第22話:静かなる戦備
報せは――
静かに届いた。
「失礼いたします」
扉が、軽く叩かれる。
王太子の執務室。
「どうした」
カイルが顔を上げる。
「外部からの報告が」
差し出されたのは、一通の書簡。
封蝋は、見慣れないもの。
だが――
「……来ましたか」
エリシアが、小さく呟いた。
それは。
アルヴェリア王国に潜ませていた間諜からの報告だった。
カイルが目を通す。
そして。
表情が、変わる。
「……戦争準備」
低く、言葉が落ちる。
部屋の空気が、一瞬で変わった。
「対象は」
エリシアが問う。
「特定はされていない」
「だが」
視線を上げる。
「“外部の干渉”を理由に、軍備を進めている」
「……」
短い沈黙。
「来ますわね」
エリシアが、静かに言った。
断定だった。
「ああ」
元国王アルベルトも頷く。
「内側で崩れた国は、外に原因を求める」
「典型ですわ」
クラリスも、淡々と続ける。
「……どう動く」
カイルが問う。
その声に、迷いはなかった。
「まず」
エリシアが口を開く。
「情報の共有を」
「共有?」
「ええ」
頷く。
「我々だけで抱えるべきではありません」
「対象は?」
「ヴァルディア商業国」
「そして」
「セレーネ水都連邦」
道中で通過した、あの二つの国。
「……なるほど」
カイルが頷く。
「どちらも影響を受ける位置にある」
「ええ」
エリシアは続ける。
「そして」
一拍。
「“理解できる国”です」
その意味を、誰もが理解した。
感情ではなく、構造で判断できる国。
「すぐに連絡を」
カイルが指示を出す。
「はっ!」
動きは、早い。
だが――
決して慌ててはいない。
「……あなた」
クラリスが、静かに言う。
「分かっている」
アルベルトが頷く。
「これは」
一拍。
「局地では終わらん」
「ええ」
クラリスも同意する。
「だからこそ」
エリシアが言葉を継ぐ。
「“備え”が重要です」
「具体的には」
カイルが問う。
「防衛の再確認」
「兵站の確保」
「情報網の強化」
迷いなく、並べる。
「そして」
一瞬だけ、視線が鋭くなる。
「“迎撃ではなく、抑止”を前提に」
「抑止……」
「ええ」
静かに頷く。
「戦わせないための準備です」
その言葉に。
ルークが、わずかに目を細めた。
(……戦わないための戦備)
矛盾しているようで。
だが――
(正しい)
理解できる。
数日後。
「各国からの返信が来ました!」
伝令が戻る。
「早いな」
「はい!」
「両国とも、即応とのことです!」
ヴァルディア商業国。
セレーネ水都連邦。
どちらも、すでに動き始めていた。
「……賢明ですわね」
エリシアが、小さく呟く。
「状況は共有済み」
「共同での警戒体制に入るとのことです」
「これで」
カイルが、ゆっくりと息を吐く。
「三国連携か」
「ええ」
エリシアは頷く。
「受けて立つのではなく」
「整えて待つ」
その言葉通り。
動きは、すでに始まっていた。
兵は配置され。
物資は整理され。
情報は繋がる。
無理はしない。
だが、隙はない。
「……見事ですな」
ガイウスが、ぽつりと呟く。
「ええ」
騎士団長レオンも頷く。
「これなら、崩れない」
その確信があった。
一方で。
「……」
ルークは、静かにエリシアを見ていた。
指示を出し。
全体を整え。
それでいて、前には出ない。
(この人は……)
戦いを望んでいない。
だが。
戦いを避けるための準備は、誰よりも正確だ。
ふと。
エリシアが視線に気づく。
「……何か?」
「いえ」
ルークは、軽く頭を下げた。
「ただ」
一拍。
「頼もしい、と」
その言葉に。
エリシアは、ほんのわずかに微笑んだ。
「ありがとうございます」
それだけ。
だが。
そのやり取りは――
確実に、何かを進めていた。
こうして。
三つの国は、静かに備える。
迫り来る嵐に対して。
慌てることなく。
恐れることなく。
ただ、確実に。
“戦わずして勝つ”ために。




