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第20話:前に進む議論、後ろから来る報せ

 ルミナス王国での議論は止まらなかった。

 だが、それは対立ではない。


「この制度ですが」

 現地の官僚が口を開く。

「拡大するには、まだ基盤が弱いのでは」

「ええ、その通りです」

 エリシアは、即座に頷いた。

 否定しない。


「では、どう補強するか」

 自然と、次の問いに進む。

「段階を分けるのはどうでしょう」

「ほう」

「まずは都市部に限定し、運用を安定させる」

「その後、地方へ展開」

「ええ」

 話が、前に進む。


「だが、それでは時間がかかる」

 別の者が口を挟む。

「一気に広げるべきでは?」

「その場合のリスクは?」

 元宰相ガイウスが静かに問う。


「……運用の崩壊、でしょうか」

「ええ」

 短く頷く。

「では、どちらを取るべきか」

 問いが返る。


 沈黙。


 考える時間。

 急かされない。

「……段階的に、ですな」

 最初に提案した官僚が、ゆっくりと答える。

「リスクを制御しながら進めるべきです」

「同意します」

「私もです」


 意見が揃う。

 無理にではない。

 納得して。

「では、それで進めましょう」

 結論が出る。


 誰もが理解している。

 なぜその結論に至ったのかを。

「……いい議論でした」


 カイル王太子が、素直に言う。

「ええ」

 エリシアは微笑む。

「“前に進むための議論”でしたから」


 一方で。

「……あなた」

「なんだ」

 元王妃クラリスが、静かに声をかける。

「この国の方々、素直ですわね」

「ああ」

 元国王アルベルトも頷く。

「意見を出し、聞き、変える」

「簡単なようで、難しいことです」

「だからこそ、価値がある」


 短い会話。

 だが、深い。


「……」

 少し離れた場所で。

 王太子の側近ルークが、静かに記録を取っていた。

 視線が、時折エリシアに向く。

(無理に導いていない)

 それでも、結論はまとまる。


(……すごいな)

 その評価は、確信に変わりつつあった。


 その時だった。

「……失礼いたします」

 扉が、静かに叩かれる。

 緊急を感じさせない、整った所作。


 だが――

「何か?」

 カイル王太子が応じる。

「報告が」

 短い言葉。

 だが、空気が変わる。


 書簡が手渡される。

 王太子が目を通し――

 わずかに、眉をひそめた。

「……どうしました」

 フィオナ王太子妃が問う。


「……いや」

 一拍。


「少し、気になる報せだ」

「どのような?」

 エリシアが静かに問う。

 声は変わらない。

 だが、視線は鋭い。


「アルヴェリア王国――」

 言葉を選ぶ。

「……以前、あなた方がいた国の話だ」

 その一言で。


 場の空気が、静かに張り詰めた。

「市場が混乱しているとのことです」

「……」

「物流の遅延、価格の不安定化」

「……」

「詳細はまだ不明ですが」

 一拍。

「“機能不全の兆候あり”と」

 沈黙。


 だが、それは動揺ではない。

 思考の沈黙。


「……そうですか」

 エリシアは、静かに答えた。

 それだけ。


「驚かれませんのね」

 エレノア王妃が、わずかに目を細める。


「ええ」

 エリシアは頷く。

「兆候はありましたので」


「……あなた」

 元王妃クラリスが、小さく呟く。

「ええ」

 元国王アルベルトも頷く。

「想定内だな」


 短い確認。

「……対応は」

 カイル王太子が問う。

 その問いは、慎重だった。


「現時点では」

 エリシアは、迷いなく答える。

「何もしないのが最善です」

「……理由を」

「情報が足りません」

 即答だった。


「断片的な情報で動くと、誤る可能性が高い」

「……なるほど」

「それに」

 一拍。

「今は、こちらを優先すべきです」

 視線は、議論の場へ戻る。


「中途半端な関与は、双方にとって害になります」

 その判断に。

「……同意します」

 王太子が頷いた。


「では」

 元王妃クラリスが、静かに言う。

「まずは、こちらを整えることに集中しましょう」

「ええ」

 全員が頷く。

 議論は、再開された。


 先ほどと同じように。

 前に進むための議論が。


 だが。


 空気のどこかに――

 わずかな影が落ちている。

 それは、不安ではない。

 予感だ。


 遠くで、何かが崩れ始めている。

 まだ見えない。

 だが確実に。

 そしてそれは、やがて――

 無関係ではいられなくなる。

 一方で。


 王太子の側近ルークは、静かに記録を取りながら思う。

(この人たちは)

 混乱の報せにも、揺れない。

(……強い)

 それは力ではない。


 判断の強さ。

 ふと。

 再び、エリシアと目が合う。


 今度は、ほんのわずかに――

 互いに、頷いた。

 言葉はない。

 だが。

 信頼は、確かに深まっていた。

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