で言うならば、董卓が羌族と交わる中で培った弓術や馬術は、漢人社会の正規の武術とは異なる実戦的な技術だった。漢の武人たちが礼法を重んじ、形式を整えることを優先したのに対し、羌族はただ獲物を仕留めることだけを考えた。董卓はその合理性を学び取ったのである。


ある日、董卓が畑で働いていると、北方から馬蹄の音が轟いた。顔を上げると、数十騎の羌族の騎馬集団が、砂塵を巻き上げながら村へと襲来しようとしている。彼らの装束は漢人とは異なり、革の鎧に毛皮をまとい、髪は編み込んで背中に垂らしている。馬上では弓を携え、腰には彎曲した刀を佩いていた。


「羌だ! 羌が来たぞ!」


村人たちは悲鳴を上げ、我先にと逃げ惑った。董卓も母の手を引いて走ろうとしたが、幼い足では到底馬には敵わない。母は恐怖で足がすくみ、その場から動けなくなっている。董卓は歯を食いしばり、母の手を離した。畑に置きっぱなしだった鍬を握りしめ、一人で騎馬集団の前に立ちはだかった。心臓は激しく打ち、足は震えている。それでも後ろには母がいる。逃げるわけにはいかなかった。


「おい、小僧。死にたいのか?」


羌族の頭領が、漢語でそう言って笑った。筋骨隆々とした体躯に、鋭い目つき。その背には熊の毛皮が掛けられている。董卓は鍬を握る手を震わせながらも、歯を食いしばって叫んだ。


「畑を荒らすな! ここは俺たちの土地だ!」


その無謀な振る舞いに、羌族の者たちは一瞬呆気に取られ、やがてどっと笑い出した。頭領は馬から降りると、董卓の前に歩み寄り、しゃがみ込んでその目を覗き込んだ。董卓は見上げる形になったが、決して目をそらさなかった。


「小僧、お前、俺たちが誰だか知っているのか?」


「知らねえ。でも、人の畑を荒らすのは、どこでだって許されねえ! てめぇらも牛や羊を殺されたらわかるだろうがな!」


頭領はしばらく董卓の顔を見つめていた。その目には、次第に苛立ちではなく、ある種の興味が浮かんでくる。やがて彼は破顔一笑し、振り返って仲間たちに何やら羌族の言葉で叫んだ。すると、騎馬集団は笑い声を上げながら、村には一切手を付けずに去っていった。残されたのは、荒れた地面と、董卓の荒い息遣いだけだった。


「フッ……いい目だ。その目に免じて今日は許してやる」


(歴史書の董卓像しか知らなかった私は、この逸話を董卓の口から直接聞いた時、にわかには信じられなかった。董卓が羌族と親しく交わり、彼らから信頼されていたというのか。「野蛮人」と蔑まれていた羌族と、対等に酒を酌み交わす董卓。その姿は、洛陽で貴族たちを見下し、恐怖で支配した「魔王」のイメージと、どうしても重ならない。これは私が知っている董卓ではないそう思った。しかし今ならわかる。董卓は羌族の中に、漢人社会にはない「誠実さ」を見出していたのだ。後に権力を握った時も、董卓は羌族を差別せず、むしろ彼らを味方につけようとした。これは董卓の特筆すべき美点であると同時に、中央の名門貴族たちと相容れなかった理由でもある)


その日以来、董卓の名は周辺の羌族の間で「度胸のある漢人の小僧」として知られるようになった。彼は恐れを知らぬ態度で羌族と接し、彼らの言葉を覚え、習慣を学び、時に彼らのもとを訪れては酒を酌み交わすようになった。羌族の者たちは当初、この生意気な小僧をからかうつもりで接していたが、次第にその誠実さと豪胆さに惹かれていった。


「董卓は羌族と付き合っている」


「野蛮人と仲良くするなんて、漢の恥だ」


村の大人たちは陰でそう囁いた。漢と羌の間には深い溝があり、互いに蔑み合っていたからだ。だが董卓は気にしなかった。彼にとって、羌族は「野蛮人」などではなかった。彼らもまた、この厳しい土地で必死に生きる、自分と同じ人間だった。むしろ、中央から来た役人たちの方が、よほど「野蛮」に見えることすらあった。


羌族の頭領たちは、董卓の家をしばしば訪れるようになった。彼らは董卓を「漢人のくせに、俺たち羌族よりも羌族らしい男」と呼び、狩りの獲物や毛皮を土産に持ってきた。董卓も彼らに、漢の農法や鉄器の扱い方を教えた。こうした交流の中で、董卓は羌族の戦術や騎馬技術を学び、後の軍事的素養の基礎を培っていくことになる。


董卓が十六歳になった頃、父の董雅が軍役から帰ってきた。長年の過酷な勤務で身体はボロボロであり、まともな農作業もできない有様だった。顔には深い皺が刻まれ、背中は曲がり、咳き込むたびに血の混じった痰が出る。医者にかかる金もなく、ただ寝て治るのを待つしかなかった。


「父ちゃん、もう無理すんな。俺が何とかすっからよ」


董卓はそう言って、家族の大黒柱としての責務を一手に引き受けた。朝は畑を耕し、昼は近くの山で狩りをし、夜は母と共に布を織る。兄の董擢も必死に働いたが、それでも家族を養うには十分ではなかった。食卓に上がるのは粟粥が精一杯で、肉など年に数回あるかどうかだった。


そんなある日、董卓が畑で汗を流していると、遠くから馬蹄の音が聞こえてきた。顔を上げると、数年前に村に現れたあの羌族の頭領が、十数人の仲間を連れて再びやって来た。彼らは皆、上等な毛皮の衣をまとい、馬には狩りの獲物や酒壺を積んでいる。頭領は以前よりもさらに貫禄を増し、その目には董卓を値踏みするような光が宿っていた。


「小僧、久しぶりだな!」


頭領は馬上からそう叫び、笑いかけた。董卓は鍬を握りしめたまま、警戒して彼らを見上げた。心の中では、また村が荒らされるのではないかという不安がよぎる。


「今日は何の用だ? また畑を荒らす気か?」


「違う違う。我々は通りすがりに、旧友の顔を見に来ただけだ」


頭領はそう言って馬から降り、仲間たちも次々と降り立った。董卓は彼らを家に招き入れたが、心の中で焦りを覚えた。家には客人をもてなすほどの食料はなかったからだ。粟粥程度では、とても彼らを満足させることはできない。


母は困り果てた表情を浮かべ、兄の董擢もどうしたものかとオロオロするばかりだった。父は病で伏せっており、頼りにならない。羌族の客人たちは、董卓の家族の貧しさに気づきながらも、何も言わずに座っている。


董卓はしばし考えた末、決断した。


「ちょっと待ってろ。すぐに酒の肴を用意してくる」


彼は外に出ると、農耕用の牛を屠殺した。この土地では、牛は何よりも貴重な財産であり、農耕には欠かせないものだった。それを屠るとは、正気の沙汰ではない。村人たちがもし知れば、董卓は狂人扱いされるだろう。


母は悲鳴を上げた。


「お前、正気かい! あの牛がいなければ、これからの田んぼはどうするつもりだ!」


「母ちゃん、客人をもてなすのが礼儀ってもんだろ? 牛はまた何とかするから、目を瞑ってくれ」


董卓はそう言って、淡々と牛を捌いた。手際は驚くほど鮮やかだった。狩りで培った腕前が、ここで活きている。皮を剥ぎ、肉を切り分け、内臓を処理する。その様子を、羌族の客人たちは無言で見守っていた。


肉を焼き、酒を振る舞う。羌族の頭領たちは、この若者の厚意に深く感動した。漢人が自分たちを「野蛮人」と蔑み、遠ざけるのが当たり前の時代に、自らの財産を投げ打ってもてなしてくれる者がいるとは思わなかったからだ。彼らの中には、涙を浮かべる者さえいた。


宴は夜遅くまで続き、董卓は羌族の言葉で彼らと語り合い、酒を酌み交わした。彼らは董卓の誠実さと豪胆さに心を打たれ、別れ際に頭領が言った。


「董卓、お前の恩は決して忘れない。いつの日か、必ず返す」


董卓は笑って答えた。


「気にするな。友に美味い酒を飲ませてやるのは、当然のことだ」


頭領は深く頷き、仲間たちと共に馬に跨った。去り際、何度も振り返りながら手を振るその姿に、董卓は胸の奥が熱くなるのを感じた。


数日後、羌族の頭領たちが再び董卓の家を訪れた。彼らは約束を果たすために、千頭もの耕牛を連れてきたのだ。牛の群れは、見渡す限りの平原を埋め尽くし、大地を揺るがすほどの轟音を立てていた。村中の人が驚いて外に出て、その光景に言葉を失った。


「董卓、これは我々からの礼だ。これでまた田を耕せ」


董卓は驚き、しばらく言葉を失った。千頭の牛。それはこの地では天文学的な価値を持つ。彼は深く頭を下げた。


「ありがたく受け取る。だが、これは借りだ。いつの日か必ず返す」


頭領は首を振った。


「返す必要はない。お前は我々の本当の友だ。友のために、これくらい当然だ」


この出来事は、周辺の羌族の間で語り継がれ、董卓の名は「漢人でありながら羌族と分け隔てなく接する侠気ある男」として広く知られるようになった。後の董卓が西涼の地で絶大な支持を得る基盤は、この若き日の「人との繋がり」によって築かれていたのである。だが、周囲の目を気にする家族の事もあり、牛を近所にも配った。これで誰もが口を噤む事になるだろうと董卓は安堵した。


(この逸話こそ、董卓という男の本質を最もよく表している。彼は自分が正しいと思ったことのためには、最も身近な家族の意見すら無視する。そして羌族は彼の侠気に報いた。この成功体験が董卓に「自分の正義は必ず報われる」という信念を植え付けた。だが現実の政治は羌族の頭領たちのように誠実ではない。董卓は後に、この信念のまま中央の政治に乗り込み、そして裏切られることになる。この「牛を屠って客をもてなす」という豪胆さは、後の董卓の行動は天子の廃立、遷都の強行にも通じるものがある。彼は常に「これが正しい」と思ったことを、周囲の反対を押し切って実行する男だった)


後漢の桓帝時代、永寿年間のことである。


董卓は二十歳を過ぎ、すでにその名は涼州一帯に轟いていた。身長は八尺を超え、筋骨隆々たる体躯。その腕力は尋常ではなく、馬に跨れば左右両方の手から弓を放つことができるという、驚異的な技の持ち主であった。


「董卓、お前の弓の腕前、噂には聞いていたが、これほどとはな」


羌族の頭領が感嘆の声を上げる。董卓は馬上で軽やかに矢筒から二本の矢を抜き、右手の弓で左の的を、左手の弓で右の的を同時に射抜いてみせた。二本の矢はほとんど同時に的の中心を貫き、乾いた音を響かせた。


「大したものだ。漢人にこれほどの腕前の者がいるとはな」


董卓は笑って馬から飛び降りた。


「漢人も羌族も関係ない。この地で生き抜くのに必要なのは、力と知恵だけだ。それに、私はお前たちから多くのことを学んだ。馬術も、弓術も、戦のやり方もな」


羅貫中の筆法で描くならば、この若き日の董卓はまさに英雄そのものである。一騎当千の武勇を持ち、異民族からも敬意を払われる豪傑。後に「魔王」と呼ばれる男の原点は、この輝かしい武勲の数々にあった。


董卓の名声はやがて涼州の官府にまで届いた。彼は郡の役人に取り立てられ、盗賊の取り締まりを任されることになる。その頃、涼州の北方から匈奴の騎馬集団が侵入し、近隣の村を襲撃する事件が相次いでいた。


ある日、匈奴の大規模な侵攻があり、多くの住民が拉致された。涼州刺史の成就は、董卓を従事に取り立て、騎兵を率いて討伐に向かわせた。


董卓は自ら先頭に立って疾駆した。彼の率いる騎兵は、匈奴の騎馬集団に果敢に襲いかかる。董卓は馬上から矢を放ち、次々と敵の首領を射落とした。その射術はまさに神業の域にあった。彼の放つ矢は、必ず敵の急所を貫いた。


激戦の末、董卓の軍は匈奴を大いに破った。斬り取った首級と捕虜にした者の数は、なんと千を超えた。拉致された住民は全員奪還され、村は歓喜に包まれた。


この功績により、董卓の名は涼州のみならず、都の洛陽にまで届くこととなる。并州刺史の段熲は董卓の才能を高く評価し、中央の役所に推挙した。さらに、司徒の袁隗という朝廷の重鎮も董卓を召聘し、自らの掾に取り立てた。


董卓は辺境の武人から、一躍、朝廷の中枢に連なる身となったのである。


都での生活は、董卓にとって窮屈なものだった。


名門貴族たちは、辺境から出てきた董卓を「野蛮な武人」と蔑み、その実績よりも出自で判断した。袁隗のもとで働く日々は、董卓に「中央の腐敗」を痛感させることになった。


董卓は都での生活に馴染めず、次第に「この者たちは民の苦しみを知らぬ。自分の利益だけを考えている」という思いを強くしていった。


桓帝の末年、六郡の良家の子弟から「郎」(近衛軍又は現代日本で言う皇居警察)を選ぶことになった。羽林郎とは、皇帝の護衛を務める近衛兵であり、朝廷の将来を嘱望された若きエリートたちの登竜門である。董卓はこの選抜に合格し、羽林郎となった。


都での生活は華やかだった。宮殿は黄金に輝き、貴族たちは錦の衣を纏い、日々酒宴に興じている。しかし董卓の目には、その華やかさの裏側にある空虚さが映っていた。役人たちは賄賂を貪り、民衆は重税に喘いでいる。彼らの口から出るのは、常に「家柄」と「利権」の話ばかりだった。


「これが、天下を治める者の姿か」


董卓は拳を握りしめた。彼の心には、羌族の友と酒を酌み交わしたあの日々が甦る。彼らは貧しくとも、誠実に生きていた。都の貴族たちよりも、よほど「人間らしい」と董卓は思った。


(この時、董卓は洛陽の華やかさの裏にある腐敗を目の当たりにした。役人たちは賄賂を貪り、民衆は重税に喘いでいる。彼らの口から出るのは常に「家柄」と「利権」の話ばかり。董卓が感じた幻滅は、後に彼が洛陽で見せた苛烈な行動の原点となる。彼は宦官や特権階級が民衆を搾取する構造そのものを破壊しようとした。歴史書は董卓の行動を「暴虐」と断じるが、彼には彼なりの正義があったのだ。そのことを、私は董卓自身の口から聞くまで理解できなかった)


そんな折、并州で羌族の大規模な反乱が発生した。董卓は張奐の率いる征伐軍に司馬として従軍することになる。彼にとっては、息苦しい都を離れ、慣れ親しんだ戦場へ戻る機会であった。


并州の地は、董卓が若き日に羌族と交わった場所でもある。彼は現地の事情に精通し、羌族の戦術や習性を熟知していた。張奐軍は董卓の献策を積極的に取り入れ、反乱軍と激戦を繰り広げた。


董卓は自ら先頭に立って戦い、その武勇で兵士たちを鼓舞した。彼の馬上からの左右射ちは、敵味方の度肝を抜いた。反乱軍は次第に追い詰められ、ついに董卓自らの手で族長の首を討ち取った。捕斬した者の数は一万人余りに及ぶという大勝利であった。


この功績により、董卓は郎中に任命され、朝廷から九千匹もの絹織物を賜った。九千匹の絹は、辺境の出身者にとっては天文学的な価値を持つ財産である。


「董将軍、おめでとうございます。これで都に邸でも構えられますな」


同僚の将校が羨ましそうに言った。しかし董卓は首を振った。


「んなもん俺だけの手柄じゃねぇ。俺の命に従い、命を懸けて戦った兵士たちがいる。この褒美は、アイツらのもんだ」


董卓は九千匹の絹を全て部下たちに分配した。兵士たちは感激し、中には涙を流す者もいた。その中には若かりし日の胡軫、樊稠、華雄等も居た。


「董将軍のために、いつでも命を懸けます!」


その声に、董卓は満足げに笑った。彼にとって、兵士たちは単なる駒ではない。共に戦う仲間であり、家族同然の存在だった。この時の董卓は、確かに「侠気の将軍」と呼ばれるにふさわしい人物だった。


この時の董卓は、権力に溺れる前の、最も輝いていた時代の姿である。彼は辺境の英雄であり、兵士たちの父であり、そして何より、理想に燃える一人の武人だった。しかし歴史の皮肉は、この理想がやがて彼を滅ぼすことになる。彼の正義感は純粋すぎた。純粋すぎる正義感は、時に人を苛烈にし、やがて狂気へと変貌させる。


(この時の董卓は、確かに「侠気の将軍」だった。褒美を独り占めせず、部下に分け与えるこれほど将士の心をつかむ行いはない。歴史書もこの逸話は否定していない。ならばなぜ、同じ男が後に「魔王」と呼ばれるようになったのか。私はその変貌の理由を、董卓自身の言葉から探らねばならない。董卓の人生は、これから大きく動き始める。そして私は、彼の傍らでその変貌を目の当たりにすることになるのだ)


董卓は郿城の宴の夜、酒杯を傾けながら遠い目をして言った。


「孝父よ。俺はな、ただ国を正したかっただけなんだ」


その言葉の真意を、私はこの時まだ理解していなかった。しかし今、彼の生涯を辿り直す中で、その言葉の重みが少しずつ私の胸に沈んでいくのを感じている。

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