※第43話 お前は護衛執事だろう?
――午前八時。
「旦那様、またしても奥様の様子を見に行かれるのですか?」
部屋で簡単に朝食を済ませた後。
自室で身支度を整えている俺に、執事のウィリアムがやれやれといった様子で尋ねてきた。
「ち、違う! 妻の様子を見に行くんじゃない! 『サンドリー村』の様子を見に行くんだ! やっと仕事が一段落ついたところだからな!」
初めてあの村を訪れてから、二週間。
急ぎの仕事を全て放り出して村へ赴き、その後五日間も高熱で寝込んでしまった。
そのせいで仕事が山積みになっていたが、ようやく昨日すべて片付けることができたのだった。
「さようでございますか……。でしたら、何故そんな身なりに着替えていらっしゃるのですか? まるで、ただの農夫のようじゃありませんか」
今の俺は高級な仕立て服を脱ぎ捨て、動きやすい麻のズボンに綿のシャツ。
その上から質素なベストという格好をしていた。
「見れば分かるだろう? 変装だ。そんなこともお前には分からないのか?」
まったく、なんて理解力に乏しい執事なのだろう。
「いえ、変装なのは分かっておりますよ。私が問いたいのは、何故わざわざ変装していくのか、ということです。いつもの身なりで堂々と行けばよろしいではありませんか」
「っ……!」
痛いところを突かれてしまう。
「変装していくということは、やましいことがあるからではありませんか? 本当は、奥様にこっそり接触するためにバレないようにしていかれるのですよね?」
「ば、馬鹿なことを言うな! それよりもウィリアム、お前も早く準備をしろ! 出かけるぞ!」
「なんですって!? 冗談じゃありませんよ! なぜ私がまた旦那様の道楽に付き合わなければならないのですか!? お一人で行ってください!」
俺以上の大きな声で、ズケズケと冷たい言葉を言い返されてしまった。
「おい、道楽とはなんだ、道楽とは! これは視察だ! あくまで『サンドリー村』の経済状況の視察に行くだけの話だ! とにかく早く準備をしろ、一時間以内に出発だ! これは当主命令だからな! 大体、俺は侯爵なんだぞ? 一人旅をして何かあったらどうするつもりだ。お前は俺の護衛執事だろう!?」
「私は護衛執事ではありません 筆頭執事です!」
なんて奴だ……ここまで反抗的な態度をとるとは。
こうなったら、最後の手段を使うしかなさそうだ。
「そうか……。どうしても俺の言うことが聞けないなら、お前を筆頭執事から一番下のフットマンに降格させるぞ?」
「な、なんですって……!? くぅ……まさか、権力で脅迫してくるとは卑怯な……!」
「どうだ? 俺の言うことを聞くか、それとも――」
「分かりましたよ……行きます! 行けばいいのでしょう? 行けば!」
ウィリアムは頭を抱え、やけくそ気味にそう吐き捨てた――
****
ガラガラガラガラ……。
初夏の青空の下。
俺とウィリアムを乗せた質素な馬車が、サンドリー村へと続く一本道を進んでいた。
「まったく、また自ら御者をさせられるとは……しかも、こんなボロ馬車で……」
手綱をきつく握りしめながら、ウィリアムがねっとりと恨み言をつぶやく声が聞こえてくる。
「今、何か言ったか?」
「い、いえ。なんでもありません、御者として安全第一で馬を御しております」
「そうか。……ウィリアム、『カントリー町』まではあとどれくらいだ?」
「そうですね。あと小一時間ほどで到着するはずです」
「分かった。町に着いたらまた宿屋を手配してくれ。俺はそこから馬に乗り換えて、一人で『サンドリー村』へ向かう」
「なんですって!? また私に留守番をしろとおっしゃるのですか!?」
耐えかねたように、ぐるりとウィリアムがこちらを振り返る。
「当たり前だろう? こちらはあくまで『お忍び』で視察に行くんだ。お前のような大男が、のしのし歩いていたらせっかくの変装が台無しだろうが」
それに、一緒に連れて行けば妻にバレてしまう。
絶対に農夫のような姿を見られるわけにはいかないのだ。
「分かりましたよ、留守番すればいいのでしょう! ですが旦那様。その代わり、今回の件はしっかりと特別手当てをはずんでいただきますからね?」
「ああ、わかった、任せろ。男と男の約束だ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべて頷くと、再び馬車の窓の外へと視線を戻した。
(あいつが今、あの村でどうしているか……この目でしっかりと確かめてやる。あの時はなんだか妙に生き生きと暮らしていたが、貴族育ちのあいつのことだ、きっと不便な暮らしに音を上げて今頃は苦労しているに違いないからな……!)
そしてこの後。
俺は驚愕の事実を知ることになる――
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