※第68話 お前は……いったいどこまで、俺の心をかき乱すつもりなんだ……っ!?
ガラガラガラガラ……。
俺と妻を乗せた古びた荷馬車は、乾いた車輪の音を立てながら活気あふれるサンドリー村の通りを進んでいく。
「あ、こんにちは、シーナ様!」
「シーナ様、今日もごきげんよう!」
「あ、シーナ様! もうすぐ新しい子供が生まれるんです。その時はぜひ、名付け親になってくださいね!」
村中を歩くあちこちの民たちが、我が妻の姿を見かけるたびに次々と気さくに声をかけてくる。
その度に、彼女は満面の笑みを浮かべて、親しげに会話を交わしていく。
……そのせいで、すぐ隣の御者台に座っているというのに、俺はまったく彼女と会話をすることもできずにいた。
(まったく……。うちの妻は、一体どうしてこうも村中の人気者なんだ……。だが、忘れるなよ、相手は俺の妻だぞ! あまり馴れ馴れしく、気安く話しかけるんじゃない!)
内心で激しい苛立ちを募らせながら手綱を強く握りしめていると、突然トントンと肩を軽く叩かれた。
「えっ……!?」
びくっと驚いて振り返ると、そこには目を丸くした妻が心配そうにこちらを覗き込んでいる姿があった。
「な、な、なんだ一体!?」
ドギマギしながら慌てて返事をすると、妻は首を傾げた。
「カイルさん、先ほどからいったいどうされたんですか? 何度も隣から話しかけているのに、なんだかずっと上の空でしたよ。……もしかして、お仕事のことをずっと考えていらっしゃるのですか? もし商売がお忙しいなら、宿泊のお話は取りやめにしていただいても構いませんよ?」
「い、いや! 全然大丈夫だとも! この村があまりにも素晴らしく発展しているから、感心して色々と考えていただけさ」
とっさにわざとらしい愛想笑いを浮かべてごまかした。
まさか、「お前のことばかり考えていて上の空だった」などと、口が裂けても本人に言えるはずがない。
「そうですか? そんなにこの村を気に入っていただけたのですか? ありがとうございます!」
パッとまるで大輪の花が咲いたかのように、彼女が嬉しそうに笑った。
「……っ!」
な、なんてことだ。
その無防備で最高に可愛い笑顔は……はっきり言って、反則だろう……!
(お前は……いったいどこまで、俺の心をかき乱すつもりなんだ……っ!)
「あの……カイルさん、どうかされました?」
「えっ!? な、何がだ!?」
「いえ、さっきからずっと私の顔をじっと見つめていらっしゃるので……私、何か顔についていますか?」
そう言いながら、彼女はペタペタと両手で自分の頬を触って確かめる。
「ぐっ……!」
やめろ……!
そんな無自覚に愛らしい真似をするんじゃない!
「い、いや! 別に何でもない! そ、それよりもだ、この村のまわりをすっぽりと覆い尽くしているあの巨大な板塀は一体なんだ……?」
慌てて視線をそらし、目の前の景色について無理やり話題を振った。
「あぁ、あれですか? あれは村の治安をしっかりと守るためです。村全体を頑丈な板柵で囲っておけば、夜間は頑丈な扉を閉めるだけで、みんなが安心して眠ることができますからね」
その理路整然とした返答に、心の底から度肝を抜かれた。
「なんだって……!? サンドリー村は、そんなにも物騒で危険な場所だったのか!?」
なんてことだ! そんな危険な囲いが必要な場所だなんて事前に知っていれば、妻をこんな辺境の地に絶対に住まわせたりなどしなかったのに!
「いいえ、ご安心ください。この村では、これまでにそんな危険な目に遭ったことは一度もありませんよ? ただ、念には念を入れてのことです。いつ、どこで野生の獣が襲ってくるかなんて分かりませんからね。なにしろ、野性の狼は本当に恐ろしいのです。大事な家畜を狙って集団で容赦なく襲ってくるのですから。しかも、厄介なことに狼のリーダーは並外れて力も強いし、おまけにずる賢い知恵まで持っていて……」
彼女はまるで経験者であるかのように、ペラペラと狼の生態や恐ろしさについて淀みなく語り始めた。
(待てよ……どうして彼女は、こんなにも狼の習性に詳しいんだ? ましてや馬にも乗れないから狩りの経験だってあるはずがないのに……? よし、確認してみるか)
わざとらしくゴホンと大きく咳払いをしてから、鋭く切り込んだ。
「ところで、シーナさん。なぜ、あなたはそんなに狼の生態について詳しいのです?」
「はい、それはもちろん……昔、実際にその……遭遇……あ、ううん、違います! ぶ、分厚い図鑑で読んで、しっかり知識として知っていただけです!」
今、何かものすごく引っかかる危険なセリフを言いかけなかったか?
よし、もう一段階だけ踏み込んで尋ねるか。
「あの、シーナさん……」
「あっ! カイルさん、見てください! 宿屋が見えてきましたよ!」
シュバッと機敏な動きで前方を指さしながら、妻は満面の笑みで振り返った。
「宿屋に到着したら、さっそく一番いいお部屋にご案内いたしますね!」
「あ、あぁ……。よろしく頼む。そ、そうだ! そのついでに、荷馬車に大切に積んできたあの「品物」の披露と使い方を教えてあげよう!」
「使い方……ということは、もしかして何か便利な道具を持ってきてくださったのですか? それはとっても楽しみですね!」
「あぁ! きっと驚くだろう!」
自信満々に胸を張り、力強くうなずいてみせた。
フッフッフッ……まずはあの「ミシン」を目の前で見せて、盛大に驚かせてやる。
そして、今度は俺が華麗にミシンの使い方を披露するのだ。
何しろこのために、俺は全ての仕事を脇に置いてミシン習得のために特訓を重ねたのだから!
これこそ、完璧な計画!
……だったはずなのに、俺は再び強烈なショックを受けることになる――




