第55話 サンドリー村、人口倍増になりました
静かな書斎で、私は書類にサラサラとサインを走らせていた。
(よし、これで記入完了っと)
「はい、お待たせしました。これで住民票の登録手続きは無事に完了です。今日からあなた方も、正式なサンドリー村の一員ですからね」
新しく移住してきた若夫婦に笑顔で書類を手渡す。
男性は感極まった様子でそれを両手でしっかりと受け取り、目をうるうると潤ませた。
「ありがとうございます……! まさか、こんなにスムーズに私たちの移住を受け入れてくれるなんて、夢にも思いませんでした。以前住んでいた町では、不景気で仕事もなくて生活がまったく成り立たなくなっていたんです……。村長さんは、僕たち家族にとって大恩人です!」
「本当に、感謝してもしきれません!」
男性の妻も、腕に大切そうに抱いた赤ん坊をあやしながら、深々と頭を下げてお礼を述べてくれた。
「こちらこそ、私たちのサンドリー村を選んで移住を決めてくださったことに感謝いたします。本当にありがとうございます。今、この村は空前の開拓ラッシュの真っただ中で人手がいくらあっても足りないくらいなので、本当に大助かりです」
「かいたく……らっしゅ?」
男性が首を傾げて聞き返す。
「い、いえ、なんでもありません! コホン。それで、この村に移住しようと決意された一番の決め手は何でしょうか? 一応、今後の参考のためにアンケート……というか、簡単な聞き取り調査をしているものですから」
「そうですねぇ。やっぱり一番は、何といってもあの『銭湯』ですね! 二十四時間いつでも好きなときにお湯に浸かれるなんて、こんな贅沢な場所はありませんよ。それに、ここで暮らす限り仕事にあぶれる心配もありませんから!」
男性は拳を握りしめ、力説する。
「なるほど、ありがとうございます。では、奥様のほうはいかがですか?」
「はい! 私はやはり『洗濯』ですね! 毎日の洗濯は主婦にとって一番の重労働なのですけど、この村には『洗濯機』という驚くほど便利な道具があるのですよね?」
「ええ、ありますよ。今のところ村全体で十五台の洗濯機を導入していて、いずれはすべての家庭に一台ずつ普及させたいと考えています。今度、さらに性能を改良した新型も作る予定です」
女性の瞳が期待に輝く。
「それだけでは、ありません! あとは面倒な水汲みから解放されること! ポンプを上下させるだけで、きれいな水が簡単に汲めるなんてまるで夢のようです。そのお陰で毎日の家事が本当に楽になったって、先に移住した知人から聞いていたものですから!」
「ふふ、今後はさらにもっと快適にして見せますよ。実は今、ひそかに『上下水道工事』の計画を進めているんです。もしこれがうまくいけば、わざわざ外に行かなくても家の中の蛇口をひねるだけで、いつでも簡単に水が出るようになりますから」
「えっ……!? そんな魔法みたいなことが本当に可能なのですか!?」
男性が思わず身を乗り出してきた。
「ええ、もちろん可能です。こう見えて私は、配管工としての実務経験が……っと」
「はいかんこう……? 一体、それは何の職種なのですか?」
「あ……い、いえ! なんでもありません! 今のは独り言です、気にしないでください!」
いけない。
いつものように調子づいて、つい頭に浮かんだ言葉を口にしてしまった。
「では今から新居に御案内させていただきますね」
私はテーブルの上に置いたベルをチリンチリンと鳴らした。
するとバタバタと元気な足音が近づき、村の少女たち――カーラにグレタが現れた
「まぁ、可愛い女の子たちねぇ。おいくつかしら?」
女性が思わず顔をほころばせる。
「カーラです。九歳です」
「私はグレタです。十一歳です」
二人は背筋をピンと伸ばし、大人顔負けの丁寧なお辞儀を披露する。
実は最近移住者の案内を村の子供たちに任せていたのだ。
移住者の身元は調べてあるし、村中には常に子供たちの安全を見守る大人の目が光っているので安心だ。
「それじゃあカーラ、グレタ。このご夫婦の新居への案内、お願いね?」
「「はい、お任せください!」」
少女たちが元気よく返事をすると、若夫婦は安心したように再び私に向かって頭を下げた。
「村長さん、私たち夫婦はこのサンドリー村に骨をうずめる覚悟でやってきました」
「これからどうぞ、末永くよろしくお願いいたしますね」
「ふふっ、ありがとうございます。どうぞ私のことは『村長』なんて堅苦しく呼ばずに、シーナって気軽に呼んでくださいね」
夫婦は何度もペコペコと頭を下げながら、少女たちに連れられて賑やかに書斎をあとにしていった。
――パタン。
扉が閉ざされ、再び書斎は静かになる。
「……う~ん…‥‥」
大きく伸びをすると、開け放した窓から外の様子を眺めてみた。
村のあちこちでは新しい建物の建築ラッシュが続いていて、広場では女性たちが楽しそうにドライフルーツ作りにいそしんでいる。
その脇では、地元の子供たちと移住してきた子どもたちが一緒になって元気に駆け回っていた。
「移住者も、本当に一気に増えたわね……子供たちの数も、増えてすっかり賑やかになったし」
私がこのサンドリー村に来てから、気づけばもう丸二か月が経とうとしている。
今では村の人口は当時の倍以上に膨れ上がり、あちこち活気で満ちあふれていた。
「これは……いよいよ、あの計画を進める時が来たようね……早速準備を始めないと」
頷くと、張り切って書斎を後にした――
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