第53話 まさか、お坊ちゃまと呼ばれていたなんて
その後――
ハンナさんは、コンビニから盗み出した品を渋々ポケットから取り出すと村民たちの手で縛り上げられた。
そのままカイルさんの荷馬車の荷台へ放り込まれると、連行されるように村を出て行ったのだった。
「シーナ様……あんな奴に慈悲をかけるなんて、本当に良かったのですか?」
遠ざかっていく荷馬車を見送っていると、隣に立っていたジャックが不満そうに声をかけてきた。
「え? 何のこと?」
「あの元メイド長ですよ。店から商品を盗んだことに対して謝罪の一言すらなかったし、少しも反省していなかったじゃありませんか。しかも最後まであんなに憎まれ口を叩いていましたし」
「確かに、反省の色もなかったわね」
ハンナさんは村の人たちに取り押さえられるまで、私に向かって散々ひどい言葉を浴びせ続けたのだった。
「疫病神」「お前のせいで旦那様は恋人のエリザベス様と引き離された」と喚き散らし、挙句の果てには「長年あの家に忠実に仕えてきたのに、あっさりクビにされた。お前が責任を取れ」と逆ギレしてきた。
あのときはさすがにあいた口が塞がらなかったけれど。
「全く! 思い出すだけでも本当に忌々しい女でしたよ! それなのに、どうしてあんなにたくさんのレーズンパンを気前よく分けてあげたりしたんですか? あ……でも別にこれはシーナ様のやり方を批判しているわけじゃありませんから」
「うん、ジャックの言いたいことはよく分かっている。でも、なんだか少し気の毒だと思わない? よっぽどお腹をすかせていたから、『保存食セット』を盗ろうとしたわけじゃない」
私はジャックが手にしている麻袋の束を指さした。
この麻袋の中身は、「塩漬け肉」「熟成チーズ」「乾燥野菜」「クラッカー」「クッキー」
そして栄養満点の「ドライフルーツ」などがセットになったものだ。
文字通り、長期間の保存がきく食べ物を一つにまとめてセット売りしている人気商品である。
他にも、日常の生活雑貨を集めた「生活支援セット」や、万が一の怪我や病気に備える「救急医療セット」など。
村では様々な生活必需品をセットで販売していた。
「それに、サンドリー村では毎日大量のレーズンパンを焼き上げているんだから。少ししくらい余分に分けてあげたって、バチは当たらないでしょ」
「シーナ様……本当に、なんてお心がお優しいのでしょう……」
ジャックが感激したように、目をうるうると潤ませながら私を見つめてくる。
「それにしても、カイルさんは一体どこへハンナさんを連れていくつもりなのかしら。『彼女の処遇は、旅商人であるこの私にすべて任せてください』なんて言って連れ去って行ったけど」
「そうですねぇ、一体どこへ……って、え? シーナ様? いったいどうされたんですか? 肩が震えていますよ!?」
「……プッ」
我慢しようとしたけれど、とうとう吹き出してしまう。
「え? シーナ様?」
「アハハハハハハーッ!!」
今まで必死にこらえていたけれど、もう限界だった。
「ど、どうなさったんですか? 急にそんな大声で笑い出して」
「だ、だって……元夫が、ハンナさんから「お坊ちゃま」と呼ばれていたなんて……アハハハハッ! お、おかし過ぎる……!!」
駄目だ、おかし過ぎて笑いが止まらない!
あんなに気難しそうな人が、「お坊ちゃま」だなんて!
「た、確かに……俺は侯爵様がどのような方かは知りませんけど……大の大人を、お坊ちゃま呼ばわりするなんて……ハハハハッ! ひぃ~! お、おかし過ぎて……お腹が苦しい!」
ジャックも私の隣でついに我慢できなくなり、両手でお腹を抱えながら大爆笑し始めた。
「ちょ、ちょっと……ジャック! そんな変な声を出して笑わないでよ……! よけいにおかしくなっちゃうでしょ……アハハハハハッ!」
ハンナさんの背後で、カイルさんの顔が青ざめたり赤くなったりしているのが気にはなっていたけど……。
そんな疑問が吹き飛ぶくらい、今は笑いの方が勝っていた。
「アハハハハハ……ッ!!」
「ひ~っ! ヒヒヒヒィッ!!」
私たちの笑い声は止むことなく、静かなサンドリー村に響き渡った――
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