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第5.5話:静かな撤退は、冗談から始まった

婚約破棄が起こる前に、何が起きていたのか。


 “自由”という言葉は、甘い。


---


 アルヴェリア王国の王都では、連日のように人が集まっていた。


「我々は、もっと自由になれる!」

 王太子レオンハルトの声に、歓声が湧く。

「古い制度は、もう必要ない!」


 民は熱狂していた。


---


 その光景を、遠巻きに見つめる者たちの表情は――固い。


◇◆◇◆◇◆


 王城奥部、わずかに灯りを落とした会議室。

 席に着いているのは。


 国王、王妃。

 宰相、騎士団長。

 そして、各大臣たち。

 さらに。

 公爵令嬢エリシアと、婚約者であった令嬢たち――

 リディア、マリア、セシル。


 令嬢たちがこの場にいる理由は一つ。

 ――婚約破棄が計画されていることを、知っているからだ。


---


「……止めますか」

 騎士団長が低く問う。


 沈黙。


「止めれば、どうなりますか」

 王妃が静かに言う。


「“自由を奪う側”として認識されます」

 エリシアが即答する。

「民衆の反発は不可避です」


「暴動、もしくは内乱に発展する可能性が高い」

 宰相が続ける。


「……止めても壊れる、か」

 国王が呟く。


「はい」

 エリシアは頷く。

「そして、止めなくても壊れます」



「問題は」

 エリシアが資料を示す。

「不満が広く、浅く、全体に蓄積していることです。

 そこに“自由”という言葉が刺さった。

 誰もが“自分のための言葉”だと錯覚している状態です」


「……厄介だな」

 騎士団長が短く言う。


「はい」

 エリシアは淡々と返す。

「そして極めて危険です」


---


 止めれば、爆発する。

 止めなければ、崩壊する。

 どちらを選んでも、先にあるのは破綻だった。

 完全な行き止まり。



 言葉が消える。

 誰もが思考を巡らせながら――結論に辿り着けない。

 空気が、重く沈んでいく。

 打開策はない。

 その事実だけが、静かに共有されていく。



---


「いっそ――全員で逃げちゃいましょうか」


 場違いなほど軽い声が落ちた。

 リディアだった。






 沈黙。





 完全な沈黙。





「……え?」

 誰かが漏らす。


 リディアは、すぐに気づいた。

(あ、これ変な空気になったやつだ)

「え、あの、違います違います!」

 慌てて手を振る。

「今のはその、例え話というか!

 極端な話をしただけで!」



 しかし。

 誰も笑わない。


(まずったぁー!!やらかした!!)

 リディアが一人内心で頭を抱える中。



 全員、考えている。

「え、なんでそんな真剣に……?」

 リディアの声が、わずかに震える。




「……待て」

 宰相が口を開く。


「それは」

「合理的だ」




「えっ」

 リディアが固まる。




「人的資源の保全」

「内乱への巻き込まれ回避」

「責任の切り分け」

「すべて説明がつく」




「えっ、ちょ、いや」

 リディアは完全にこんらんしている!



「そうですね、形式を整えれば成立します」

 エリシアが即座に乗る。


(エリシア様まで何を言い出すの!?)

 リディアは一人混乱するが、構わず話は進む。


「婚約破棄を起点に」

「我々は罷免、あるいは追放される形に」

「“新体制の勝利”という構図を作る」



「待ってください待ってください!」

 とうとうリディアが割り込む。


「それ私の発言きっかけですよね!?」


 誰も否定しない。


「いやいやいやいや!

 そんな重い話じゃなかったんですけど!?」

 完全にパニックである。




「いいじゃない、面白そう」

 王妃が、くすりと笑った。

 その声音は、わずかに弾んでいる。

「とても綺麗に終われるわ。

 ねぇ、陛下?」


 国王が苦笑する。

 だが。

「そうだな、理にかなっている」

 すぐに頷いた。

「中途半端に残るより、遥かに良い」



「ちょっと待ってください王まで納得しないでください」

 リディア、震える。

 もはや不敬などと考える余裕もない。

「私、責任取れませんよ!?」


「取らなくていいわ」

 王妃が即答する。

「良い着想だっただけよ」

 にっこりと微笑む。

 一番逆らえない笑顔だった。


「……あ、はい」

 リディア、沈黙。



 その時だった。


「――責任は」

 国王が、静かに口を開いた。

「王族が取るものだ」


 空気が変わる。

 軽さは消え。

 重さだけが残る。


「それが役目だ」

 短く、しかし揺るがない言葉。


 その場にいる全員が、自然と背筋を正した。


 誰もが知っている。

 それは覚悟の言葉だ。



 そして――

 逃げではなく、“選択”であることを示す言葉だった。



 無言の敬意が、その場に満ちる。



---


「受け入れ先は」

 騎士団長が問う。


「ルミナス王国が適当かと」

 エリシアが答える。

「三つ先の国」

「未成熟ではありますが、柔軟性がある」

「外部の知見を受け入れる余地がある国です」


「距離も現実的だな」

 宰相が頷く。

「ヴァルディア、セレーネを経由すれば自然に移動できる」


「ええ」

 王妃が微笑む。

「王妃エレノアとは親交があります。

 話は通せるでしょう」


---


「……決まりだ」

 国王が言う。

「我々は退く。

 国は、彼らに任せる」

 静かな決断だった。


---


「えぇぇぇぇ……ほんとにやるんですか……」

 リディアがぽつりと呟く。

「冗談だったんですけど……」


「結果的に最適解だったわね」

 セシルがさらりと言う。


「そういうこともあるわ」

 マリアも微笑む。


「……あります?」

 リディアは、遠い目をした。


---


 そして、すべては整えられた。


 婚約破棄。

 罷免。

 追放。


 すべて“自然に見える形”で。


 その裏にある設計を。

 誰も知らないまま。


 ただ一つの軽口から。


 アルヴェリア王国の中枢は。

 静かに――退場する準備を終えた。



---


――そして、あの日へ続く。

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