第7話:では、お任せいたしましょう
婚約破棄の宣言から、わずか三日後。
王城・謁見の間には、再び主要人物が集められていた。
ただし――
空気は、まるで違う。
ざわめきはない。
期待もない。
あるのは、張り詰めた静寂だけ。
(来ましたわね)
エリシアは、いつも通りの位置に立っていた。
その隣には、同じく婚約破棄された令嬢たち。
誰一人として動揺していない。
むしろ――
(すっきりしておりますわね)
どこか肩の荷が下りたような顔をしている。
一方で。
王太子レオンハルトと、その側近たち。
そしてユイ。
彼らの表情には、自信と高揚があった。
(対照的ですわね)
そう思った瞬間。
扉が、静かに開かれた。
――国王。
――そして、王妃。
場にいる全員が、自然と頭を垂れる。
だが、誰も声を発しない。
玉座に腰掛けた国王は、しばし沈黙した後。
「……報告は受けている」
低く、短く言った。
それだけで、十分だった。
「はい!」
王太子が一歩前に出る。
「我々は、新しい時代に進む決断をいたしました!」
誇らしげな声。
誰も止めない。
「古い体制に囚われず、より自由で、より民に寄り添う国を――」
「レオンハルト」
静かに名を呼んだのは、王妃だった。
その声は、驚くほど穏やかだった。
「はい、母上」
「一つ、確認させてください」
ゆっくりと、言葉を選ぶように。
「今回の一連の決定は、すべて――あなた自身の意思ですか?」
一瞬の間。
「もちろんです!」
迷いなく答える。
「誰に強制されたわけでもありません! 我々が、自ら選びました!」
「そう」
王妃は、小さく頷いた。
それだけだった。
だが。
(終わりましたわね)
エリシアは確信した。
「では、もう一つ」
王妃は続ける。
「その結果についても――あなた方が責任を負う、という理解でよろしいですね?」
「当然です!」
王太子は力強く言い切った。
側近たちも頷く。
「我々は逃げません!」
「ええ」
王妃は、静かに微笑んだ。
その笑みは、美しく――そして冷たかった。
「ならば、問題はございません」
その言葉に。
場の何人かが、わずかに違和感を覚えた。
だが、その正体に気づく前に。
「陛下」
王妃が、国王に視線を向ける。
「よろしいですね?」
「……ああ」
国王は、短く答えた。
それだけで、決定は下された。
「では」
王妃は立ち上がる。
その動き一つで、場の空気が変わる。
「ここに宣言いたします」
澄んだ声が、謁見の間に響く。
「エリシア・フォン・アルヴェルトをはじめとする、今回婚約を破棄された令嬢たちを――」
一拍。
「国外追放といたします」
――ざわり。
初めて、大きな動揺が走った。
「な……!?」
「国外追放!?」
予想外だったのだろう。
王太子すら目を見開く。
「母上、それは――」
「あなた方が“不要”と判断した人材です」
王妃は、淡々と言った。
「であれば、国内に留める理由はございません」
正論だった。
逃げ道がないほどに。
「そ、それはそうですが……」
「安心なさい」
にこり、と微笑む。
「新しい体制において、彼女たちは不要なのでしょう?」
「……はい」
否定できない。
「ならば、問題はありません」
きっぱりと断じる。
そして。
「続いて」
その一言で、空気がさらに重くなる。
「宰相、騎士団長、各大臣をはじめとする現体制の中核を担っていた者たちを――」
視線が、一斉にそちらへ向く。
「すべて罷免いたします」
――沈黙。
今度は、誰も声を上げられなかった。
「は……?」
ようやく漏れたのは、王太子の間の抜けた声だった。
「ま、待ってください! それでは国が――」
「回らなくなりますか?」
王妃が、静かに問い返す。
「……!」
「ですが、問題はございません」
その声は、どこまでも穏やかだった。
「あなた方がいらっしゃるのですから」
完全に、逃げ道を断つ一言。
「我々は“古い”のでしょう?」
誰も、答えられない。
「新しい時代には不要な存在なのでしょう?」
「あなた方はそれを民に訴え、また民もそれを強く支持しています」
沈黙。
「ならば」
王妃は、ゆっくりと結論を告げる。
「すべて――お任せいたしましょう」
その瞬間。
何かが、決定的に変わった。
「ま、待ってください!」
王太子が声を上げる。
「それではあまりに急すぎます! 引き継ぎが――」
「不要です」
即答だった。
「え……?」
「あなた方は“古い体制に囚われない”のでしょう?」
逃げ場がない。
「であれば、我々の知識や手法もまた、不要なはずです」
「そ、それは……」
「ご安心なさい」
王妃は、優しく微笑む。
「すべて、あなた方の“新しい方法”で解決できるのでしょう?」
言い返せない。
なぜなら――
それは、彼ら自身が言ってきたことだからだ。
「……」
沈黙が落ちる。
その中で。
「最後に」
王妃は、静かに言った。
「私と陛下もまた、責任を取りましょう」
全員が顔を上げる。
「本日をもって、王位を譲位いたします」
――完全な静止。
王が言葉を引き継ぐ。
「新たな王として、レオンハルトを即位させる」
王太子の――いや、もう王の顔から血の気が引く。
王妃はさらに言う。
「そして我々もまた、国外へ退くことといたします」
「な……」
声が出ない。
「これで」
王妃は、ゆっくりと周囲を見渡した。
「すべてが、あなた方の手に委ねられました」
その視線は、誰一人逃がさない。
「どうぞ」
最後の一言。
「ご自由に」
それは――
祝福ではなかった。
宣告でもなかった。
ただの、事実だった。
その後。
誰も、すぐには動けなかった。
ただ一人。
「……では、参りましょうか」
エリシアが、静かに歩き出す。
他の令嬢たちも、それに続く。
宰相も、騎士団長も、誰もが。
そして、国王と王妃――いや、元国王と王妃も歩き出す。
振り返らない。
止まらない。
引き止める声も――ない。
ただ。
新しく王となった男とその側近達だけが。
その場に立ち尽くしていた。
彼らの表情には、混乱が満たされていた。
しかし、微かな熱狂と優越感が隠せなかった。
これから、本当に自分たちの時代が来るのだ、と――――




