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第18話:ズレは、隠せなくなる

 最初は――

 ただの“偶然”だった。


「……またか」

 文官が、書類を見て眉をひそめる。

「どうした?」

「同じ申請が、二重に通っている」

「は?」

「両方とも承認済みだ」

「誰が?」

「……分からん」

 沈黙。


「……まあ、いいか」

 その一言で、流される。

 まだ、その程度だった。


「資材が届かないんだが!」

「いや、発送済みだぞ!」

「来てない!」

「記録では来てる!」

「どっちだよ!」

 現場の声は、少しずつ荒くなっていく。

「……確認する」

「誰が?」

「……」

 答えが、出ない。


「最近、変じゃないか?」

 市場でも、そんな声が増えていた。

「なんか、同じ物なのに値段が全然違うんだよ」

「店ごとにバラバラだな」

「安いところもあるけど、急に消えたりするし……」

 安定していたはずの流通が、微妙に歪み始めていた。



「……数字が合わない」

 役所の一室。

 帳簿を睨む男の手が止まる。

「どこがだ?」

「収入は増えている」

「いいことじゃないか」

「だが」

 一拍。


「支出も増えている」

「……同じくらいか?」

「いや」

 首を振る。

「“読めない”」


 以前なら。

 どこに何が使われているか、把握できていた。

 だが今は。

「この増え方……何に使ってる?」

「分からん」

「報告は?」

「上がってこない」

「……なぜだ」

「分からん」

 同じ言葉が、繰り返される。


「多少の混乱はある!」

 王城では、変わらぬ声が響く。

「だが問題ない!」

 レオンハルトは、堂々と言い切った。

「新しい体制に移行しているのだからな!」

「はい!」

 側近たちも頷く。

「むしろ順調です!」

 その言葉に、誰も異を唱えない。


 だが。

「……順調、か?」

 小さな声が、紛れ込む。


 すぐに、かき消される。

「気のせいだよ」

「変わるときはこんなもんだ」

「前より良くなってるだろ?」

 周囲は、そう言う。


 だが。

(……本当に?)

 疑問は、消えない。


 その頃。

 大商会グランド商会の屋敷では。

「積み込み、完了しました」

「そうか」

 当主は、静かに頷いた。

「すべて、か?」

「はい。主要資産はすべて移動済みです」

「残るものは?」

「最低限の拠点のみ」

「……よし」

 一拍。


「これで、いつでも切れる」

「本当に、これでよろしいのですか」

 若い番頭が問う。

「今なら、まだ利益は出せます」

「出せるだろうな」

 当主は、あっさり認めた。


「だが」

 ゆっくりと、外を見る。

「“今だけ”だ」

「……見えるのですか」

「見えるな」

 短く答える。

「崩れる形が」

「……」

「まだ崩れていない」

 だからこそ、分かりにくい。

「だが、もう止まらん」

 断言だった。


「では、なぜ残すのですか」

「残る者がいるからだ」

 視線を戻す。


「止めはしない」

「……」

「だが、守りもしない」

 それが、彼の選択だった。



 街では。

「最近、ちょっと困ること増えたよね」

「うん……なんか噛み合わないっていうか」

「でもまあ、大丈夫でしょ!」


 まだ、笑っていられる。

 まだ、“その程度”だ。


 だが。


 確実に。

 確実に――

 何かが、ずれている。


 そしてそれは、もう。

 “気のせい”では済まされないところまで来ていた。


 誰もが、うすうす気づき始めている。


 だが。

 まだ、認めない。

 認めたくない。


 だから。

 そのズレは――


 さらに積み上がる。

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