第3話:運命の出会いは、だいたいろくでもない
その日、王太子レオンハルトは“珍しく”一人で城下に出ていた。
理由は単純だ。
「民の声を、直接聞くべきだと思ってな!」
と、朝の会議で高らかに宣言し――
「護衛は最小限でいい! 自然体の声が聞きたいのだ!」
と言い張った結果である。
(なお、背後にはしっかり精鋭が潜んでいる)
「殿下、やはりもう少し――」
「大丈夫だ! 私は民を信じている!」
護衛騎士の言葉を遮り、レオンハルトは胸を張る。
その数秒後。
「おい、そこの兄ちゃん! それ、どこ見て歩いてんだ!」
「危ねえぞ!」
「ぶつかってんだよ!」
「……」
あっという間に、庶民の洗礼を受けた。
(思っていたのと違う……!)
だが彼は諦めない。
むしろ目を輝かせる。
(これが“生の声”……!)
たぶん違う。
「すまない、皆。私はまだ未熟だ」
深々と頭を下げる王太子。
周囲の人々は一瞬ぽかんとしたあと、
「いや、そこまでせんでも……」
「変なやつだな……」
と、微妙な反応を返した。
(よし、心は通じた!)
通じてはいない。
そんな微妙な空気の中――
「きゃっ!」
甲高い声が響いた。
人混みの向こうで、少女が倒れている。
見慣れない服装。
黒い髪。
そして、どこか場違いな雰囲気。
「大丈夫か!」
レオンハルトは即座に駆け寄った。
それだけは速い。
「う……ここ、どこ……?」
少女は混乱した様子で周囲を見回す。
「安心しろ、私がいる」
(いや誰だよ)
近くの商人が小声で突っ込んだ。
「君の名は?」
「ゆ、ユイ……です」
「ユイか。よい名だ」
さらっと言う。
なぜか様になっているのが腹立たしい。
「ここは王都だ。君は……旅人か?」
「ち、違うんです! さっきまで普通に歩いてて、それで急に光って――」
「光?」
「はい! で、気づいたらここに!」
必死に説明するユイ。
だが、内容はかなり怪しい。
普通なら疑うところだ。
しかし。
(異世界……?)
レオンハルトの目が、きらりと輝いた。
――“新しい価値観”。
――“未知の可能性”。
――“この国を変える何か”。
全部、彼の大好物である。
「なるほど……!」
深く頷く。
「それはつまり――新たな世界からの来訪者、ということだな!」
「え? あ、はい……?」
ユイは戸惑いながらも頷いた。
(通じた……!)
なぜか感動している。
「素晴らしい! ぜひ君の世界の話を聞かせてほしい!」
「え、いいんですか?」
「ああ! むしろ聞かせてくれ!」
距離が近い。
ぐいぐい来る。
「私の世界ではですね!」
ユイの目が輝く。
「みんな平等で、もっと自由で、困ってる人がいたらすぐ助けてくれるんです!」
「おお……!」
レオンハルトの目も輝く。
完全に同じ波長だった。
(これはすごい……!)
(この人、すごく話が分かる!)
奇跡的な噛み合い方をしていた。
「税とかも、もっと合理的で!」
「ほう!」
「身分とかもあまり関係なくて!」
「素晴らしい!」
「あと、恋愛も自由で――」
「それは重要だな!」
盛り上がる二人。
周囲はだんだん引いている。
(なんだあれ……)
(新手の宗教か?)
そんな視線も気にせず、会話は加速していく。
「君はすごいな、ユイ!」
「そんなことないです!」
「いや、間違いない! 君の知識は、この国を変える力になる!」
「本当ですか!?」
「ああ!」
がしっ、と手を取る。
「ぜひ城に来てくれ! もっと詳しく話を聞かせてほしい!」
「え、でも私、お金もないし……」
「問題ない!」
即答だった。
「私が保証しよう!」
(誰だよほんとに)
再び商人が小声で突っ込んだ。
そのとき、ようやく護衛騎士が前に出る。
「……殿下」
低い声。
「その方の身元確認が先です」
「必要ない」
即答だった。
「だが――」
「彼女は“可能性”だ」
きっぱりと言い切る。
その目は、妙に真剣だった。
護衛騎士は一瞬だけ言葉を失い――
「……承知いたしました」
それ以上は言わなかった。
(またか)
内心でため息をつく。
――殿下は、こういう“運命めいたもの”に弱い。
そして、その後始末をするのは――
(……お嬢様だな)
頭に浮かぶのは、一人の令嬢の姿。
一方その頃、王城では。
「……くしゅん」
エリシアが小さくくしゃみをした。
「お風邪ですか?」
「いいえ」
即答。
「嫌な予感がしただけですわ」
その予感は、だいたい当たる。
そして今回も――例外ではない。
王太子は、見つけてしまったのだ。
自分の理想を、まっすぐ肯定してくれる存在を。
そしてユイもまた――
自分の理想を、疑いなく受け入れてくれる相手を。
それは、運命的な出会いだった。
少なくとも、本人たちにとっては。
――国にとってどうかは、また別の話である。




