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第19話:見えているもの、見えていないもの

 混乱は――

 もはや、隠せるものではなかった。


「なんで昨日と値段が違うんだよ!」

「仕入れが安定しないんです!」

「じゃあなんで隣は安いんだ!」

「それは……!」

 市場は、怒号に満ちていた。


 同じ商品。

 同じ日。

 だが、値段はバラバラ。


「パンがない!」

「朝はあっただろ!」

「昼には売り切れたんだよ!」

「入荷は!?」

「分からない!」


 物流は、まだ“止まってはいない”。

 だが――

 “繋がっていない”。


「薬が届いていないのですが!」

「発送はされています!」

「届いていません!」

「記録では――」

「記録の話をしてるんじゃない!」


 言葉が、噛み合わない。

 人々は、気づき始めていた。

 これは“混乱”ではなく――

 “機能していない”のだと。


「最近、おかしくないか……?」

「いや、前から少しはあったけど……」

「これは違うだろ」

 声が、変わる。

 戸惑いから、疑念へ。


「どうなってるんだ、この国は」

 誰かが、ぽつりと呟いた。


 その言葉に――

 誰も、反論できなかった。




 一方、王城。

「落ち着け!」

 レオンハルトの声が響く。

「一時的な混乱だ!」

 力強い断言。

「すぐに安定する!」


 その言葉に。

「はい!」

 側近たちは、迷いなく頷く。


「報告によれば、流通は維持されております」

「問題ありません!」

「むしろ、自由度が上がった結果の調整期間です!」

 報告は、整っている。

 数字も、まだ崩壊していない。


 だから。

「ほら見ろ!」

 王は胸を張る。

「問題などない!」


「ねえ……」

 ユイが、少しだけ不安そうに言う。

「街、ちょっと変じゃないですか?」

「気のせいだ」

 即答だった。

「変わるときは、多少の揺れがあるものだ」

「でも……」

「大丈夫だ」

 優しく、しかし断定的に。

「すぐに良くなる」


 その言葉は――

 嘘ではなかった。

 ただ。

 根拠がなかった。


「王がそう言ってるんだ」

「じゃあ大丈夫だろ」

「そのうち落ち着くよ」

 まだ、信じる者も多い。


 だが。

「……本当に?」

 小さな疑問が、消えない。


「昨日、商売できなかった」

「今日は半分だ」

「明日は?」

「……分からない」


 生活は、すでに揺らいでいる。

「なんで、こんなことに……」

 誰も、答えを持っていない。


 そして。

 最も大きな問題は――

「話が通じない」

 それだった。


「困ってるんです!」

「だから対策は進んでいる!」

「今が困ってるんだ!」

「だから――」

 会話が、成立しない。


 王宮は、“全体”を見ているつもりだった。

 だが。

 現場は、“今”を見ている。


 そのズレは、致命的だった。

「もう、無理だろ……」

 誰かが、呟く。

「いや、まだ……」

「でも……」

 言葉が、揺れる。


 不満は、静かに広がっていく。

 怒りではない。


 まだ、そこまでではない。

 だが。


 確実に。

「……おかしい」

 その一言が、共通認識になり始めていた。




 一方、王城。

「問題ない」

 王は、再び言い切る。

「我々は正しい道を進んでいる!」

 その声は、変わらず力強い。


 だが。

 その言葉はもう――

 外には届いていなかった。


 国民と王宮。

 同じ国にいながら。

 見ているものは、完全に違っていた。


 その断絶は。


 もう、修復できる段階を過ぎつつあった。

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