第25話:交差する意志
夜だった。
風を切るように、ユイは馬に乗って走っていた。
「はぁ……はぁ……!」
息が乱れる。
それでも、止まらない。
「……止めなきゃ」
ただ、その一心だった。
何が正しいのかは分からない。
誰が間違っているのかも分からない。
でも。
「戦争だけは……ダメ……!」
それだけは、はっきりしていた。
だから。
向かう先は、一つだった。
「……エリシア様」
かつて、レオンハルトの婚約者だった女性。
そして。
誰よりも“正しく物事を見ていた人”。
「あなたなら……」
願うように、呟く。
◇◆◇◆◇◆
その頃。
「……確定です」
ルミナス王宮。
静かな声が、落ちる。
「アルヴェリアの戦意は、こちらに向いています」
ルークの報告だった。
「やはり、か」
カイルが頷く。
「ええ」
エリシアも、迷いなく同意する。
「他国ではなく、こちらを中心と見ています」
「理由は」
「私たちがいることを前提に、三国連携の要と判断したのでしょう」
「……的確だな」
「ええ」
短い肯定。
「だからこそ」
エリシアは続ける。
「こちらも、的確に対応します」
「方針は」
「迎撃」
一拍。
「ただし」
「戦わせない形で」
その言葉に。
全員が、わずかに目を細めた。
「具体的には」
ガイウスが問う。
「まず」
エリシアは整理する。
「周辺各国へ、侵攻の自制を要請」
「……攻めない?」
「ええ」
頷く。
「過剰反応は、相手の正当化材料になります」
「なるほど」
「我々はあくまで、防衛」
その線は、絶対に崩さない。
「各国には、『旗』の提供のみを要請します。」
「旗?」
「はい。周辺全国家が意思を統一していることを示します。
加えて、場合によっては軍容を大きく見せることも考えられます」
「次に、戦力の集中」
「場所は?」
「ヴァルディア商業国」
あの、交易の要衝。
「……経路か」
カイルが理解する。
「ええ」
「アルヴェリアが動くなら、必ず通る」
「ならば、そこで止める」
明確だった。
「戦場を限定する、か」
「はい」
「民間被害を最小限に抑えられます」
その一言で。
全員の意識が揃う。
「……いい判断だ」
ローデリック王が頷く。
「では、ヴァルディアへ」
「ええ」
動きは、決まった。
その時。
「……人影が」
外の警備が、声を上げる。
「止まれ!」
「待って!」
かすれた声が、響く。
全員が、振り向く。
「……ユイ?」
そこにいたのは――
息を切らし、泥にまみれた少女だった。
「……エリシア様……!」
そのまま、崩れるように膝をつく。
「お願い……!」
「戦争を……止めて……!」
静寂。
全員の視線が、エリシアに集まる。
エリシアは、ゆっくりと近づいた。
「……お久しぶりですわね」
声は、変わらない。
静かで、落ち着いている。
「エリシア様……!」
「まず」
そっと手を差し出す。
「立てますか?」
「……」
ユイは、その手を取った。
震えている。
「……怖かったでしょう」
「……うん」
小さく、頷く。
「でも……」
「戦争だけは……ダメ……!」
同じ言葉。
だが今度は、確かに届く。
「……ええ」
エリシアは、静かに頷いた。
「その通りです」
「……え?」
ユイが、目を見開く。
「私たちも」
一拍。
「そのつもりで動いています」
「……」
「戦わせないために」
「止めるために」
「準備しています」
言葉が、落ちていく。
「……本当に?」
「ええ」
迷いはない。
「民を傷つけることは、避けます」
「……」
ユイの目に、涙が浮かぶ。
「……よかった……」
力が抜ける。
「……でも」
エリシアは、続ける。
「何もせずに止まる段階は、過ぎています」
「……」
「ですので」
「迎え撃ちます」
はっきりと。
「ただし」
「終わらせるために」
その言葉は――
優しくて、冷静だった。
「……私に、できることある?」
ユイが、顔を上げる。
その目は、まだ揺れている。
だが――
逃げてはいない。
「……あります」
エリシアは、答えた。
「あなたにしか、できないことが」
その意味を。
まだ、誰も完全には理解していない。
だが。
戦いは、決まった。
場所は、ヴァルディア。
目的は、迎撃。
そして――
“終わらせること”。




