第56話 まさか……生きていたんですか?
ガラガラガラガラ……
眩しい朝日の光を浴びながら、私たちは荷馬車に揺られていた。
「シーナ様、こうして二人だけで遠出をするのは久しぶりですね」
御者を務めるジャックが話しかけてくる。
「そうね、最近は互いにやることが山積みで本当に忙しかったから。でも、ジャックには心から感謝しているわ。コンビニの店を安心して任せられるから」
「い、いえ、そんな……! こちらこそ、ありがとうございます。それほど重大な仕事を任せてもらえているんですから。……それはそうと話は変わりますけど、最近、あの怪しげな旅商人が全く村に来なくなりましたね。あの泥棒メイドをしょっ引いてから、ピタリと顔を見ていませんよ」
「言われてみれば、確かにそうねぇ。以前はあんなにほぼ毎週末のように通ってきたのに。どうしてしまったのかしらね」
するとジャックは笑顔を浮かべて振り返った。
「シーナ様。もしかして今まで、あの旅商人のことなんて綺麗さっぱり忘れていたんじゃないですか?」
「そうねぇ。忘れていたというか、ここ最近ずっと村の開拓で手一杯だったから、思い出す暇すらなかったのよねぇ」
「やっぱり! あの男はシーナ様にとって、その程度。とるに足らない存在だったってことですね!」
「うーん、別にそういうわけでもないのだけど……」
「いいえ、絶対そうに決まってます!」
力強く頷くジャック。
気のせいだろうか?
ジャックが妙に嬉しそうに見えるのだけど。
「ところでシーナ様、今日は手前のカントリー町には寄らないのでしたっけ?」
「ええ、そうよ。今日はその先にある『ミドル町』まで向かうの」
「ミドル町は確かにカントリー町よりもずっと大きな町ですが……本当に、そこで目的の人物が見つかるでしょうか?」
「サンドリー村で暮らす子どもたちの未来のためなら、絶対に見つけ出すわ。それにミドル町には、規模の大きな学校があるって移住者の人たちが言ってたじゃない」
――そう。
実は今、私は新しい一大計画を秘密裏に進めていた。
それはサンドリー村ですくすくと育つ子どもたちのために、本格的な「学校」を設立することだ。
村の開拓が進むにつれて移住者は増え、今では元の人口の三倍にまで膨れ上がっていた。
それに伴って当然子どもたちの数も増え始めたため、そろそろきちんとした教育環境を整えなければと考えたのだ。
(本当は、私自身が子どもたちに勉強を教えてあげるのが一番いいのだけれどね……)
なにせ毎日が分刻みの忙しさで、そこまで自分の時間を割くことができずにいた。
そんなとき、「ミドル町では子どもたちの数が減ってしまい、優秀な教師たちが職にあぶれている」という耳寄りな話を移住者の人から教えてもらったのだ。。
「でも、そんな都合よく職にあぶれた教師なんて本当にいるんですかねぇ~。なんだか単なる噂話って気もしますけど」
「まぁまぁ、ジャック。火のないところに煙は立たぬっていうことわざがあるじゃない」
「ことわざ……? なんですか、それは?」
ジャックが怪訝そうに首を傾げる。
「え? えぇと、ことわざっていうのはね……つ、つまり、昔から人々の間で代々言い伝えられてきた、生活の教訓や知恵を短い言葉で表したものよ」
「なるほど……確かに、火がなければ煙は立ちませんからね。さすがはシーナ様、相変わらず物知りでいらっしゃいますね」
「アハハハ……ありがとう」
危ない、危ない。
またしても頭に浮かんだ言葉を口にしてしまった。
「あ! シーナ様、見てください! 『ミドル町』の門が見えてきましたよ!」
ジャックがビシッと前方を指さす。
「どれどれ!」
私は荷台から身を乗り出し、前方を覗き込んだ。
地平線の向こう側に、ずらりと並ぶ大きな町並みが姿を現しつつあった。
「ジャック、町に着いたらまずは情報収集よ。いいわね?」
「はい、お任せください!」
ジャックは力強く頷くと、荷馬車のスピードを少し上げた――
****
「わぁ……やっぱり『ミドル町』はずっと都会ね。歩いている人の数がサンドリー村とは全然違うわ」
荷馬車で大通りを進む私たちのすぐ脇を、大勢の町民たちが行き交っている。
道沿いには立派な店が立ち並び、町全体がものすごい活気に満ちあふれていた。
「シーナ様、情報集めといっても、まず一体何をすればいいでしょうか? いっそ保安官のところへでも聞きに行きますか?」
ジャックが周囲をキョロキョロと落ち着きなく見回す。
「ううん、まずは食堂に行きましょう! ちょうど、あそこの店からすっごく美味しそうな匂いが漂ってきたところだし」
私はスッと右斜め前方の建物を指さした。
「ええっ!? なぜ情報集めに食堂なんですか!?」
「食堂には、大勢の人たちが集まるわ。色々な噂話を聞けるはずよ。それに食事も出来る。まさに一石二鳥よ」
「いっせきにちょう……それも、また別のことわざ的な何かですか? でも、それもいいかもしれませんね。実は俺、朝からずっとお腹がペコペコだったんですよ」
ジャックが自分のお腹をさする。
「あら、偶然ね。私もちょうどお腹が空いていたところだったの。じゃあ、さっそく行きましょう!」
「はい! シーナ様!」
****
――カランカラン
ドアベルを鳴らしながら店内に入ってみると、二十人程のお客が食事を楽しんでいた。
「へぇ~、なかなかの盛況ぶりね。うちのサンドリー村にももっと住民が増えたら、今度はこういう綺麗な食堂を村に作るのも悪くないかもしれないわね」
「シーナ様なら、きっとやり遂げられますよ。あ、あの窓際に空いてる席があります。あそこに座りませんか?」
「ええ、そうしましょう」
二人で席に座ると、直ぐにエプロン姿の若い女性店員がお水を運んできてくれた。
「いらっしゃいませ、こちらが本日のお品書きになっております」
テーブルに水を置くと、小脇に抱えていたメニュー表を差し出してきた。
「シーナ様、どれにしますか?」
「そうね……」
さっそく二人でメニューを覗き込む。
(うーん、どれもこれも美味しそうだけど……)
「ところで、お勧めのメニューはどれでしょう?」
顔を上げて女性店員を見あげた。
「はい。お勧めは……え!?」
突然彼女の顔が真っ青になる。
「あ……あなたはも、もしかして……」
「え? 何?」
挙句に、私を見てブルブル震えだした。
「……?」
その様子をジャックも怪訝そうに見つめる。
「ま、まさか……生きていたんですか……?」
え? 今、何て言った?
「あの……どうかしましたか?」
声をかけた瞬間。
「申し訳ございません!! ど、どうかお許しを!!」
女性店員はひざまずいて頭を下げた――
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