※第46話 村長の正体は妻だった
のどかな田舎の一本道を馬に跨り、『サンドリー村』に向けて進んでいた。
今乗っているのは、カントリー町の馬屋でわざわざ借りた馬だった。
長距離を走らせて疲弊した愛馬を、これ以上酷使するのは馬が気の毒だからだ。
「中々よく調教された良い馬だ。乗りやすくて悪くない。しかし……この靴擦れが、どうにも痛むな……」
今回は完璧な変装をするために衣服はおろか、履き慣れない木靴にまで気を使ってしまった。
それが完全に裏目に出てしまったようだ。
「まさか、木靴がこれほど足を痛めつけるとは……カントリー町の宿に戻ったら、手当てをしないとな……」
ブツブツと独り言を呟きながら、ふと嫌な予感が頭をよぎる。
(それにしても、妻に俺だとバレないだろうか……? 念には念を入れて、わざわざかつらをかぶっているし、眼鏡もかけている。変装としては完璧なはずだが……いや、大丈夫なはずだ)
ちなみにこのかつらは、途中の町で理髪店で購入したものだった。
店主からは「ぜひつけ髭も一緒に!」としきりに勧められたが、それは全力で辞退した。
清潔感を何よりも重んじる俺としては、顔に不自然な毛を貼り付けるのだけは、どうしてもプライドが許さなかったからだ。
「まぁ、髭がなくてもこの変装なら問題ないはず……お、村の入り口が見えてきたぞ。よし、気を引き締めていくか!」
痛む足を我慢しつつ、手綱をグッと強く握りしめた――
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「な、なんだ……? 一体、これは……?」
村の敷地に一歩足を踏み入れた瞬間、我が目を疑ってその場で固まった。
二週間前に訪れたときは、寂れ果てたどうしようもない田舎村だったというのに。
一体、何がどうしてこうなったと言いたいほど、見違えるような変化を遂げていたのだ。
村の随所にあった古びた井戸はすべて最新のポンプ式井戸に変わっている。
家々の軒下には綺麗に加工された木製の棚板がずらりと設置されていた。
その上には大きなザルが整然と並び、その下には仕込み中なのだろうか、真新しい壺がいくつも並んでいた。
「なんだ? あの並んだ壺は……?」
首をかしげていると、ふと前方で何人かの村の女性たちが集まっているのが見えた。
彼女たちは、大きな木製の桶から突き出た長い棒を両手でしっかりと握りしめ、楽しげにグルグルとかき混ぜている。
「一体、あれは何をしているんだ……?」
馬に跨り、周囲をゆっくり見回せば回るほど、サンドリー村の変貌ぶりは常軌を逸していた。
「この村で、いったい何が起きているんだ? どこを歩いても香ばしいパンの焼ける美味しそうな匂いが漂っているし……」
思わず、スゥ~ッと鼻から甘い空気を吸い込んだその時。
「あの~、旅のお方。こんな我が村に、何か御用ですかな?」
不意に背後から声をかけられて振り返ると、そこには人の良さそうな年老いた男性が立ってこちらを見上げていた。
もしや、この老人こそが村長なのだろうか?
痛む足を必死にこらえながら馬から降りると、慌てて帽子を取って丁寧に頭を下げた。
「はじめまして、私は旅の行商人です。実は、お隣のカントリー町で『レーズンパン』というものを知って口にしたのですが、それがもう絶品でした。こちらの村でそのレーズンを作られていると聞き、一体どのようなものか非常に興味が湧いて伺ったのです。……もしや、あなたがこちらの村長さんでしょうか?」
「あぁ、なるほど。そういうことでいらしたんですな? 確かに以前はこの村の村長をしておりましたが、つい最近引退しましてね、今は別の方に村長をお願いしているんですよ」
「そうだったのですか」
村長が変わっていたとは……。
「その方がまた、村民全員が心から尊敬する素晴らしいお方でしてな! そのお方がレーズンを考案したのです。最近ではワインの製造まで手掛け始めましてねぇ。まぁ、ワインが完成するまでにはまだしばらく時間がかかりますが」
「なんと……! あのワインの製造まで手がけているのですか!」
この村には、確かもうワインの伝統的な製造方法を知る職人など一人もいなかったはずなのに。
まさか再びワイン製造が始まるとは……!
「それは凄い……。かなりやり手の優秀な村長さんのようですね。あの、もし差し支えなければ、その村長にお会いすることは可能でしょうか?」
あれ程、さびれた村だったのに。
それがたった二週間でここまでの先進的な村へと変えてしまうとは……。
一体、どのような人物なのだろう。
ぜひともこの目で拝んでおきたい。
「ええ、もちろんですよ。多分今は、あちらの花壇の方で作業をなさっている最中だと思いますよ」
元村長が指さした先には、美しく整備された大きな花壇が広がっていた。
「ご丁寧にありがとうございます」
痛む足をひそかに堪えながら再び馬に跨ると、元村長に礼を述べて小川の先にある花壇へと向かった――
カッポ
カッポ
カッポ……
蹄を鳴らしながら村の中を馬が進む。
「ん?」
ふと、奇妙な看板を掲げた真新しい建物を目にして思わず手綱を引いた。
「ん……? なんだ? あの妙な看板は……『コンビニエンスストア』? 聞いたこともない、変な名前の店だな……」
一体、あの中では何を売っているというのだろうか。
(まあいいか。今は余計な詮索をしている場合じゃない。まずは、この村の驚異的な改革を成し遂げた『村長』に会うのが先だ!)
私は気を取り直して再び馬を進め、ついに目的の花壇へと辿り着いた。
「こ、これはまた……見事なものだな……」
花壇には色とりどりの鮮やかな花々が咲き誇り、辺り一帯には得も言われぬ良い芳香が漂っていた。
だが、肝心の村長の姿は見当たらない。
「妙だな……? どこに行ったのだろう?」
キョロキョロと辺りを見回しても人の気配はない。
ひょっとして席を外しているのだろうか?
「まぁいい。少し待つことにしよう」
馬から降りて、たまたま近くにあったベンチに腰掛けぼんやり空を見上げていた。
ピピピピピ……
周囲の木々からは鳥の美しい鳴き声が聞こえている。
「穏やかな村だな……」
こういう村で余生を過ごすのも悪くないかもしれない。
そんなことを考えていると――
「申し訳ございません! お待たせいたしました!」
背後から明るく元気な声が聞こえた。
驚いて振り返り、その場で全身の血が凍りつく。
そこにいたのは他でもない。
「はじめまして、私がサンドリー村の新しい村長です」
メイド服姿の妻が笑顔で会釈してきた――
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