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第6話:婚約破棄は、連鎖する

 その日は、やけに天気が良かった。


 王城・大広間。

 貴族、官僚、騎士、そして有力商人たちまでが集められている。

(嫌な予感しかしませんわね)


 エリシアは、静かに席に座っていた。

 正面には王太子レオンハルト。

 その隣には――ユイ。

 まるで最初からそこにいるべきだったかのように、自然に。


(……なるほど)

 視線だけで状況を把握する。

 配置。空気。招集された顔ぶれ。


(“発表”ですわね)

 しかも、おそらく――

(最悪の形の)


「諸君!」

 王太子が立ち上がる。

 満面の笑み。

 嫌な予感が確信に変わる瞬間だった。


「本日は、重要な発表がある!」

 ざわめき。

 期待と不安が入り混じる。

「我が国は――新しい時代へと進む!」

(ああ、始まりましたわね)


 エリシアは微動だにしない。

「そのために、私は決断した!」


 一拍。

「エリシア・フォン・アルヴェルトとの婚約を――」


 静寂。


「破棄する!」


 ――沈黙。

 次の瞬間。

 ざわっ、と空気が揺れた。


「な……!?」

「今、何と……?」

「婚約破棄……!?」

 どよめきが広がる。


 だが当の本人は。

「……」

 エリシアは、ゆっくりと立ち上がった。

 表情は穏やかだ。


「理由を、お聞かせいただいても?」

 静かな声。

 だが、場を制する力があった。


「もちろんだ!」

 王太子は自信満々に頷く。

「君は優秀だ。だが――古い!」

 言い切った。


「古い、ですか」

「ああ! 制度に縛られ、理屈に囚われている! それでは新しい時代には対応できない!」

(理屈に囚われていない国家がどうなるか、ご存じないのですね)


「そして!」

 王太子は、隣のユイの手を取った。

「私は彼女――ユイと共に、新しい国を作る!」

 会場が、再びざわめく。

「異世界の知識を持つ彼女こそ、未来にふさわしい!」

「え……」

 ユイは少し照れたように笑った。

「そんな、大げさですよ……」

 だが手は離さない。


(役者が揃いましたわね)

 エリシアは小さく息を吐いた。

「……承知いたしました」

 あっさりと、そう言った。


 その一言に。

 逆に、場が静まる。


「ほ、本当にいいのか?」

 王太子が戸惑う。

「ええ」

 にこり、と微笑む。

「殿下がお望みであれば」


 その笑顔に、わずかな違和感を覚えた者は――少数だった。


 だが。

「では、これにて――」

 終わるはずだった、その時。


「待ってください!」

 声が上がる。

 文官の青年フェリクスだった。


「私も、ここで宣言します!」

(……あら)

 エリシアの眉が、ほんのわずかに動く。

「私は――リディアとの婚約を破棄する!」


 会場が凍りついた。


「なっ……!?」

「お前まで!?」

 どよめきがさらに大きくなる。


 名を呼ばれたリディア――エリシアの友人であり、有能な文官令嬢は。

「……理由を」

 静かに問うた。


「君は優秀だ。だが、慎重すぎる!」

 どこかで聞いたような台詞だった。

「変革にはスピードが必要だ! 私は新しい時代に進む!」


(ああ、感染しておりますわね)

 エリシアは確信した。

 これはもう、止まらない。


「俺もだ!」

 今度は騎士の青年エリオットが立ち上がる。

「俺は――マリアとの婚約を破棄する!」

「……そう」

 呼ばれたマリアは、腕を組んだまま答える。

「理由は?」

「お前は正しい! だが、固い!」

(語彙が崩壊しておりますわね)

「もっと柔軟に考えるべきだ! ユイの言う通りだ!」

「……そう」

 マリアはそれ以上何も言わなかった。

 ただ、少しだけ肩の力を抜いた。


「じゃあ、俺も!」

「私もだ!」

「俺もだな!」

 ――連鎖。


 まるで合図でもあったかのように。

 次々と、婚約破棄が宣言されていく。

 理由はほぼ同じ。


 “古い”

 “慎重すぎる”

 “理屈に囚われている”


 そして――

 “新しい時代に合わない”


(見事ですわね)

 エリシアは、静かにその光景を見ていた。


 かつてこの国を支えていた“次世代の中核”たちが。

 自ら、その基盤を手放していく。

(これが“自由”の結果)


 誰も強制していない。

 誰も命じていない。

 ただ、自分の意思で選んでいる。


 だからこそ――止められない。

 やがて。

 すべての宣言が終わった。

 場には、奇妙な達成感が漂っている。


「これでいいんだ……」

「俺たちは前に進んだ……!」

「新しい時代だ!」

 誰かが呟き、それに頷きが広がる。 


(ええ)

 エリシアは、ゆっくりと目を細めた。

(確かに、“前”には進みましたわね)


 ただし。

(崖の方へ)


「では、改めて」

 王太子が満足げに言う。

「新しい体制で、この国を――」

「素晴らしいです!」

 ユイがぱっと笑った。

「みんな、自分で選んでて!」

 その言葉に。

 何人かが、誇らしげに胸を張る。


(……そうですわね)

 エリシアは一歩、前に出た。

「皆様、自らの意思で選ばれたのですもの」


 よく通る声。

 場が自然と静まる。

「ならば、その選択に責任を持つことも――当然でございますわね?」


 一瞬の沈黙。


 だがすぐに。

「ああ、当然だ!」

 王太子が力強く頷いた。

「我々は逃げない!」


「ええ」

 エリシアは、深く一礼した。

「では――どうぞ、ご自由に」


 その言葉は。

 祝福にも、宣告にも聞こえた。

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