第59話 え? 生まれ変わる……?
「あ、あの……シーナ様っていうのは……?」
ビビアンが、オドオドしながら尋ねてくる。
「あぁ、これは私の新しい名前よ。古い家を出てからは、これまでの人生を捨ててて新しくやり直すつもりだったから、昔の名前はもう捨てることにしたの」
「! そうだったのですか……」
驚いたように、ビビアンが大きく目を見開く。
「まぁ、その話はいいわ。それで? あなたが毒を飲ませた件の続きを聞かせて?」
「で、ですから私は奥様に毒を飲ませてはいません! ど、毒を渡しただけです……。旦那様の気を引くには、そ、その……死んだふりでもして、心配させるしかありませんとお伝えして……」
「なにぃっ!! やっぱりお前の仕業じゃないか!!」
ガタンッ!!
ジャックは片袖をまくり上げ、またしても激しい勢いで椅子を鳴らして立ち上がった。
「キャァッ!! す、すみません、許してください!!」
ビビアンは両手で頭を抱え込み、その場で丸くなって震え上がる。
「こらこら、ジャック。女性をそんなに怖がらせちゃダメでしょ。ほら、落ち着いてってば」
「うぅ……すみません……! 今度こそ、今度こそ本当に口を挟みませんから……」
ジャックが顔を真っ赤に染めながら、席に座り直す。
私は気を取り直して、再びビビアンに向き合った。
「それで、私はその毒を実際に飲んだというわけね?」
「は、はい……たぶん」
ん? 「たぶん」……?
「たぶんって、どういうこと?」
「じつは私……奥様が実際にその毒を口にした場面には、居合わせなかったんです。ちょうどその頃は、ご主人様のお部屋のお掃除を言いつけられていて……その、それで……」
「それで、元夫のジャケットをうっかり部屋で羽織って、一人で身悶えしているところを本人に見られちゃったわけね?」
「えっ……!? な、なんでそれを……!?」
ビビアンの顔から一瞬で血の気が引いて真っ青になる。
「その話は元夫から聞いてるからよ。それで、侯爵家のメイドをクビになったのでしょう?」
「そ、そうです……今すぐ荷物をまとめて、出て行くように言われました。だから私は部屋に戻って荷造りを……そのすぐ後です。奥様が毒を飲んで倒れていると大騒ぎになったのは。てっきり奥様毒殺未遂で、重い処罰を受けることになるだろうと覚悟していたのですが、クビだけで済みました。旦那様の恩情に感謝しています」
そう言って、ビビアンは深々と頭を下げた。
「どの口が恩情に感謝しているだ! お前がやっていたことは、立派な殺人未遂だろうが!!」
またしても我慢の限界を迎えたジャックが憤慨し、声を荒げる。
「キャァァッ!! すみません、本当にごめんなさい! 今は心の底から深く反省していますぅ……!」
「どうせ口先だけの反省だろ! 本来なら、今すぐ町の保安官に突き出してやるところだ!」
「口先ではありません! 本当に反省しています! でも、保安官にだけは……保安官に突き出すのだけは、どうかお許しください!」
「はぁ!? なんて図々しい女だ!」
次第に二人の言いあいが激しさを増していく。
このままではいつまで経っても埒が明かない。
「はいはい、そこまでよ」
パン、と軽く手を叩いてから、私はビビアンをまっすぐに見据えた。
「ビビアンさんは、今もう十分反省しているのよね?」
「はい! もちろんです、誓って嘘はありません!」
コクコクと、激しく首を縦に振るビビアン。
「なら、もうその話はいいわ」
「えっ……本当に、いいのですか……?」
「もちろん。だいたい、当時のことなんて私自身何一つ覚えていないんだもの。今更蒸し返したってしょうがないでしょ」
「シーナ様!? いいんですか、そんな簡単に許してしまって! こんな危険な奴を野放しにしておいて大丈夫なんですか!?」
ジャックが信じられないといった様子で、ビビアンをビシッと指さす。
「だって、野放しも何も……彼女はもうとっくに世の中に放たれちゃってるじゃないの」
「うっ……それは、確かにそうですけど……」
「でもね、その代わり。ビビアンさんには、今から私に一つだけ大切な『お願い』をきいてもらうわ」
「はいっ! 私にできることなら、どんな無理なことでも全力でお引き受けいたします!」
「本当? じゃあね――」
私はにっこりと微笑んだ――
****
ガラガラガラガラ……
すっかり夕暮れ色に染まった空の下。
私とジャックを乗せた荷馬車はサンドリー村への帰路を進んでいた。
「シーナ様、本当にあんな女を信用してしまって良かったのでしょうか?」
手綱を握りながら、ジャックがどうしても納得いかないといった様子で話しかけてくる。
「何が?」
「だから、あのビビアンとかいう女ですよ。本当に、俺たちが探しているサンドリー村の新しい教師を見つけてくれるんでしょうか?」
「うーん、そこは大丈夫なんじゃない? だって、彼女は町の食堂で働いている身でしょ。色々なお客が集まる場所なんだから、それだけ情報もたくさん入ってくるはずだもの」
「ですが……どうにもまだ信用できませんよ」
ジャックはまだどこか不満そうに、ぶつぶつと唇を尖らせている。
「それにね。もしちゃんと優秀な教師を見つけて連れてきてくれたら、たっぷり謝礼金も支払う約束をしたでしょ?」
「確かに謝礼金の話で、あいつの目の色が一気に変わっていましたからね……。でもそれにしても、シーナ様はやっぱり人が良すぎますよ」
なおも文句を言い続けるジャック。
(まぁ、今のジャックの立場からすれば、納得いかないのも無理はないけれどね)
でもある意味、私はビビアンに感謝していた。
だって毒を飲んで目覚めていなければ、こんなふうに生まれ変わることが出来なかっただろうから。
「え? 生まれ変わる……?」
今、一瞬何か大事なことを思い出しかけた気がするのだけど……?
「どうかなさいましたか?」
御者台のジャックが振り返る。
「ううん、何でもない。早く村に帰りましょう」
「はい、シーナ様!」
ジャックは返事をすると、馬車の速度を上げた――
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