第57話 毒を渡したのは私です!!
赤毛におかっぱ頭の女性は、全身をブルブルと震わせながら床に額をすりつけていた。
「え? あ、あの……どうかしましたか?」
「申し訳ございません……どうか、お許しください……」
訳が分からず声をかけるも、女性店員は怯えたままで顔を上げることもない。
ただ同じ謝罪の言葉を、まるで壊れたレコードのように繰り返すだけだった。
あまりの展開に言葉を失くしたジャックは、ただポカンと口を開けたまま立ち尽くしている。
私たちの異様な様子を、店内の客たちが凝視しながらコソコソと噂話をしているのが耳に飛び込んできた。
「一体あの店員、何をやらかしたんだ?」
「あの若い女性客にひたすら謝ってるみたいだけど……」
「まさか、客に何かひどい嫌がらせでもしたのか?」
「なんか、あの店員。気の毒ね……」
(えぇえええっ!? ちょっと待って! このままだと私、悪質なクレーマーに仕立て上げられてしまうじゃない!)
咄嗟に「クレーマー」という、嫌なフレーズが頭に浮かぶ。
「あ、あの! どうか顔を上げてもらえませんか? このままだと、まともに話もできないので」
「いいえ! そんな恐れ多いこと、私にはとても出来ません……っ!」
ブルンブルンと必死に首を振る女性店員。
うーん、これは困った。
これではろくに話を聞くこともできない。
(とりあえず、落ち着かせるためにもう一度優しく声をかけてみましょう)
「あの~……」
「すみません! お客さまっ!」
突然店内に大きな声が響き渡り、ドスドスと重い足音が近づいてきた。
「うちの店員が、何かお客様に対して大変な粗相をしでかしましたかっ!?」
頭がツルツルと光り、恰幅のいい男性が私たちの前に姿を現した。
「い、いえ。とくに何もありませんでしたが……突然こちらの女性が私に謝り出してしまって、何が何やら訳が分からなくて」
おかげで、まだお昼の注文すらできていないのだ。
「おい、ビビアン! お客様がお困りだろうが!? さっさと顔を上げろ!」
眉間にすごい青筋を立てて怒鳴りつける男性。
もしかして、この食堂のオーナーさんなのだろうか。
だけど、そんなふうに怒鳴られては、余計に逆効果になってしまう。
「まぁまぁ、オーナーさん、どうか落ち着いてください。そんなに大きな声を出されたら、ビビアンさんがますます委縮してしまいますから」
「あ……確かに、おっしゃる通りですね。面目ないです」
オーナーさんは申し訳なさそうに、つるりと光る頭をぺたりと手で撫でた。
店内のお客さんたちもこちらを注目しているし……
まともにお話をするためにも、ここから離れたほうがよさそうだ。
「あの。それでは、お願いがあるのですけど。どこか別の場所をお借りして、この女性と少しお話しさせていただけませんか?」
「え? ビビアンと、ですか?」
床にひれ伏したままの女性の肩が、ピクリと小さく跳ね上がった。
「ええ、是非ともお願いします」
なにせ彼女は、私を見て「ま、まさか……生きていたのですか……?」と口走ったのだから。
これは絶対何か知ってるに違いない。
「分かりました。それでは、店の奥の部屋にご案内いたします。おい、ビビアン! いつまでそうしている、早く立つんだ!」
「は、はい……っ」
ビビアンさんはオドオドと怯えながら立ち上がり、一瞬だけ私をチラリと見る。
「っ!」
怯えたように肩をすくめると、サッと視線をそらしてしまった。
(うーん……。私、よっぽど怯えられているみたいね……)
「では、こちらへどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
恰幅の良いオーナーを先頭に、私たちは食堂の奥へ進んだ――
****
「少し狭くて雑然としていますが、どうぞこちらの部屋をお使いください」
案内された場所は厨房の奥にある、倉庫も兼ねた休憩室のような場所だった。
床や棚のまわりには、たくさんの食材や大きな調味料の樽が所狭しと並べられている。
部屋の中央には、食堂のものと同じ丸テーブルと椅子が四脚置かれている。
「私は店のほうの仕事がありますので、これで戻らせていただきます」
オーナーは申し訳なさそうに、ツルリと光る頭をぺこりと下げてきた。
「ええ、どうぞお構いなく。お仕事に戻ってくださいね」
にっこりと笑顔で返事をすると、オーナーは軽く会釈して部屋を出て行った。
――バタン
扉が閉じて室内が静かになると、私は二人に声をかけた。
「……さて、立ち話もなんだし。まずはみんなで椅子に腰掛けて、ゆっくりお話をしませんか? ジャックもそこに座って」
「は、はい……」
「失礼します」
それぞれの椅子を引いてテーブルを囲むようにして座ると、まっすぐビビアンに視線を向けた。
「え~と、ビビアンさん……ですよね? 私を見て随分怯えているようですが、何故ですか? 私のことをご存知なのですか?」
「……え?」
彼女は顔を上げると、初めて私の目を見つめる。
「……私のこと、本当に……覚えていないのですか?」
「はい。あいにく覚えていません。三カ月ほど以前の記憶は何一つ。正確に言えば……誰かに渡された毒を飲み、目覚めてからの記憶は」
その言葉を聞いた瞬間、
「!!」
ビビアンさんの肩が目に見えて分かるほどビクリと跳ねあがる。
もしかして、やっぱり彼女は……?
その直後。
ゴンッ!!
突然、彼女は強くテーブルに頭を打ち付けた。
「え? ええっ!? ちょ、ちょっと!」
「何してるんですか!?」
あまりの常軌を逸した行動に、私とジャックは同時に声をあげる。
「申し訳ございません!! 毒を渡したのは私です!! まさか、本当に奥様が毒を飲まれるとは思っていなかったのです!!」
頭をテーブルにつけながら、彼女は大声で叫んだ――
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