第65話 私の負けだわ
「ターナー様ですか。お見受けしたところ、どこかの御令嬢のようですね。何もない村ではありますが、ようこそおいでいただきました。それで、私にどのようなご用件でしょうか?」
「……」
けれど、私が話しかけてもターナーさんは私を見つめるだけで返事をしない。
「一体この女性は何なのでしょうね?」
私の隣に立つジャックさんが耳打ちしてくる。
「あら? そちらの男性は?」
すると彼女が反応した。
「はい! 俺は……!」
「彼は、サンドリー村の役場の窓口担当係のジャックという者です」
私が説明すると、何故かジャックが落胆したかのように肩を落とす。
「あの、シーナ様……」
「ジャック。お客様に、お茶を出して差し上げてくれる?」
「はい、分かりました」
ジャックがカウンターの奥へ消えたところでターナーさんに話しかけた。
「どうぞ、こちらのソファにおかけください」
室内に置かれた応接用のソファを進めると、ターナーさんは腰かけた。
「失礼いたします」
私も向かい側に座ると、ターナーさんがニコリと笑う。
「どうぞ、私のことは、ターナーではなくエリザベスと呼んでいただけますか?」
「エリザベス様、ですね。素敵なお名前ですね」
「ありがとうございます。……シーナさんも素敵なお名前ですが……本名なのですか?」
私の目を覗き込むように尋ねてきた。
「いいえ、本当の名前は『カプシーナ』と申します。ですが、この村に移り住んだ際に改名いたしました」
「えっ!?」
突然エリザベスさんが目を見開く。
「あの? どうかなさいましたか?」
「い、いえ。な、何でもありませんわ。ちょ、ちょっと失礼いたします」
エリザベスさんはハンドバッグの口金をパチンと開けると、ハンカチを取り出して額を押さえた。
「あの、もしかして暑いですか?」
もう七月。
デイ・ドレスのエリザベスさんにとっては、サンドリー村は暑いのかもしれない。
何しろここは他の地域より温暖な気候だしね。
「い、いえ。大丈夫ですわ。お気遣いなさらずに。それにしても……何故、村長であるあなたがメイド服姿なのですか?」
「はい、この服は動きやすいからです」
「動きやすい……からですか?」
「はい。私は村長です。村の開拓を行うのが村長としての私の務めです。村民たちと力を合わせて働く。それが皆の幸せにつながるからです。もちろん私も含めて」
「……それは、中々素晴らしい話ですね」
「ありがとうございます」
そこへグラスに飲物を入れたジャックが現れた。
「……失礼いたします」
ジャックはストローのさしたグラスを、それぞれ私たちの前にコトリと置くと会釈して再びカウンターの奥へ下がって行った。
「あの……この、飲物は何でしょう?」
エリザベスさんは薄紫色の飲み物をしげしげと見つめている。
「はい、こちらの飲物はサンドリー村名物のブルーベリーミルクです。とても美味しいですよ? 是非、お飲みください」
笑顔で説明すると、エリザベスさんの目が大きくなる。
「え!? ブルーベリー? 今、ブルーベリーとおっしゃいましたか!? あの美容に良いとされる!?」
「ええ、そうですよ。今のところ、この村でしか味わえませんが、ゆくゆくはカントリー町での販売も考えています」
「では、早速いただきますわ」
エリザベスさんはグラスを手に取ると、早速ストローで一口飲んだ。
「いかがでしょうか?」
(貴族女性の口にあうかなぁ……)
すると――
「……美味しい!! なんて、美味しいの! こんな美味しい飲み物を飲むのは生まれて初めてですわ!」
「良かった、お口にあったのですね?」
私も彼女にならって、ブルーベリーミルクを飲む。
(うん、美味ね。ジャック、腕を上げたわね)
チラリとエリザベスさんを見れば、一言も話さず飲物を一気飲みし……飲み終えたのか、グラスを置いた。
「最高に美味しい飲物でしたわ。ありがとうございます。しかもとても冷たくてスッキリいたしました。どうやってこのように冷たい飲み物を作れたのです?」
「はい、実はこのサンドリー村は地下水脈が豊富なんです。村を流れる小川は冷たく、土地の場所によっては温泉も湧き出ています。このブルーベリーは各家庭に配っている冷却壺でよーく冷やした果実を使用しています。なので、このように冷たい飲み物を作ることが出来るのです。……あの、どうかしましたか?」
エリザベスさんは、目を見開いて私を見つめている。
「い、いえ。アイ……コホン。シーナさんの博識ぶりに驚いているところです。ですが……温泉とは、また魅力的ですね」
「ありがとうございます! この露天温泉は男性用と女性用に分かれておりまして村民に限らず、村を訪れた人々なら誰でも自由に入れるようにしているのです。ゆくゆくはこの村に宿屋も作ろうかと考えているんです」
「……なるほど。それは素晴らしい、お考えですね。かつて、この村は宿場村として栄えていたと聞いておりますので。ですが、シーナさん」
先程まで笑顔だったエリザベスさんの顔が引き締まる。
「は、はい?」
「この村をもっと発展させるべきでしたら、お金は必要です。宿屋を立てるのでしたら、外部の人たちからは、温泉に入る為のお金を取るべきだと思います。……村民たちからもお金を取るのが理想でしょうが……せめて半値にするとか」
「エリザベス様……」
まさか、このような提案が出てくるとは夢にも思わなかった。一体この女性は……?
「それでは、私。そろそろ失礼いたします」
不意に席を立った。
「え? は、はい」
私も席を立つとエリザベスさんは会釈し、扉へ向かう。
「あの、私にお話があったのではないのですか?」
声をかけると、エリザベスさんは振り返った。
「いえ、もう用は済みました。私は、あなたに直接お会いしたかっただけですので。でも……私の負けだわ」
「え? 負け?」
「いえ、こちらのことです。それではシーナ様。今後の御活躍、期待しておりますね。失礼いたします」
「……ありがとうございます」
エリザベスさんは軽く会釈すると、扉を開けて出て行った。
――バタン
扉が閉まると、ジャックが奥から姿を現した。
「一体、あの女性は何者だったのでしょうね?」
「さぁ……でも……」
「でも? 何です?」
「とても賢くて、美しい女性だったわ」
エリザベスさん……またどこかで会えるかも……。
ふと、そんな気がした――




