第2話:理想の王子と異世界の少女――すべてがうまくいくはずだった
午後。
王城・大広間。
本来であれば、厳粛な会議や儀式に使われるその場所は――
「さあ! 本日は“自由討論”だ!」
――なぜか、やたら開放的な空気に包まれていた。
円卓が用意され、軽食まで並んでいる。
なぜか花も飾られている。
(お茶会ですの?)
エリシアは一瞬だけ現実逃避した。
「形式ばった会議ではなく、皆が自由に意見を言える場にしたいと思ってな!」
王太子レオンハルトが満足げに頷く。
「素晴らしい試みですね、殿下」
即座に肯定する声。
それは王太子の側近――文官風の青年だった。
「これまでの政治はあまりに堅苦しかった。もっと柔軟に、民の声を取り入れるべきです」
「そうだろう!?」
嬉しそうに顔を輝かせる王太子。
エリシアは、ゆっくりと席に着いた。
(柔軟、の定義が気になりますわね)
ちらりと視線を動かす。
宰相はすでに遠い目。
騎士団長は腕を組んだまま微動だにしない。
王妃殿下は――
(楽しんでいらっしゃいますわね)
ほんの僅かに、口元が上がっている。
嫌な予感しかしない。
「では、まず私から提案だ!」
王太子が立ち上がる。
「我が国は、もっと“自由”であるべきだと思う!」
(また始まりましたわね)
「具体的には――」
一拍。
「規制を減らす!」
どん、と机を叩く。
軽食の皿が少し跳ねた。
「商売も、移動も、すべて自由にするのだ! そうすれば活気が生まれる!」
「おお……!」
側近たちがどよめく。
キラキラした目で頷いている。
(その“規制”が何のためにあるか、ご存じないのですね)
エリシアは静かに手を挙げた。
「殿下、発言をよろしいでしょうか」
「ああ、もちろんだエリシア!」
「ありがとうございます」
立ち上がる。
場の空気を壊さないように、あくまで柔らかく。
「規制の緩和自体は、有効な手段となり得ます。ただし――」
「ただし?」
「安全基準や品質管理、関税などを一律に撤廃した場合、短期的には活性化しても、中長期的には市場の混乱や信用の低下を招く恐れがございます」
一瞬、静かになる。
「例えば、質の低い商品が流通した場合――」
「でも、それも“自由”じゃないか?」
横から口を挟んだのは、商会系の側近だった。
「選ぶのは民だろう? 良いものは残り、悪いものは淘汰される。それでいいじゃないか」
(理屈だけは美しいですわね)
「理論上はそうですわね」
エリシアは頷く。
「ですが、その“淘汰”が起こるまでに被害を受けるのも、また民です」
「それは……多少の犠牲は仕方ないのでは?」
軽い口調だった。
その言葉に、騎士団長の眉がぴくりと動く。
「“多少”とは、どの程度を想定している」
低い声。
「え?」
「命か? 財産か? 信用か? どれを切り捨てるつもりだ」
場の空気が、一瞬で変わった。
「いや、そこまで大げさな話では……」
「では具体的に言え」
詰め寄る騎士団長。
商会系側近は視線を泳がせた。
「……ま、まあ、細かいことはこれから詰めればいいだろう!」
王太子が割って入る。
「大切なのは方向性だ! 我々は“自由”を選ぶのだ!」
(“自由”という言葉で全部押し切るおつもりですわね)
エリシアは心の中でため息をついた。
そのときだった。
「私も、いいですか?」
澄んだ声が響く。
場の視線が一斉に集まる。
そこにいたのは――見慣れない少女。
黒髪、異国風の装い。
そして、どこか自信に満ちた瞳。
(この方は……)
エリシアは直感した。
――異物だと。
「ユイです!」
少女はにこりと笑った。
「私のいた世界では、もっとすごいことができてました!」
場がざわつく。
王太子は目を輝かせた。
「おお、ぜひ聞かせてくれ!」
「はい! まずですね――税金って、なくてもいいと思うんです!」
――沈黙。
今度は、完全な沈黙だった。
「だって、みんなが助け合えばいいじゃないですか!」
にこにこと続ける。
「困ってる人がいたら助ける。それで回ると思うんです!」
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
(来ましたわね)
エリシアは確信した。
これは――
(“理想”をそのまま現実に持ち込む方)
「素晴らしい!」
最初に拍手したのは王太子だった。
「まさにそれだ! 心で分かり合う国!」
「ですよね!」
ユイが嬉しそうに頷く。
側近たちも次々に賛同し始めた。
「確かに、税は民を苦しめてきた」
「撤廃すべきだ」
「新しい時代だな……!」
熱気が高まっていく。
エリシアは、静かに周囲を見た。
宰相は――口を開けたまま固まっている。
騎士団長は――天井を見ている。
王妃殿下は――
(……ああ)
完全に、楽しんでいる。
「エリシア」
王太子が振り向く。
「どうだ? 素晴らしい考えだろう!」
期待に満ちた目。
答えは、決まっている。
「――ええ」
エリシアは、微笑んだ。
「とても、“夢のある”お話ですわね」
それ以上でも、それ以下でもない。
その言葉の意味を――
この場で理解できた者は、ほとんどいなかった。
ただ一人。
王妃だけが、小さく扇子で口元を隠しながら。
(これは面白くなってきましたね)
と、心の中で呟いていた。




