※第66話 ついにキターッ!!
――八月。
「ウィリアム、ではこれより俺はサンドリー村へ向かう! 留守の間は頼んだぞ!」
薄汚れた旅用の荷馬車の前で、見送りに出てきた執事のウィリアムに高らかに命じた。
「本当にお一人だけでサンドリー村へ行かれるおつもりですか? ご自分が一体どのような立場にいらっしゃるのか、少しは自覚していらっしゃるのですか?」
「あぁ、もちろん分かっているさ。ほら! よく見てみろ、今の俺のこの姿を! 麻のシャツにベスト、サスペンダー付きのズボンに、足元は使い込まれた編み上げのブーツだ。どこからどう見ても、高位貴族になんて見えるものか。 完璧な変装だろう?」
さらに、仕上げとばかりに使い古した麦わら帽子を深くかぶってみせる。
「ええ、確かに今の旦那様は貴族には見えませんね。まるで、どこかの農夫のようです」
「農夫とは何だ! これは旅商人姿なのだ! それにな、農夫を見下すような言い方はやめろ。彼らが日夜精を出して懸命に働いてくれるからこそ、我々の生活が成り立っているんだぞ。むしろ、頭を下げて感謝すべき尊い存在なのだからな」
ビシッとウィリアムを指さした。
「……これは驚きましたね。まさか旦那様の口からそのようなセリフを聞くことになるとは思いもしませんでした。……少しは成長されたのですね」
「最後の言い方は少し気に食わないが……まぁ、俺がこういうまっとうな考え方に至るようになったのも、すべては我が妻のおかげだな。では行ってくる! 山積みの書類仕事は任せたぞ!」
ひらりと身軽に御者台に飛び乗ると、ウィリアムの顔色がサッと青ざめた。
「えっ……!? 何とおっしゃいましたか、旦那様! また私一人にすべての執務を押し付けていくつもりですか!?」
「安心しろ! 俺の直筆サインがなくても、代筆だけで十分に処理できる手近な書類仕事だけをちゃんと残しておいてやったからな! では行ってくる、留守を頼んだぞ!」
「旦那様! 待ってください、行かないでください! あまりに無慈悲ですっ!!」
ウィリアムの断末魔のような絶叫は、荷馬車の車輪が立てるガラガラという賑やかな音にかき消されていった。
待っていろよ!
お前の為ために今回はとびきりのプレゼントを持っていくからな――!!
****
――翌日の午前九時過ぎ。
途中のミドル町で一泊し、ようやくサンドリー村の入り口が見えてきたところで驚愕した。
「な、なんだこれは……! たったの一ヶ月ほど見ない間に、この村にいったい何が起きたというのだ……!」
真っ先に目に飛び込んできたのは、村全体をすっぽりと包み込むように築き上げられた、真新しい見事な板塀だった。
さらに、村の入り口付近には、頑丈そうな大きな木製の扉が開け放たれている。
「どういうことだ……? まるで王都の城壁か、小さな要塞都市のようにも見えるぞ……」
困惑に包まれながら荷馬車を進めて扉をくぐり抜けると、さらに度肝を抜かれることになった。
建物の数が前回よりも倍以上に増え、行き交う村人たちの姿も以前とは桁違いに膨れ上がっている。
村のあちこちからは香ばしいパンの焼ける匂いや、芳醇な果実の甘い香りがふわりと漂ってきた。
楽しげに笑顔で働く女性たちの姿や、生き生きと建築作業にいそしむ男たちの活気ある声が響き渡っている。
「最近、領地に入ってくる税収が激増しているとは思っていたが……まさか、これほどの規模になっていたとは……!」
以前のこの村には、まともな店なんて一軒すらなかったというのに、今ではあちこちに小さな屋台が立ち並び、まるでお祭りのような賑わいを見せている。
「……これも、すべて妻一人の力で成し遂げたことなのか……?」
いったい、彼女は本当に何者なのだろうか?
それとも今まで自分の才能を隠して、わざとアホのように振舞っていたのだろうか……?
悩みながら、俺は妻の行方を捜すことにした。
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妻の姿を捜し求めて、捜し回ることおよそ三十分――。
「ダメだ……いったいどこへ行ってしまったんだ?」
以前はすぐに見つかったのに。
村の規模が拡大し、村民の数も激増した為に一向に彼女を見つけることが出来ずにいた。
「困ったな……」
(こうなったら、誰かに聞くしかないか……お!? あいつは……!)
何たる偶然。
あのジャックとか言う若造が、こちらへ向かって近づいてきている。
そこで荷馬車を止めて、若造が来るのを待つことにした。
「これはこれは、随分とお久しぶりですねぇ、旅商人さん」
若造は相変わらず、鼻につく生意気な口を利いてくる。
「あぁ、これでも最近はあちこちで忙しくてな。ようやくまとまった時間が取れて、こうして村に顔を出すことができたというわけだ」
なにしろ、サンドリー村の特産品を売り込むための営業と、あの「ミシン」の技術を完全に習得するのにものすごく時間がかかったからな。
「そうですか、お忙しいようで何よりです。ですが、我々も以前とは比べ物にならないほど、毎日目が回るような大忙しなんですよ」
「なるほどな……」
お互いに一歩も引かず、バチバチと火花を散らすように鋭く睨み合っていたそのとき。
「あら? もしかして……カイルさんではありませんか?」
背後から聞き覚えのある懐かしい声がかけられ、思わず勢いよく振り返った。
「お久しぶりですね、カイルさん」
「お久しぶりですね、シーナさん!」
笑顔で返事をする妻は、相変わらずメイド服を着ている。
だが、久しぶりに見た彼女は……どんなに美しく着飾った貴婦人たちよりも美しく見えた。
「……」
思わず言葉を失い、ポカンと口を開けて見つめてしまう。
「ちょっと、カイルさん。シーナ様は今、村の切り盛りでめちゃくちゃ忙しいお方なんですよ。用があるなら早く用件を言っていただけませんかねぇ?」
またしてもあの邪魔虫が、横から生意気な口を挟んできた。
こいつ、いい加減にしておけよ……!
カチンと頭に血が上り、思わず鋭く睨みつけてやろうとしたその矢先。
「だめよ、ジャック。カイルさんは、私たちサンドリー村の特産品の販売ルートを開拓してくれた大切な方なのだから。そんな態度取ってはいけないわ」
なんと、妻が直接その若造をピシャリと咎めてくれた!
「は、はい……申し訳ありませんでした」
「ジャック、あなたはもう役場の仕事に戻ってちょうだい。私はカイルさんとお話しするから」
「……わかりました。では、役場に戻ります」
若造はガックリと大きな肩を落とすと、すごすごと敗北者のように去っていく。
(フフンッ! 見たか、ざまぁみろ!)
これでようやく、落ち着いて話ができる。
「いつもカイルさんには大変お世話になっているのに、ジャックが失礼な態度を取り、申し訳ございませんでした。それで今回はどのようなご用件で、サンドリー村にいらしたのですか?」
キタ――ッ!!
ついに、この時を待ち望んでいた最高の質問が投げかけられた!
湧き出てくる興奮を無理やり押し殺すと、俺は妻をじっと見つめた――




