※第70話 これではまったく出番がないじゃないか……!
「あっ! こ、これは……まさか、あのミシンではありませんか!」
あまりの驚きと感動のためか、妻の目がこれでもかというほど大きく見開かれる。
俺は誇らしげに胸を張り、自慢のミシンへと優雅に手を向けてみせた。
「どうだ、シーナさんが書いた設計図の通りに、職人たちを総動員して完璧に再現させてみたぞ! 見てくれ、この見事なミシンを! 厳選された最高級の鋳物を贅沢に使い、職人泣かせの美しい艶消しの黒で仕上げさせてもらった。ずっしりとした重厚感があるから、高速で針を動かしても微動だにせず、ブレない安定感抜群の設計になっているんだ!」
「すごいですね……。まさか、また本物のミシンをこの目で見ることができるなんて……」
妻が何やら意味深で気になることを呟いたが、今はそんな些細なことにかまっていられない。
まだまだ説明しなければならないことが山ほど残っているのだからな!
「それだけじゃないぞ! 布を送り出す歯車と連動する機構も極限まで滑らかに調整させてある。ペダルを踏み込めば、驚くほどすいすいと布が後ろに送られる。手縫いとは比較にならない圧倒的な速さで、美しくほつれることのない頑丈な縫い目が仕上がるんだ!」
これは、実際に夜な夜な自分でミシンの特訓を重ねて極めた俺だからこそ、心の底から胸を張って言える台詞だ!
何を隠そう。今こうして俺が身にまとっているこの服こそ、すべて自分自身の腕で縫い上げたものなのだから。
領地のすべての面倒な仕事を執事のウィリアムに押し付け、わざわざ腕利きの仕立て屋を屋敷に呼びつけて一から製法技術を学んだ。
ウィリアムには「旦那様、さすがにそれはあまりにも無慈悲すぎます……」と何度も泣きごとを言われたりもしたものだ。
しかし、俺は一切その愚痴を聞き流し、血の滲むような猛努力の末にようやくこの技術を自分のものにしたのだ。
……あのときの言い知らぬ達成感と感動は、一生忘れることがないだろう。
少しの間、過去の苦労に浸りながら感傷にふけり……ふと妻に視線を移すと、彼女はうっとりとした熱っぽい目でミシンをじっと見つめていた。
(よし、そろそろ頃合いだな。ここからはいよいよ、俺が先生となって彼女に優しくミシンの操作方法を指南してやるとしよう!)
「ふっ、ではシーナさん。さっそくだが、このミシンの――」
「あのっ! いきなりで申し訳ないのですが、今すぐこれを使わせてもらってもいいですか!? 実は以前から、どうしても自分の手で縫いたいと思っていた服があるんです!」
勢いよく、彼女はキラキラと輝く瞳で俺を見上げてきた。
「えっ……? あ、あぁ、もちろん構わないとも!」
なんだ、すでに縫いたい具体的な服の予定があったのか。
「では、すぐにとってきますね!」
妻はパタパタと軽やかな足取りで部屋を飛び出すと、あっというまに戻ってきた。
その小脇には、何やら洋服のパーツのような布地がしっかりと抱えられている。
「実は、これを仕立てたいとずっと考えていたのです。でも、毎日仕事が忙しくて、なかなか針仕事をする時間が取れなかったのですよ!」
バサッと音を立てて広げられたのは、上品な紺色の布地だった。よく見ると、すでに綺麗にズボンの形に合わせて裁断されている。
(えっ……!? まさか、自分で生地の裁断まで済ませていたのか……? ていうか、そもそも我が妻は、こんな本格的な服を自力で仕立てる技術なんて持っていたのか……?)
驚きで俺が固まっている間に、いつの間にか彼女はミシンの前に椅子を引き寄せて軽やかに腰掛けていた。
(まさか、いきなり縫うつもりなのか!?)
「それでは、さっそく縫わせていただきますね!」
まるで、このミシンの使い方など最初からすべて熟知していると言わんばかりに、妻は迷いのない手つきでダダダダッと目にも留まらぬ速さで布を縫い上げていく。
その洗練された手際と流れるような腕前は、驚いたことに、ついさっきまでドヤ顔で語っていた俺よりも格段に上だった。
(そ、そんなバカな……!? 折角この俺が、カッコよくミシンの使い方を指南しうようと意気込んでいたのに……これではまったく出番がないじゃないか……!)
あっという間に、見事なズボンの形を完璧に縫い上げたところで、妻は顔を上げて満面の笑みを向けた。
「ありがとうございます、カイルさん! こんなに素敵なミシンを私にプレゼントしていただけるなんて……本当に、心から感謝いたします!」
パッと頬を赤らめ、目をキラキラと輝かせながらじっと見つめてくる妻。
その破壊力抜群の可愛い姿に、俺は思わずその場で息が詰まりそうになる。
「っ……! い、いや……。そ、それくらい、別になんでも……ない、さ」
「そんなことありませんよ~。この特製のミシン、形にするの相当ご苦労されたのではありませんか?」
「う、うむ。まぁ、な。だが、そんな苦労なんて気にする必要はまったくない!」
なにしろ、俺は妻のとびきりの喜ぶ笑顔を見たかっただけなのだから。
「本当に、すごく嬉しいです……! お礼というわけではありませんが、今夜は私から心づくしのおもてなし御馳走を用意させていただきますから、どうぞ楽しみにしていてくださいね!」
「あ、あぁ……。楽しみにしているよ」
俺は笑顔で頷いた。
この夕食が、俺と妻の運命を大きく変えるきっかけになるとは思いもせずに――




