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社畜が目覚めたら将軍!? 史実(未来予知)で成り上がり、乱世を生き抜く  作者: 八月河
第三回 北地風雲吞巨寇 群雄驚愕覇業始
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第三回 北地風雲吞巨寇 群雄驚愕覇業始 二段

同じ報せは南陽の袁術のもとにも届いていた。豪奢な絹で飾られた天幕の中、袁術は不機嫌そうに酒杯を揺らしている。琥珀色の酒の表面に、天幕の天窓から差し込む冬の弱い光が揺れていた。彼の背後には、金糸で刺繍された屏風が立てられ、足元には分厚な絨毯が敷かれている。戦場の天幕とは思えぬほどの豪華さだった。


「はっ! 馬鹿め!」


袁術は酒を一息に煽ると、下品な笑い声を上げた。酒が口の端からこぼれ、高価な錦の衣に染みを作るが、彼は気にも留めない。傍らに控える紀霊や張勲といった将軍たちも、主君の笑いに合わせて愛想笑いを浮かべた。彼らは袁術の機嫌を損ねないために、常に彼の表情を窺っている。


「河内郡は袋小路だ。そこから北へ抜けるだと? 正気の沙汰とは思えん。あそこには太行山脈が聳え、その峻険な峰々には『黒山賊』百万が巣食っているのだぞ。北を見れば『白波賊』が跋扈する無法地帯。あのような死地へ自ら飛び込むとはな」


袁術は空になった杯を卓に叩きつけた。杯が鈍い音を立てて跳ね、侍女が慌てて新しい酒を注ぐ。彼はその侍女の尻を無造作に撫でながら、さらに言葉を続けた。


「高順ごとき匹夫が、董卓の威を借りて調子に乗った末路がこれだ。正規軍ですら手を焼く賊徒の海に、たかだか数万の兵で挑むなど自殺行為に等しい。放っておけ。いずれ『賊の餌食になりました』という愉快な報告が届くのがオチよ」


袁術はそう言って高笑いしたが、その笑い声には奇妙な空虚さが混じっていた。彼とて無意識のうちに感じ取っているのかもしれない。自分の理解の枠を超えた何かが、北の大地で動き始めていることを。


袁術のこの反応こそが、彼という権力者の限界を示している。袁術は名門袁家の嫡男として、生まれながらに「四世三公」の看板を背負ってきた。兵は金で買え、将は官位で釣れ、領土は家柄で継ぐもの。それが彼の世界観だった。だから、賊を味方につけるという発想そのものが理解できない。賊とは駆除すべき害虫であり、兵とは傭兵隊長に金を払って集めさせる消耗品である。その固定観念が、彼の視野を著しく狭めている。


「公、気になりますのは、高順が董卓の命で動いているのか、それとも独断で動いているのか、という点でございます」


紀霊が慎重に口を開いた。彼は袁術配下で最も武勇に優れた将だが、主君の機嫌を損ねないよう、言葉を選んでいる。


「どちらでも同じことだ。董卓の命令なら、高順は捨て駒にされたということだ。洛陽を焼き払って長安に逃げた董卓が、今さら并州など気にするはずがない。独断なら、いずれ董卓に睨まれて孤立する。どちらに転んでも、高順に未来はない」


袁術は自信満々に言い放った。彼の頭の中では、すべてが単純な図式で整理されている。董卓は悪、自分たちは正義。董卓の将はすべて賊徒であり、賊徒に未来はない。その図式に当てはまらないものは、彼の目には映らない。


しかし紀霊は、心の中で小さな疑念を抱いていた。高順という男は、陽人で孫堅を退け、梁県では孫堅自身と一騎打ちを演じたと聞く。あの江東の虎と互角に渡り合える武勇の持ち主が、何の考えもなく死地に飛び込むだろうか。紀霊は武人として、高順の行動の裏に何かがあると感じていた。しかし、それを口にすれば袁術の機嫌を損ねるだけだ。彼は沈黙を選んだ。


酸棗の袁紹の反応は、より深刻で、かつ保身に満ちたものだった。広げられた地図の上で、袁紹は河内郡と自らの地盤である冀州の位置関係を指でなぞっている。その指先が、わずかに震えていた。地図の上では、河内は冀州のすぐ南に位置し、太行山脈を挟んで隣接している。


「解せぬ。高順といえば呂布の副将に過ぎぬ男のはず。それがなぜ董卓と共に長安へ帰らず、北へ向かう? 董卓の命令か? それとも……」


袁紹が恐れたのは、高順の武勇そのものではなく、その動向がもたらす不安定さだった。河内は冀州のすぐ南にある。もし高順が賊と結託し、あるいは賊を平らげて力をつければ、袁紹の背後を脅かす強大な軍閥が誕生することになる。冀州を得たばかりの袁紹にとって、背後からの脅威は何よりも避けたい事態だった。彼は今、公孫瓚との対決を控え、全戦力を北方に集中させようとしている。その矢先に、南から新たな火の手が上がろうとしているのだ。


「田豊、沮授。どう見る?」


「警戒すべきは、高順が『独自の野心』を持っていた場合です」


参謀の田豊が静かに答えた。その顔は端正だが、今は深い憂慮の色が刻まれている。彼は袁紹の幕僚の中でも特に先見の明があることで知られていたが、その直言が袁紹の不興を買うことも少なくなかった。


「もし彼が董卓から離反し、自立を図るために北へ向かったのであれば、彼にとって黒山賊は脅威ではなく、吸収すべき『資源』となり得ます。厄介なことになりますぞ」


「資源……だと?」


「はい。黒山賊は百万と称される大勢力ですが、その実体は飢えた農民の集まりです。略奪以外に生きる術を持たぬ彼らは、誰かが食わせてやれば簡単に服属します。高順がもし河内で農地を開拓し、彼らに食糧を与え、規律を与えれば、百万の賊徒は一夜にして百万の民となり、さらにその一部は精強な兵となるでしょう」


袁紹は扇で口元を隠し、忌々しげに呻いた。


「公孫瓚との対立も深まる中、新たな火種が足元に生まれたか。厄介なことだ。しかし、黒山賊を『食料』にするなど、正気の沙汰とは思えん」


「その正気でないことを、高順は本気でやりかねません」


今度は沮授が口を開いた。彼もまた田豊と並ぶ袁紹の名参謀だが、田豊よりは穏健な言い回しを好む。


「現に彼は、陽人で孫堅を退け、梁県では孫堅自身と一騎打ちを演じたと聞きます。あの江東の虎と互角に渡り合える武勇に加え、先の見えぬ策を巡らせる知略。この男、放っておけば必ずや北の巨魁となりましょう」


「それに、高順には『陷陣営』という精鋭がついております」


田豊が付け加えた。


「七百とはいえ、その結束と錬度は天下に知られております。并州の賊徒を吸収し、さらに兵力が増せば、もはや手のつけられぬ存在になりましょう。呂布の騎兵隊にすら対抗できると噂される部隊です」


袁紹は深いため息をつき、地図の上の河内の位置を指で押さえた。その指先が、地図の上に白い跡を残す。


「ならば、どうする。今のうちに叩くか」


「それは得策ではございません」


沮授が首を振った。


「高順を叩くには、河内へ兵を送らねばなりません。しかし河内は太行山脈の南麓に位置し、攻めるには山を越えねばなりません。その間に公孫瓚が南下すれば、我々は南北から挟撃されることになります。まずは公孫瓚を討ち、その後に高順という順序を乱してはなりません」


「だが、高順がその間に大きくなれば」


「その時は、大きくなった高順と、公孫瓚を討った我々が、正面からぶつかることになります。それは避けられぬ戦いです。ですが、その決戦を今急いで行う必要はありません。むしろ、高順が并州の賊徒を吸収している間は、彼は我々に手を出せません。その隙に公孫瓚を討つ。それが最善の策かと」


袁紹はしばらく考え込んでいたが、やがて小さく頷いた。


「わかった。まずは公孫瓚だ。高順はその後だ。しかし田豊、沮授、お前たちは引き続き高順の動きを注視しろ。あの男、何をしでかすかわからん」


「はっ」


袁紹の決断は、一見すると合理的だった。しかし、この判断こそが、後に彼の運命を決定づけることになる。袁紹は公孫瓚を討つことに成功するが、その間に高順は誰も想像しなかった速度で成長し、もはや手のつけられぬ巨魁となっていたのである。


高陽の史観で言うならば、袁紹の悲劇は、彼が「目の前の敵」にしか対処できないことにある。彼は常に最も差し迫った脅威にのみ反応し、遠くで育ちつつある、より大きな脅威を見逃す。公孫瓚を倒せば背後が安全になるその思い込みが、彼の視野を狭めていた。


幽州では、白馬義従を率いる公孫瓚が、冷ややかな目で南の空を睨んでいた。美丈夫であるが、その端正な顔立ちには他者を寄せ付けぬ傲慢さと、鋭利な刃物のような冷徹さが張り付いている。彼の背後には、白馬に跨った精鋭騎兵たちが整然と並び、その白い馬体が冬の弱い陽光を反射して輝いていた。白馬義従、公孫瓚が誇る最強の騎兵隊である。


「并州方面に大規模な軍勢が移動しているだと?」


公孫瓚の声は低く、そして不機嫌だった。手にした馬鞭が、イライラと空気を打つ。


「はい。河内を抜けた高順軍は、その数およそ四万五千。さらに進路上の黒山賊、白波賊に対して宣戦を布告し、凄まじい勢いで進撃を続けております」


斥候の報告に、公孫瓚は眉をひそめた。


「四万五千……それに賊を相手にするというのか」


公孫瓚にとって、并州は西に隣接する国だ。これまでは賊徒と異民族が跳梁跋扈する「緩衝地帯」であり、脅威ではなかった。むしろ、その混乱が彼の背後を守る壁となっていた。だがもしそこが強力な軍閥によって統一され、秩序ある軍事国家へと変貌すれば、話は根底から覆る。


「袁紹など相手にしている場合ではないかもしれん」


公孫瓚はぽつりと呟いた。彼は今、袁紹との全面戦争を目前に控えている。界橋での決戦が間近に迫り、全戦力を南方に集中させているところだ。その矢先に、背後から新たな敵が現れれば、挟み撃ちになる恐れがあった。公孫瓚の性格からすれば、袁紹との決戦を延期することなどありえないが、それでも背後を気にしながら戦うのは、彼の神経を苛立たせた。


「注視せよ。その高順という男、只者ではない。だが、黒山賊の張燕はしたたかな男だ。そう簡単には屈しまい。高順が張燕に噛み殺されるか、それとも張燕を飼い慣らすか。その結果次第で、北方の地図は書き換わるぞ」


公孫瓚の読みは、袁紹よりもはるかに鋭かった。彼は高順が「死地に行った」とは思っていない。むしろ、高順が張燕を飲み込む可能性を真剣に検討している。しかし、その読みの鋭さにもかかわらず、公孫瓚にも一つの盲点があった。彼は高順と張燕の関係を「食うか食われるか」の二択でしか考えられない。高順が張燕を騙し、利用し、水路を掘らせるという第三の道それを想像することは、公孫瓚にもできなかった。


白馬将軍の吐く息が、白く凍りつく。北の空は鉛色に淀み、嵐の到来を告げていた。


長沙へと帰還する道中、孫堅は揺れる馬上で報告書を握り潰し、天を仰いで哄笑した。


「ククッ……ハハハハ! やりおった! ついにやりおったわ!」


周囲の兵が驚いて振り返るほどの豪快な笑い声だった。腹心の黄蓋が心配そうに馬を寄せる。黄蓋は孫堅に長年仕えてきた古参の将であり、主君のこんな高笑いを聞くのは久しぶりだった。


「殿、何がおかしいのですか。高順が北の死地へ向かったという話ですが……」


「分からんか、公覆。奴は死にに行ったのではない」


孫堅の瞳が鋭く北の空を睨みつけた。その眼光は獲物を見つけた猛獣のそれだった。彼の手に握られた報告書の竹簡が、強い力でみしみしと音を立てる。


「袁術のような輩は『逃げた』と思うだろう。だがな、高順は『選びに行った』のだ」


「選びに……?」


「そうだ。奴は中央の腐敗に見切りをつけ、誰の手も届かぬ場所で独自の国を作る気だ。黒山賊? 白波賊? 違うな。奴にとって、あれは進路を塞ぐ『障害』ではない」


孫堅はニヤリと唇を歪めた。その笑みには、同じ武人としての共感と、そして未来の好敵手への期待が込められている。梁県で高順と一騎打ちを演じ、言葉を交わした経験が、孫堅に他の誰よりも深い洞察を与えていた。


「あれは『食料』だ。高順という狼は飢えている。数百万の賊徒を喰らい、血肉に変え、誰も止められぬ怪物へと化けるつもりだ。恐ろしい男よ」


黄蓋は息を呑んだ。


「殿は高順を、そこまで評価なさるのですか」


「評価ではない。確信だ。公覆、俺はあの男と直接話をした。あの目は、普通の武将の目ではない。もっと遠くを見ている。まるで、これから何が起こるかをすべて知っているかのような目だった。そしてな、あの男は俺に言ったのだ。『お子のことでございます。伯符公子と、仲権公子。お二方とも、将来必ずや大器となられるでしょう。どうか、お命を大切になさってください』と」


「お子たちの将来を……?」


「そうだ。敵将である俺に、子供たちの将来を案じてみせた。普通の武将がそんなことを言うか? あの男は、俺の死さえ予見しているのかもしれん。あるいは、俺が死ななければならない理由を知っているのかもしれん。いずれにせよ、あの男は只者ではない」


孫堅はそこで言葉を切り、北の空を睨みつけた。その目には、怒りも恐れもなかった。ただ、同じ時代に生まれたことへの、奇妙な喜びだけが輝いている。


彼は武人だ。武人としての野生の勘で、遠くない未来、北の大地から中華全土を震撼させる巨大な勢力が誕生することを確信していた。そしてその中心にいるのが、かつて梁県の荒野で自分と語らった、あの奇妙で底知れぬ男であることを。


「精々太ってこい、高順。次に会う時は天下を分かつ大戦だ」


江東の虎は、北へ向かう見えざる盟友に、凶暴なエールを送った。


黄蓋は孫堅の横顔を見つめながら、思った。この主君は、他の群雄たちとは根本的に何かが違う。袁術のように高順を嘲笑うこともなく、袁紹のように恐れることもなく、公孫瓚のように警戒することもなく、ただ好敵手として認め、その成長を喜んでいる。それは、孫堅が自分自身の力を信じているからだ。高順がどれほど大きくなろうとも、自分はそれ以上に大きくなればいい。孫堅の自信は、嫉妬や恐れを生まない。


「公覆、急ぐぞ。長沙に戻って兵を鍛え直す。高順が北で大きくなるなら、俺は南で大きくなる。そしていつか、天下の真ん中で決着をつける」


孫堅の馬が、嘶きと共に速度を上げた。江東の虎の闘志は、かつてなく燃え上がっていた。

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