※ 第48話 また来る。必ずな
――三時間後。
「……以上が現在サンドリー村が手掛けている事業の数々になります。いかがでしたか?」
「は、はぁ……非常に、大変参考になりました」
今、俺と妻は新しく作られた「コンビニエンスストア」なる建物の前に置かれた、丸いテーブルセットに向かい合わせで座っていた。
近くでは小川がサラサラと音を立てて流れ、頭上では鳥たちの美しい鳴き声が聞こえている。
「あの……何故、こんな建物の外にテーブルと椅子を置いて話などしているのですか?」
こんな野外にテーブルを置いて話をするなど、貴族の社交場でも見たことがない。
「あ、これはですね。オープンカフェスタイルなんです。実は、まだサンドリー村にはカフェがありませんので」
ニコニコと満面の笑みで答える妻。
「オープンカフェって……」
カフェって一体なんだ!?
聞いたこともないぞ、そんな言葉。
だが領主である俺が、元妻の目の前でそんな初歩的な質問をできるはずもない。
「オープンカフェとは、外で楽しむ喫茶店のことです」
「おわぁっ!?」
不意に脇から声をかけられ、驚いて顔を上げる。
そこに立っていたのは、妻と一緒に屋敷の中へ入っていった忌々しい若造だった。
若造は飲み物が乗ったトレイを片手に、こちらを見下ろしている。
「あ、ジャック。飲み物を運んでくれてありがとうね」
「い、いえ……これくらい、どうってことありませんよ」
若造は、傍目からでもはっきりとわかるほど顔を赤らめ、俺と妻の前にグラスを置いた。
「ごゆっくりどうぞ」
ジャックと呼ばれたその若造は会釈すると、最後にすっと俺を一瞥してから去っていく。
(……なんだあの態度は! むしろ、俺の方から思いっきり睨みつけてやりたいくらいだ!)
若造の態度も気になったが、それ以上に目の前に置かれた怪しげな飲み物が気になって仕方がなかった。
グラスの中身は綺麗な薄紫色の液体で満たされ、ご丁寧に細い筒状のものまで刺さっている。
「あの、これは一体……?」
「この飲み物は村の特産品を使った葡萄ミルクです」
「葡萄ミルク……?」
あの酸っぱい葡萄を使っているというのか?
本当に飲めるのかそれ……。
「ん~、美味しいっ」
じっとグラスを見つめていると、いつの間にか妻は例の筒を使って美味しそうに葡萄ミルクを飲み始めていた。
(本当に、そんなに美味しいのか……?)
疑わしい気持ちを隠せないまま、恐る恐る一口だけ飲んでみる。
「……っ!な んだこれは……美味しい! なんて美味しいんだ!」
あんなに酸っぱいはずの葡萄なのに、絶妙な程よい甘さがある。
さらにミルクが加わることで信じられないほど滑らかな口当たりになっている。
文句なしの絶品だ……!
「よかった。お口に合いましたか?」
「あぁ、美味しいなんてものではない。こんなに素晴らしい飲み物は、生まれてこの方一度も飲んだことがないぞ。これは凄い! ……あ」
しまった……!
感動のあまり、つい尊大な話し方をしてしまった!
俺はあくまで「旅の商人」という設定。
こんな貴族風の喋り方をしては怪しまれてしまう……!
慌ててチラリと妻に視線をやると、彼女は魅惑的な笑顔で俺を見つめていた。
その瞳に、思わず胸がドキリとする。
「よかった。この飲み物も、サンドリー村の新しい特産品として本格的に売り出そうと思っているんです。ここを一大観光地にしたいんですけど、まだまだ発展途上ですからね。このオープンカフェも、早くパラソルを用意したいんですけど……」
「パラソル?」
一体、それはなんだ?
「あ、パラソルっていうのは、大きな日よけの傘のことです! このテーブルの真ん中に大きな傘を立てたら、日差しも防げて素敵だなと思って。でも、そんな大きな傘はありませんから」
「……なるほど。それは実に、素晴らしいアイデアですね」
確かに日よけがあれば夏は涼しく快適に過ごせるだろう。
まさか、あの『カプシーナ』が、ここまで先進的な発想を次々と生み出すとは……。
もしかしてアホなフリをして、俺を油断させていただけだったのだろうか?
「この『コンビニエンスストア』も村の発展のために作りました。なにしろサンドリー村には、お店が一つもありませんでしたから。ちょっとした軽食から食料品、日用品まで揃えています。ちなみに、さっき飲み物を運んできたのが、この店の店長のジャックです」
「ジャック……! そうだ、一体あの若造との関係はどうなっているんだ……! いや、どうなっているのです!?」
思わずガタンと勢いよく椅子から立ち上がり、見下ろした。
「え 何って……一応、私がこの店の社長で、彼はその従業員ですけど?」
「従業員……?」
「はい、そうです。このサンドリー村の住民全員が、一つの大きな『企業』。村民たちはみんな従業員で、私がその社長。それぞれの仕事量や働き方に応じてお給料を支払い、得た収益の中から、私が国に税金として納めているんです」
「村民たちが全員従業員で、村長が……社長……?」
なんだって……!?
そんな発想、今まで聞いたこともないぞ!
「あの……カイルさん? 顔色が悪いようですけど、大丈夫ですか?」
「あ……は、はい。私は、全然大丈夫……だ」
気を取り直して席に座り直し、改めて目の前の妻の顔をじっと見つめる。
(なんなんだ、いったい……? 彼女を見ていると、自分がなんだか途方もなくちっぽけな存在に思えてしまう。それに、先ほどからどうして俺の胸はこんなにうるさくドキドキしているんだ……?)
だが……どうしても気になって仕方のない疑問が、もう一つだけ残っていた。
「ごほん……! 最後に一つだけ、聞いておいてもよろしいでしょうか」
「はい、何でもどうぞ」
「なぜ村長なのにメイド服なのですか?」
もっと良い服を着ればよいのに。
それなりに金は渡したはずだ。
「動きやすいからです。本当はズボンを履きたいのですけど、あいにく女性用のズボンが売っていなくて。もしミシンがあれば、自分で簡単に縫えるんですけど。今はそんな時間がなくて」
女のくせにズボンを履きたいだと!?
それに……。
「あの~……『ミシン』とはいったい何でしょう?」
「あ! すみません、つい夢みたいなことを口走ってしまって! ミシンというのは、こういうものなのですけど……」
妻はポケットからメモ帳と万年筆を取り出すと、サラサラと何かを書き始めた。
テーブルの上には、何やら奇妙な左側に直角に曲がっている機械。
右側には車輪の様な物がついた絵だった。
「絵、ものすごくお上手ですね」
それはお世辞などではなく、心からの純粋な賛辞だった。
写実的で、構造が手に取るようにわかる見事な絵だ。
まさか、彼女にこんな並外れた絵の才能まで隠されていたとは。
「ありがとうございます。イラストレーターでしたから」
「え? イラストレーター……?」
(なんだ? また聞き慣れない言葉が出てきたぞ)
「あ、なんでもありません。これが私の想像したミシンです。この台の下に足踏み用のペダルがあって、それを足で踏むと針が動いて自動で布を縫えるようになっているんですけど……まあ、無いものねだりですね。気にしないでください
「ちょっと待て」
メモ紙をポケットにしまいそうなのを引き留めた。
気付けばその手を握りしめている。
「あ、あの?」
「そのメモ、譲ってくれ」
「ええ? 単なる落書きですよ?」
確かに妻にとっては単なる落書きかもしれないが……。
「あまりに上手だから、持ち帰りたい」
「え? ええ、どうぞ」
そこでようやくハッと我に返り、彼女の手から手を離した。
「ありがとうございます……大切にさせてもらう。さて、そろそろ帰る事にします。お土産も沢山いただきましたし」
メモ紙をポケットにしまい、立ち上がると馬に跨る。
「はい。本日は遠いところお越しいただきまして、ありがとうございました」
妻も明るく笑顔を浮かべながら立ち上がる。
「また来る。必ずな」
お前に会いに……。
「え? あ、はい。またお待ちしていますね」
「では、失礼する!」
「お気をつけてお帰りください!」
手を振る妻に見送られ、サンドリー村を後にした。
様々な思いを胸に抱きながら――




