※第69話 まずは、その目で見てもらおうか
荷馬車を屋敷の前に止めて御者台から降りると、俺は親切に妻へと優しく手を差し伸べた。
しかし、彼女はヒラリと見事な身のこなしで、俺の手をすり抜けるように華麗に御者台から飛び降りてしまう。
「……」
宙ぶらりんになってしまった自分の手を空しく見つめていると、妻はまったく悪びれず、満面の笑顔でお礼の言葉を述べてきた。
「馬車に乗せていただき、本当にありがとうございました」
「い、いや……これくらい、どうってことはない。そ、そうだ! それより、荷馬車から大事な荷物を降ろさせてくれ」
「わかりました。それでは、私はお客様のお部屋の準備をしてきますね」
小さく会釈すると、彼女は身をひるがえして足早に去っていく。
「……」
後ろに結わえた長いブロンドの髪をサラサラと揺らしながら、遠ざかっていく妻。
その背中をぼんやりと見つめ、ふと思った。
このままどんどん俺の手の届かない遠くへ行ってしまうのではないだろうか……?
(いいや! 大丈夫だ! 俺たちはまだ離婚していない! まぎれもないれっきとした夫婦なのだからな!)
強く自分自身に言い聞かせ、気を取り直すと一人で荷物の荷下ろしを始めた――
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「くそっ……! それにしても、このミシンは一体どれだけ重いんだ……!」
上質の布をかけられたミシンを引きずるようにしてどうにか持ち上げながら、俺は激しく後悔していた。
(こんなことなら、荷物を載せる小さな手押し車も一緒に馬車に積んでくればよかったんだ……! なんで、こんな肝心なことに気づかなかったんだ俺は……!)
なんたって、本体の重さは優に四十キロ以上はある。
積み込むときに執事のウィリアムに対して「もっと丁寧に扱えよ!」などと偉そうに命令したものの、現地でいざ下ろすときの苦労まで頭が回っていなかったのだ。
「くそっ! 本当に……お、重すぎるだろ……!」
自分の浅はかな計画性のなさを心の中で激しく呪いながらヒーヒー言いつつミシンを運んでいると、突然背後から声がかけられた。
「随分と重そうですね、お荷物お持ちしましょうか?」
「おっ、助かる! では、お願いしま……す」
やった!
満面の笑顔で勢いよく振り返った瞬間。
俺の顔の筋肉は凍りつき、みるみる険しいものに変わっていった。
声をかけてきたのは、よりによってあの鼻につく生意気な若造――ジャックだったからだ。
「おや? 何ですか、その露骨にイヤそうな顔は? ……あ、別にいいんですよ? 気が乗らないなら無理しなくて。俺は、あなたが重くて困っていようと知ったこっちゃないので」
ふんぞり返るような憎たらしい態度に、カチンとキレそうになる。
(こいつめ……! 俺が一体何者だと思っているんだ!? だが……ここは我慢だ! このミシンは、最愛の妻にプレゼントするための大切な品なのだから、こんなクソガキの挑発に乗っている場合じゃない……!)
「あ、ああ……。た、頼む……」
「カイルさん! お待たせいたしました、お客様のお部屋の用意が整いましたよ!」
屋敷の中から妻が出てきた。
その瞬間。
若造の態度はまるで別人のようにコロッと劇的に変わり、さっきまでのふてぶてしさはどこへやら。
満面の爽やかな笑顔を浮かべてミシンの反対側をヒョイと持ち上げた。
「カイルさん、それでは一緒に運びましょう。結構重いですからね、お手伝いいたしますよ」
「ありがとう、ジャック。カイルさんの荷物運びを手伝ってくれて」
「い、いえ……! これくらい、お役に立つのは当然のことですから!」
真っ赤に耳まで染め上げながら、返事をする若造。
(こいつめ……! この態度、完全に妻に惚れ込んでいるな!? おいおい、分かっているのか? 彼女は俺の妻なんだぞ!)
本当なら今すぐ、「おい若造、俺の妻にあまり変な色目を使うな!」と大声で怒鳴りつけてやりたいところだが、ぐっと奥歯を噛み締めて我慢する。
見たところ、どうやら若造の一方的な片思いの空回りのようだしな。
それに、これからせっかくお世話になる妻の宿屋だ。
こんな下らないことで村の連中と無駄な波風を立てて、彼女を困らせるような真似だけは絶対に避けなければならない。
「そういえばカイルさん。その大切そうに運んでいらっしゃるお荷物は、一体何なのですか?」
ミシンを抱えてヨロヨロと歩く俺たちに、ついて歩く妻。
「あぁ、これこそシーナさんの為に持ってきたプレゼントですよ」
「えっ……! この大きな品物が、私へのプレゼントなのですか!?」
それを聞いたジャックが「チッ……」と聞こえよがしに小さく舌打ちしたが、俺は一切無視をきめこんだ。
「そうだ。これは、あるものを作るとき大変重要な役割を果たしてくれる品物なのだ」
「え!? そうなのですか? そんなすごい物を頂けるのですか?」
目をキラキラと輝かせながら、嬉しそうな期待に満ちた表情を浮かべる妻。
そんな彼女を見ているだけで、こちらも幸せな気分になってくる。
ちらりと隣の若造に視線をやれば、あからさまに面白くなさそうな不機嫌な顔をしていた。
(フフン。どうだ、分かったか? 妻はお前なんか、眼中にないんだよ)
「それじゃあ、この荷物はどこに運び入れればいいかな?」
「そうですね……では、とりあえずホールの中央に置いていただけますか?」
「わかった。よし、運ぶぞ」
俺は反対側をガッチリと掴んでいる若造に声をかけた。
「はい……」
あからさまに不満タラタラといった様子で面白くなさそうに返事をしているが、どうせ目の前に妻がいるから猫をかぶって良い子を演じているのだろう。
二人で息を合わせて力を振り絞り、どうにかミシンを屋敷のホールへと運び入れたところで、妻はハキハキとした声で若造に言った。
「ジャック、重い荷物を手伝ってくれて本当に助かったわ。ありがとうね」
「い、いえ……! シーナ様のお役に立てたなら、それだけで光栄です」
顔を真っ赤に染める若造。
……分かりやすすぎるだろう?
「それじゃあ、もう大丈夫だから、そろそろ役場の仕事に戻ってくれる? 今日はまた新しい移住希望の方々が来ることになっているから、窓口を頼むわね」
「……は、はい……わかりました……」
若造は未練タラタラの様子でガクリと肩を落とす。
去り際に俺のほうをジロリと殺意すら感じる目で鋭く睨みつけてから、すごすごと部屋を出て行った。
――バタン。
若造が出ていき、扉が閉じられるとさっそく妻が話しかけてきた。
「それで、カイルさん。この布に包まれた大きな機械は、いったい何というものなのでしょうか?」
「フフフ……説明するよりもまずは、その目で見てもらおうか。これだ!」
バサッ!
布を一気にはがすと、妻の目が驚きで見開かれた――




