↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「もう、うんざりだ」と言われたので、出ていきますね  作者: 結城芙由奈@コミカライズ連載中


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
51/74

第50話 なぜか毎週やってくる

 ――六月。


早いもので、私が『サンドリー村』に移り住んでから二ヶ月が経過していた。


午前九時。

いつもの日課どおり、私は新しく設けた葡萄工房へとやってきた。


「皆さん、おはようございます!」


扉を開けて元気よく声をかけると、中で作業をしていた男性たちが次々に明るい声を返してくる。


「おはようございます!」


「シーナ様、おはようございます!」


「本日もよろしくお願いしますね!」


この工房は、使われていなかった空き家を改造したもの。

壁際には陶器の壺がきれいに並び、中央には私の腰丈ほどの大きな樽がずらりと並んで良い香りを放っている。


「シーナ様。いよいよ、今日ですね」


この工房の責任者であるスミスさんが、やってきた。


「はい、そうです。いよいよ、待ちに待ったこの日がやってきました!」


スミスさんを含め、ここで働く四人の男性従業員たちが緊張した面持ちで頷く。


「いよいよ、サンドリー村特産『ワインビネガー』の解禁日です!」


私のその言葉に、工房の男性たちは一斉に歓喜の声をあげた。


「やったぁ……! ついにその日が来たぞ!」


「待ちに待っていたんだ、この日を……!」


「ついに完成するんだな……!」


スミスさんが一歩前に進み出た。


「それでは、シーナ様。お願いします」


「はい。それでは、開けますね」


一番手前にある陶器の壺の蓋を慎重に持ち上げた――



****



 出来立てのワインビネガーが入った小さなガラス瓶を胸に抱え、私は満面の笑みで工房から外へと出てきた。


「フッフッフ……なんて美しく、気品のある液体なの……」


小瓶を太陽の光にかざし、一人でほくそ笑む。


「これさえあれば、料理の幅が一気に広がるわ……」


美味しいドレッシングにも使えるし、様々な料理の隠し味にも最適。


ハチミツと水を少し混ぜ合わせれば、身体の免疫力にも良い健康的なビネガードリンクだって簡単に作れてしまう。


(そうだわ、これを早速コンビニに……ううん、でも待って。記念すべき最初に完成したこのワインビネガーは、まずは頑張ってくれた村の人たち全員に分けてあげよう)


「とりあえず、ジャックにも見せてあげようっと」


コンビニへ向けて歩き出した、その時。


背後から、ガラガラガラとリズミカルな荷馬車が近づいてくる音が聞こえてきた。


振り返ると、そこには見覚えのある旅の行商人――カイルさんが、右手でしっかりと手綱を握りしめ、左手を大きくブンブンと振ってこちらにアピールしていた。


「シーナさーん!!」


私がその場で立ち止まっていると、荷馬車は距離を縮めてくる。


「ドウドウッ!」


カイルさんが力強く手綱を引き絞ると、ギギギッ! と音を立てて荷馬車が目の前にピタリと停車した。


旅の行商人であるカイルさん。

彼は初めてこの村を訪れて以来、なぜか毎週末のように必ずこの村へ足を運んでくれるようになっていた。


今やカイルさんは、サンドリー村の特産品を大量に買い付けては遠くの町へと卸してくれる、我が村にとってなくてはならない大のお得意様である。


「こんにちは、カイルさん。またいらしてくださったのですね」


私はいつものように愛想よく笑顔を浮かべて出迎えた。


「あ、あぁ……。たしかに忙しいが……い、いえ。まぁ、暇というわけではないですが、また来ました。えーと、ゴホン! それで、どちらへ行かれるところですか?」


「はい、今からコンビニへ行くところなんですよ」


「なにっ……!? コンビニだと!?」


カイルさんの瞳に、ギラリと鋭い光が宿る。


「あの、コンビニがどうかしましたか?」


以前からずっと思っていたけど、カイルさんはなぜか「コンビニ」という言葉が出た途端に人が変わってしまう。


「い、いえ。 別になんでもないです。では、今からそのコンビニに行かれるということだな? ……あのジャックの元へ……!」


最後の「ジャック」という名前の部分だけを、やけに強調する。


「はい、そうですけど。ジャックに用事がありますので」


「用事っ!? 一体どんな用事が……あ、いや、なんでもない  では、一緒にそこへ向かいましょう。ジャックの元へな!」


御者台に座ったまま、カイルさんが手を差し伸べてくる。


「ありがとうございます。では、ご一緒させてもらいますね」


差し出した手を取ってひらりと飛び乗ると、カイルさんの隣の席に腰を下ろした。


「では、出発します」


「はい、お願いします」


カイルさんが軽く手綱を緩めると、荷馬車はガタゴトと音を立てながら進み始めた。


「それにしてもカイルさん。目が回るほどお忙しいのに、毎週末こうしてサンドリー村へ通ってきていただいて本当に大丈夫なのですか?」


私は隣に座る彼の横顔を、じっと見つめる。


「……忙しい」


「え?」


「た、確かに仕事は山積みだ! 毎日毎日、目の回るような量の書類に追われて、体がいくつあっても足りないくらい多忙を極めている……!」


「ええっ!? 旅の行商人が、そんなに書類仕事に追われるなんてことがあるのですか?」


そんな話、聞いたことがない!


「あっ……! い、いまのは失礼!  こちらの独り言、ど、どうか聞き流してくれ! まぁ、仮に少しばかり仕事の時間が取れなくとも、代わりの者はおりますから」


「なるほど……それじゃあ、カイルさんには信頼できる共同事業者がいるということですね?」


「まぁ……そんな感じだ。い、いや、そういうことです。ところで……さっきから気になっていたのですが、エプロンのポケットが膨らんでいるのは何故です?」


カイルさんは話題を無理やりそらすように、私のエプロンのポケットをチラリと一瞥する。


「これはですね、今日ついに完成したばかりの『ワインビネガー』なんです」


私は自慢げにポケットから小さなガラス瓶を取り出し、彼の目の前に見せた。


「ワインビネガー……たしか、以前に熱弁していたやつか?」


「わぁ、覚えていてくれたんですか? それを聞けてすごく嬉しいです!」


「い、いや別に……。商売人として当然の知識を記憶しているだけだ……!」


カイルさんはなぜか急に頬を真っ赤に染め、プイッとそっぽを向いて視線を逸らしてしまった。


(あ……そうだわ。このワインビネガーの販売経路も、カイルさんにお願いして開拓してもらおうかな)


なにしろカイルさんは、広範囲にわたる凄まじい人脈を持っている。

私一人では絶対に不可能だと思っていた、遠く王都への販売ルートだって彼が切り拓いてくれたのだから。


「あの、カイルさん」


「な、なんだ。いや、何ですか?」


「じつはこのワインビネガーも、これからもっと広く色々な町へ流通させたいと思っているんですけど……」


「ああ。任せろ」


「えっ!? 即答していただけるんですか?」


「ア……い、いや! 私はただ、シーナさんを全面的に信頼していますからね」


「ありがとうございます、カイルさん……!」


まさか、そこまで私のことを全面的に信頼してくれているなんて。


「と、ところでシーナさん……」


カイルさんがさらに何かを言いかけようとした、そのとき。


「待てーっ!! 泥棒!!」


平和なサンドリー村に怒声が響き渡った――


面白いと感じたら、ページ下部の【☆☆☆☆☆】から評価やブックマークをいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。