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第11話:道中につき、少しだけ寄り道を

 旅は、順調だった。

 あまりにも順調すぎて――

「……寄り道、いたしますか」

 そんな提案が、自然と出る程度には。



■第一の国:香りと甘味の国 ヴァルディア商業国


「わあ……!」

 馬車を降りた瞬間、令嬢たちから歓声が上がった。

 通りには色とりどりの布。

 香辛料の匂い。

 見たこともない菓子が並ぶ露店。


「なにこれ……すごい……!」

「全部欲しいですわ……!」

「落ち着きなさい」


 そう言いつつ、エリシア自身も少しだけ目を細めている。

(確かに、興味深いですわね)

 隣では。


「お嬢様、これ、食べられますか?」

 侍女が差し出したのは、鮮やかな色の菓子。

「……毒ではありませんわよね?」

「多分」

「“多分”はやめなさい」


 しかし結局。

「……少しだけ、いただきます」

 ぱくり。

 一瞬の沈黙。


「……甘いですわね」

「甘いですね」

「とても甘いですわ」

「はい、とても」


 二人で真顔のまま頷いた。

「……楽しそうだな」

 レオンが、腕を組んで呟く。

「ええ」

 ガイウスも頷く。

「非常に」


 令嬢たちは完全に観光客だった。

 笑い、驚き、あれこれと見て回る。

 その様子は、これまでの彼女たちからは想像もつかない。

「……ああいう顔もするのだな」

「人間ですからな」

 淡々とした会話。

 だが、その口元は少しだけ緩んでいる。


 一方、そのさらに奥。

「……あなた」

「なんだ」

「この布、どう思われます?」

 クラリスが、軽やかな色の布を手に取る。

「似合うのではないか」

 即答だった。

「まあ、即答ですのね」

「似合うからな」

 何の迷いもない。


 クラリスは、少しだけ頬を緩めた。

「では、購入いたしましょうか」

「そうだな」

 自然な流れで、二人の距離が近い。

 やたらと近い。



「……」

 少し離れた場所で。

「……」

「……」

 エリシア、ガイウス、レオンが、無言で同じ方向を見ていた。

「……見なかったことに」

「賛成です」

「異議なしだ」

 即時決議された。



■第二の国:水と音楽の国 セレーネ水都連邦


 次に立ち寄った国は、運河と音楽で知られる場所だった。


「……素敵ですわ」

 リディアが、思わず呟く。


 水面に映る街並み。

 どこからか聞こえる楽器の音。

「なんだか、物語みたい……」

「ええ、本当に」


 令嬢たちは、完全に心を奪われていた。

「船に乗れるそうですわ!」

「乗りましょう!」

「乗りましょう!」

 即決だった。


「……乗るのか」

 レオンがぼそりと呟く。

「乗るようですな」

 ガイウスも淡々と答える。

「護衛は?」

「もちろん付けますが……」

 二人で視線を向ける。


 船に乗り込む令嬢たち。

 そして――

「あなた、こちらですわ」

「ああ」

 手を取り合って乗り込む元国王と元王妃。

 自然すぎる動きだった。


「……」

「……」

「……」

 三人、再び沈黙。


「……あれは、護衛が必要なのか?」

「別の意味で必要かもしれませんな」

「何のだ」

「精神的な」

「……ああ」


 船は、ゆっくりと水面を進む。

 風が心地よい。

 音楽が、遠くから流れてくる。

「……良いですわね」


 クラリスが、静かに言う。

「ああ」

 アルベルトも頷く。

「こういう時間も、悪くない」

「ええ、本当に」


 肩が触れる。

 離れない。

 むしろ、微妙に近づいている。


「……あの」

 リディアが、小声でエリシアに囁く。

「お二人、あの……」

「見てはいけません」

 即答だった。


「ですが」

「見てはいけません」

「……はい」

 従うしかなかった。


「……」

 エリシアは、そっと視線を逸らした。

 そして。

(……楽しそうですわね)

 ほんの少しだけ、微笑む。


 ガイウスは、目を閉じた。

(……胃に優しい環境のはずなのだが)

 なぜか別の意味で疲れている気がする。


 レオンは、空を見上げた。

(……まあ、いいか)

 それ以上考えるのをやめた。


 こうして。

 彼らは、二つの国を巡り。

 食べて、見て、笑って。

 ほんの少しだけ、浮かれて。


 そして。

「次が、目的地ですわね」

 エリシアが、静かに言う。

「ええ」

 全員が頷く。


 旅は、終わりに近づいている。

 だが――


 その空気は、どこか軽かった。

 責任を手放した者たちの旅は。


 どこまでも穏やかで。


 どこまでも自由で。


 そして――



 少しだけ、甘かった。

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