第26話:戦わずして終わらせる
ヴァルディア商業国。
普段は、商人の声と笑いに満ちるその街は――
今、静かだった。
「配置、完了しました」
報告が上がる。
街の外縁。
見えないように、だが確実に。
ルミナス、セレーネ、ヴァルディア――三国の戦力が配置されていた。
「……見事だな」
カイルが、低く呟く。
「威圧しすぎず、隙もない」
「ええ」
エリシアは頷く。
「“見せる防衛”です」
完全な包囲ではない。
だが。
進めば、必ず止められる。
そう分かる配置。
「……来ます」
ルークの声。
遠く。
砂煙が上がる。
アルヴェリア軍。
「……」
数は、少なくない。
だが。
「統率が……」
騎士団長レオンが、目を細める。
「乱れているな」
「ええ」
ガイウスも頷く。
「命令系統が崩れています」
前に出る部隊。
止まる部隊。
迷う動き。
すでに、“軍”としての形が揺らいでいた。
「それでも」
カイルが言う。
「来るか」
「ええ」
エリシアは、静かに答えた。
「止まれないのです」
その言葉通り。
アルヴェリア軍は――進む。
◇◆◇◆◇◆
「……見えるか」
前線。
レオンハルトが、前方を睨む。
「……なんだ、あれは」
広がる光景。
整然とした防衛線。
旗はいくつも風にはためく。
「嘘だろ……周辺全国家が集結している……?」
兵士たちに大きな動揺が走る。
「包囲されている……?」
「いや……」
フェリクスが、低く言う。
「“待たれている”」
その表現が、最も正確だった。
「……」
沈黙。
その時だった。
「……止まってください!」
声が、響いた。
「……?」
全員の視線が向く。
そこに立っていたのは――
「ユイ……?」
かつての王妃。
だが今は。
ただの、一人の少女。
「……ユイ?」
レオンハルトが、困惑する。
「なぜここに」
「……来たの」
震えながら。
それでも、前を見る。
「止めに」
「……」
「お願い……」
一歩、踏み出す。
「もう、やめて」
「……」
「みんな、戦いたくないの」
「……」
「そっちも」
後ろを振り返る。
「こっちも」
「……」
「なのに、なんで……」
言葉が、震える。
「なんで戦おうとしてるの……!」
沈黙。
風が、吹く。
「……ユイ」
レオンハルトが、静かに言う。
「戻れ」
「嫌」
即答だった。
「私は、見た」
一歩、踏み出す。
「向こうを」
「……」
「ちゃんと動いてる」
「ちゃんと考えてる」
「誰も、壊そうとしてない」
「……」
「壊れてるのは……」
言葉が、詰まる。
「……私たちの方」
その一言は。
あまりにも、重かった。
「……」
誰も、すぐには否定できない。
「……違う!」
フェリクスが、声を上げる。
「それは見せかけだ!」
「違う!」
「我々を欺くための――」
「違うってば!!」
初めて。
ユイが叫んだ。
「ちゃんと見てよ!!」
「……」
「自分たちのこと!!」
「……」
「全部、人のせいにして……」
涙が、落ちる。
「それで、うまくいくわけないじゃん……!」
沈黙。
長い、長い沈黙。
その時。
「……十分です」
静かな声が、後方から響いた。
エリシアだった。
「……」
「これ以上は、不要です」
前に出る。
「……エリシア」
レオンハルトが、低く呟く。
「……あなたが」
「ええ」
視線を、まっすぐ向ける。
「終わらせに来ました」
「……」
「すでに」
一拍。
「戦いは、成立していません」
「……何?」
「兵站は遮断済み」
「指揮系統は混乱」
「補給線は不安定」
「……」
「そして」
「ここは」
「三国連盟の防衛圏です」
事実だけを、並べる。
「……」
「進めば」
一拍。
「壊滅します」
淡々と。
「……」
誰も、動けない。
それは脅しではない。
“確定した未来”だった。
「……撤退を」
エリシアが、言う。
「それが」
「唯一の選択です」
沈黙。
風が、止まる。
「……」
レオンハルトは。
初めて。
迷った。
「……」
視線が揺れる。
前。
後ろ。
ユイ。
エリシア。
「……」
そして。
ゆっくりと。
「……撤退だ」
その一言で。
すべてが、終わった。
戦火は――
一度も上がらなかった。
だが。
完全に、決着はついた。
こうして。
戦いは――
“起こる前に終わった”。




