第64話 私、エリザベス・ターナーと申します
午前十時――
太陽がサンサンと照りつける中。
私は移住者の女性たちと一緒に、特産のレーズン作りの作業を行っていた。
「シーナ様、この作業の後はどうすればよいのですか?」
三日前にこの村へ移住してきたばかりの若い女性が、手を動かしながら尋ねてくる。
「それでは、葡萄の灰汁漬けが終わったら、今度は大きなザルにあけて天日乾燥させます。葡萄同士が重ならないように、全体へ均等に広げてくださいね」
私は目深にかぶっていた麦わら帽子のつばをちょっと持ち上げて、周辺でテキパキと作業に励む移住者たちを見渡した。
「はい、わかりました!」
「丁寧に並べますね!」
(よかった……。こうして移住者がどんどん増えてくれたおかげで、村の作業も以前に比べてだいぶ楽になってきたわね)
村の外れに目を向ければ、職人たちによる新しい住宅の建築ラッシュが佳境に入っていた。
森から切り出してきた新鮮な木材を使って、まるでアパートのような便利な集合住宅を次々と建ててもらっているのだ。
部屋の間取りは、とりあえず単身者や、夫婦でゆったりと入居できるサイズに設計してある。
「シーナ様ー!」
「おはようございまーす!」
背後から呼ばれて振り返ると、数名の元気な子供たちが笑顔で手を振って駆け寄ってきた。
その中には、見慣れたイワンの姿もある。
「おはよう、みんな。今から学校に行くところなのね?」
私は近づいてくる子供たちを笑顔で見渡した。
「うん、そうだよ! 今日も遅刻しそうだから急いでるんだ」
「今日はね、算数の難しいお勉強をしてくるの!」
「ぼく、最近引き算がすらすらできるようになったんだよ!」
子供たちは次々と、自慢げに訴えてくる。
「そうなの。みんな毎日一生懸命お勉強を頑張っていて、とっても偉いわね」
子供たちに勉強を教えてくれているのは、ミドル町からやってきた若い女性教師。
彼女は、ビビアンが紹介してきた人物だ。
「マリア先生はね、教え方がすごく優しくて分かりやすいんだよ」
「それは本当に良かったわ」
得意げに教えてくれたイワンの頭を、優しくなでてあげる。
(フフ……まさかあのビビアンがねぇ。あんなに優秀で素敵な教師をすぐに見つけてきてくれるなんて思わなかったわ。彼女、見た目によらず中々良い仕事をしてくれるじゃない)
その女性教師――マリアさんは、以前は教師になるのが夢だったものの、どこにも雇ってもらえず、ビビアンと一緒に食堂で給仕の仕事をしていたのだという。
彼女も現在はこの村の移住者として、新しく割り当てられた空き家を間借りして暮らしているのだ。
「お喋りも楽しいけれど、そろそろみんな学校へ行ったほうがいいんじゃないの? 今日の授業は何時からだったかしら?」
子供たちははっとハッとした表情で騒ぎ始めた。
「あ、そうだ! もうこんな時間だ!」
「みんな急ごう! 遅刻しちゃうよ!」
「またねー、シーナ様!」
子供たちは元気いっぱいに大きく手を振ると、慌ただしく学校の方へと走り去っていった。
「みんなー! 途中で転んだりしないように、気をつけて行くのよー!」
大きな声で呼びかけながら手を振っていると、近くで作業をしていた一人の女性がクスリと笑って話しかけてきた。
「シーナ様は、本当にお子さんたちから人気がありますね」
「え? そうでしょうか?」
「はい、私もずっとそう思っていました。子供たちに接する時のご様子が、なんだかとても自然で、見ているこっちまで温かい気持ちになります」
背中に赤ちゃんをおんぶしながらレーズンを選別している女性が頷く。
「うーん、自分ではあまり強く意識したことはないですけど、子供は大好きですね。だから保育士をやっていました」
「え? 保育士?」
「保育士って何ですか?」
女性たちが質問してきた。
「え? えっと、その。ほいくし……? というのは何でしょう?」
「初めて聞く言葉ですね?」
しまった!
またしても、記憶の底から勝手に浮かんできた謎の言葉をうっかり口走ってしまった!
「え、ええと! ほ、保育士っていうのはですね。その……毎日お仕事で忙しいお父さんやお母さんたちの代わりに、小さなお子さんたちをお預かりして大切にお世話をする人たちのことを言います!」
自分でもよく分からないまま喋っているのに、なぜか説明だけはスラスラと言葉になって口から出てくる。
まぁ、これもいつものことだけどね。
「ほいくし、って……なんだか、学校の先生みたいなものなんですね?」
「そうそれです! まさにその通りなんですよ!」
ナイスな答えに指をパチンとならしたとき。
「シーナ様ーっ!」
ジャックが手を振って駆け寄ってきた。
「あら、ジャック。どうしたの、そんなに慌てて」
「は、はい……! 実は、どうしても村長であるシーナ様にお会いしたいというお客様が、村にいらっしゃいまして……」
「え? 私に会いたいお客様?」
「はい、そうです」
現在、ジャックはコンビニの店長ではなく、村の中心的施設である「村役場」の窓口係として大活躍してくれている。
最近は移住希望者が急増しているため、専用の相談窓口を新たに設立したのだが、その責任者を任せているのがジャックなのだ。
「わかったわ。それで、そのお客様は今どちらにいらっしゃるの?」
「はい、村役場でお待ちです。あの……何と言いますか、いかにも上品で、随分と高貴なご身分の若い女性でしたよ」
「あら、そうなの?」
高貴な女性が、こんな辺鄙な村へ何しに来たのだろう?
「それならなおさら、お待たせするわけにはいかないわね。すぐに行きましょう」
「はい、シーナ様!」
****
村の空き家を改築して作られた真新しい役場へとたどり着くと、私は丁寧に通し戸を開けた。
「お待たせいたしました、村長のシーナです」
部屋の奥、カウンターの前に置かれた椅子に上品に腰掛けていたドレス姿の女性に向かって声をかける。
女性は立ち上がると、ゆっくりとこちらへ振り返った。
トレンドを取り入れた上質なデイ・ドレスに身を包み、美しいブラウンのロングヘアを揺らす気品あふれる女性の姿があった。
「あなたが、この村を仕切っていらっしゃるという噂の村長さん……シーナ・サンドリーさん、ですね?」
「はい、そうです。私がシーナ・サンドリーです」
その女性はスッと細い目を細め、私を値踏みするようにじっと見つめてから優雅な笑みを浮かべた。
「はじめまして、村長さん。私、エリザベス・ターナーと申します。……最近、あちこちですごい手腕をお持ちだと評判の、このサンドリー村の村長さんにどうしてもお会いしたくて、わざわざ遠くの王都からやってまいりましたの」
女性は笑顔で、話しかけてきた――




