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第4話:理想は甘く、現実は見えなくなる

 王城に、風が吹いていた。


 それは嵐ではない。

 むしろ、春のように柔らかい風だった。

 ――だからこそ、厄介だった。


「つまりですね、みんなで支え合えばいいんです!」

 ユイの声は、今日もよく通る。


 場所は王城の一室。

 王太子の側近たちが集められ、即席の“勉強会”が開かれていた。


(なぜ勉強会に軽食があるのかしら)

 と、遠くで見ていた侍女は思ったが、口には出さなかった。

「税に頼らなくても、人は助け合えるんです。私の世界ではそうでした!」

「なるほど……」

 最初に頷いたのは、文官風の青年だった。


 彼は元々、理想主義の気質が強い。

「確かに、制度に頼りすぎるのはよくないのかもしれませんね。民の自発性を信じるべきだ」

「そうなんです!」

 ユイが嬉しそうに笑う。


 その笑顔には、悪意が一切ない。

 だからこそ、言葉に“抵抗”が生まれない。


「でもよ」

 腕を組んでいた騎士系の青年が口を開く。

「助け合いだけで全部回るとは思えねえが……」

 比較的まともな反応だった。


 だが。

「全部じゃなくてもいいんです!」

 ユイは即座に返す。

「少しずつでも、変えていけばいいんです。今のままだと、苦しんでる人が多いじゃないですか」

「それは……」

 騎士は言葉に詰まる。


 “苦しんでいる人がいる”。

 それは事実だ。

「俺たちは、そのために剣を振るってる」

 低く言う。


「でも、戦わなくていい方法があるなら、その方がいいと思いませんか?」

 柔らかい声だった。

 責めているわけではない。

 否定しているわけでもない。

 ただ、“より良いもの”を提示しているだけ。


「……そりゃあ、まあ」

 騎士は視線を逸らした。

(悪くない話、ではある)


 その一歩が、最初だった。


「流通も、もっと自由にした方がいいと思うんです!」

 今度は商会系の青年が食いついた。

「規制が多すぎると、商売の自由が制限されますし!」

「そうそう!」

 ユイが勢いよく頷く。

「競争があれば、自然といいものが残るんです!」

「まさにそれだ!」

 青年は手を叩いた。

「今の市場は閉鎖的すぎる。もっと開放すれば、活気が出るはずだ!」


(……あれ?)

 彼の頭の中で、一瞬だけ何かが引っかかった。

 ――価格の暴落。

 ――品質のばらつき。

 ――信用の崩壊。


 だが。

「でも、それって面白そうじゃないですか?」

 ユイが笑う。

「新しいことって、ワクワクしますよね!」

「……ああ」

 その一言で、引っかかりは消えた。

(確かに、面白そうだ)


 理屈ではなく、感情が勝った瞬間だった。


 数日後。

 王城の空気は、明らかに変わっていた。

「エリシア様、こちらの件ですが」

 文官の青年が書類を差し出す。


「規制緩和案、ですか」

「はい。ユイ殿の意見を参考に、より自由度を高めた内容にしてみました」

 エリシアは目を通す。


 数秒。

 そして、静かに紙を置いた。

「……随分と思い切りましたわね」

「変革には痛みが伴うものです」

 きっぱりと言い切る。


 以前なら、もう少し慎重だったはずだ。

「具体的な影響試算は?」

「これからです」

「では、このままでは承認できませんわ」

「ですが!」

 食い下がる。

「今までのやり方では限界です! 変わらなければ!」


(“変わること”が目的になっていますわね)

 エリシアは内心でため息をついた。

「変わること自体は否定しません」

 穏やかに言う。

「ですが、“どう変わるか”が重要です」

「それは――」

「この案では、短期的に市場が混乱します。その対策がありません」

 淡々と指摘する。


 正論だ。

 だが。

「それは……現場で対応すれば」

「現場に丸投げするのですか?」

 ぴたり、と言葉が止まる。

「それでは、今までと同じですわ」

「……」

 青年は黙り込んだ。


 だが、その表情には――

(納得していませんわね)

 かすかな反発があった。


 一方その頃。

「いい感じですね!」

 ユイは満足げに頷いていた。

 側近たちが、自分の言葉を元に議論している。


 それが純粋に嬉しい。

「みんな、ちゃんと考えてくれてる……!」

 その笑顔は、本物だった。

 悪意など、どこにもない。


 ただ――

(正しいことをしている)

 そう信じているだけだ。


「殿下」

 ある日、騎士団長が王太子に声をかけた。

「最近、若い者たちの動きが変わっています」

「そうだろう!」

 レオンハルトは嬉しそうに笑う。

「新しい風だ!」

「……統制が取りづらくなっています」

「それは自由の証だ」

 迷いがない。


「だが――」

「心配するな」

 肩を叩く。

「彼らは正しい方向に進んでいる」

 その根拠は、どこにもない。

 だが本人は、疑っていない。


「……承知いたしました」

 騎士団長はそれ以上言わなかった。


(止められないな)

 そう理解したからだ。

 そして、決定的な変化は――

 “言葉”に現れ始めた。


「それ、古くないですか?」

「もっと自由に考えましょうよ」

「前例に縛られる必要はない」

 それ自体は、間違っていない。


 だが。

「現実を見てください」

 そう言う者は、少しずつ減っていった。

「……」

 エリシアは、廊下からその様子を見ていた。


 笑い合う若者たち。

 中心にいるユイ。

 それを誇らしげに見守る王太子。

(綺麗ですわね)

 そう思った。


 理想を語り、未来を信じる姿は、確かに美しい。

 だが――


(現実が、追いついておりません)


 静かに目を伏せる。


 まだ、壊れてはいない。

 だが、確実に“歪み”は広がっている。

 そして何より――


(誰も、それに気づいていない)


 それが、一番の問題だった。


 風は、まだ穏やかに吹いている。

 だからこそ。


 それが嵐に変わる瞬間を――

 誰も、想像していなかった。

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