第5.5話:静かな撤退は、冗談から始まった
婚約破棄が起こる前に、何が起きていたのか。
“自由”という言葉は、甘い。
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アルヴェリア王国の王都では、連日のように人が集まっていた。
「我々は、もっと自由になれる!」
王太子レオンハルトの声に、歓声が湧く。
「古い制度は、もう必要ない!」
民は熱狂していた。
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その光景を、遠巻きに見つめる者たちの表情は――固い。
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王城奥部、わずかに灯りを落とした会議室。
席に着いているのは。
国王、王妃。
宰相、騎士団長。
そして、各大臣たち。
さらに。
公爵令嬢エリシアと、婚約者であった令嬢たち――
リディア、マリア、セシル。
令嬢たちがこの場にいる理由は一つ。
――婚約破棄が計画されていることを、知っているからだ。
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「……止めますか」
騎士団長が低く問う。
沈黙。
「止めれば、どうなりますか」
王妃が静かに言う。
「“自由を奪う側”として認識されます」
エリシアが即答する。
「民衆の反発は不可避です」
「暴動、もしくは内乱に発展する可能性が高い」
宰相が続ける。
「……止めても壊れる、か」
国王が呟く。
「はい」
エリシアは頷く。
「そして、止めなくても壊れます」
「問題は」
エリシアが資料を示す。
「不満が広く、浅く、全体に蓄積していることです。
そこに“自由”という言葉が刺さった。
誰もが“自分のための言葉”だと錯覚している状態です」
「……厄介だな」
騎士団長が短く言う。
「はい」
エリシアは淡々と返す。
「そして極めて危険です」
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止めれば、爆発する。
止めなければ、崩壊する。
どちらを選んでも、先にあるのは破綻だった。
完全な行き止まり。
言葉が消える。
誰もが思考を巡らせながら――結論に辿り着けない。
空気が、重く沈んでいく。
打開策はない。
その事実だけが、静かに共有されていく。
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「いっそ――全員で逃げちゃいましょうか」
場違いなほど軽い声が落ちた。
リディアだった。
沈黙。
完全な沈黙。
「……え?」
誰かが漏らす。
リディアは、すぐに気づいた。
(あ、これ変な空気になったやつだ)
「え、あの、違います違います!」
慌てて手を振る。
「今のはその、例え話というか!
極端な話をしただけで!」
しかし。
誰も笑わない。
(まずったぁー!!やらかした!!)
リディアが一人内心で頭を抱える中。
全員、考えている。
「え、なんでそんな真剣に……?」
リディアの声が、わずかに震える。
「……待て」
宰相が口を開く。
「それは」
「合理的だ」
「えっ」
リディアが固まる。
「人的資源の保全」
「内乱への巻き込まれ回避」
「責任の切り分け」
「すべて説明がつく」
「えっ、ちょ、いや」
リディアは完全にこんらんしている!
「そうですね、形式を整えれば成立します」
エリシアが即座に乗る。
(エリシア様まで何を言い出すの!?)
リディアは一人混乱するが、構わず話は進む。
「婚約破棄を起点に」
「我々は罷免、あるいは追放される形に」
「“新体制の勝利”という構図を作る」
「待ってください待ってください!」
とうとうリディアが割り込む。
「それ私の発言きっかけですよね!?」
誰も否定しない。
「いやいやいやいや!
そんな重い話じゃなかったんですけど!?」
完全にパニックである。
「いいじゃない、面白そう」
王妃が、くすりと笑った。
その声音は、わずかに弾んでいる。
「とても綺麗に終われるわ。
ねぇ、陛下?」
国王が苦笑する。
だが。
「そうだな、理にかなっている」
すぐに頷いた。
「中途半端に残るより、遥かに良い」
「ちょっと待ってください王まで納得しないでください」
リディア、震える。
もはや不敬などと考える余裕もない。
「私、責任取れませんよ!?」
「取らなくていいわ」
王妃が即答する。
「良い着想だっただけよ」
にっこりと微笑む。
一番逆らえない笑顔だった。
「……あ、はい」
リディア、沈黙。
その時だった。
「――責任は」
国王が、静かに口を開いた。
「王族が取るものだ」
空気が変わる。
軽さは消え。
重さだけが残る。
「それが役目だ」
短く、しかし揺るがない言葉。
その場にいる全員が、自然と背筋を正した。
誰もが知っている。
それは覚悟の言葉だ。
そして――
逃げではなく、“選択”であることを示す言葉だった。
無言の敬意が、その場に満ちる。
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「受け入れ先は」
騎士団長が問う。
「ルミナス王国が適当かと」
エリシアが答える。
「三つ先の国」
「未成熟ではありますが、柔軟性がある」
「外部の知見を受け入れる余地がある国です」
「距離も現実的だな」
宰相が頷く。
「ヴァルディア、セレーネを経由すれば自然に移動できる」
「ええ」
王妃が微笑む。
「王妃エレノアとは親交があります。
話は通せるでしょう」
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「……決まりだ」
国王が言う。
「我々は退く。
国は、彼らに任せる」
静かな決断だった。
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「えぇぇぇぇ……ほんとにやるんですか……」
リディアがぽつりと呟く。
「冗談だったんですけど……」
「結果的に最適解だったわね」
セシルがさらりと言う。
「そういうこともあるわ」
マリアも微笑む。
「……あります?」
リディアは、遠い目をした。
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そして、すべては整えられた。
婚約破棄。
罷免。
追放。
すべて“自然に見える形”で。
その裏にある設計を。
誰も知らないまま。
ただ一つの軽口から。
アルヴェリア王国の中枢は。
静かに――退場する準備を終えた。
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――そして、あの日へ続く。




