第42話 私、村長になります!
「あ、あの……それって、女性でも対象になるのかしら……?」
小さな子供を連れた一人の女性が、恐る恐る手を挙げた。
彼女は夫を亡くし、女手一つで子供を育てている身だった。
「はい、もちろんです! 女性であろうと男性であろうと、対等にお給料をお支払いしますのでご安心ください。それに、レーズン作りは力仕事が全く必要ありません。むしろ、女性にこそ向いているお仕事だと思っています。でも、それだけではありませんよ~!」
私は村の人たちをぐるりと見渡す。
「実はですね……私が考えているのは、レーズン作りだけではないんです! 村の葡萄を使って、ワインの製造も考えております!」
「ワインだって!?」
「あの、ワイン……?」
「そんなもの、作ったことないぞ……」
「難しそうじゃないか……?」
村の人たちが一斉に戸惑い、ざわめき始める。
(まぁ、確かにいきなりワイン造りと言われても驚くわよね)
「あの……シーナ様」
アナさんのご主人であるヨゼフさんが、遠慮がちに手を挙げた。
「はい、どうぞ!」
「確かに、ずいぶん昔はこの村でもワインを製造していたことがあるんです。ですが今は、誰一人としてその作り方を知りません。だから、栽培した葡萄をそのまま他の町や村に買い叩かれて売ることで、どうにか生計を立てているのですが……」
その質問、待っていました!
「大丈夫、ご安心ください。私が皆さんに、ワインの製造方法をすべて伝授させていただきます!」
「えっ!? シーナ様は、ワインの作り方までご存知なのですか!?」
一番に驚いたのは、他でもない隣にいたジャックだった。
「もちろんよ、だって私は以前にワインを造っ――」
ん……?
(そういえば、どうして私、ワインの造りかなんて知っているんだろう?)
「素晴らしい! それでは、この村の特産品がさらに増えるということですね!?」
興奮気味に声を上げたのは、お隣に住むスミスさんだった。
その大きな声のせいで、思い出しかけていた記憶の糸がプツリと切れる。
「ええ、そうですとも! レーズンに、ワイン。『サンドリーと言えばワイン! そしてレーズン!』と言われるほどの特産品を、みんなで一緒に作り上げていきませんか?」
まるで選挙の応援演説のように力強く演説すると、周囲から一斉に歓喜の声が沸き起る。
「素晴らしい……! なんて夢のある話なんだ!」
「私たちまで雇ってもらえるなんて……!」
「すごい、すごすぎるぞ……!」
更に声を張り上げた。
「皆さん! それだけではありません! 本日のメインイベントはここからですよ!」
すると、その勢いに押されて一瞬で周囲がシーンと静まり返る。
「ねぇ、ママ。めいんいべんとって……なに?」
「しっ! 静かになさい!」
小さな女の子が小声で母親に尋ね、慌てて口を塞がれている。
そのやり取りに、私は内心でホッと胸をなで下ろした。
(良かったわ、こっちに質問が飛んでこなくて。一瞬頭に浮かんだ言葉が勝手に口から出ちゃっただけだったから)
「では、まずこちらをご覧ください!」
私は井戸の前に歩み寄り、覆っていた布をバサッと豪快にめくった。
途端に、村の人たちが再びどよめき声を上げる。
「おおっ……!」
「あれは一体、何かしら?」
「あのレバーみたいなものは何だ……?」
(うん、最高のリアクションね)
私は村の人たちを手招きした。
「皆さん、そんな遠くにいないで、どうぞ近くに来てくださいな!」
促されるまま、村人たちがわらわらと井戸の周りに集まってきた。
「皆さん。この度、私は実験的に自分の家の井戸を、『カントリー町』の職人さんたちの手を借りて改良工事を行いました。それがこちら、その名も『ポンプ式井戸』です!」
井戸の上は分厚い板でしっかりと蓋がされ、その中心には頑丈な鋳鉄で出来たポンプが取り付けられている。
「このレバーを上下に動かすだけで、地下から汲み上げた水がこの細長く伸びた先から出てくるという仕組みです。では、早速やってみましょう。ジャック!」
「はい、シーナ様!」
水がたっぷりと入った桶を持ったジャックが、キリッとした顔で進み出る。
「呼び水をお願いね」
「はいっ!」
ジャックはポンプの上部に空いた小さな穴から、水を注ぎ入れた。
「では、今からこのレバーを動かしますね」
手元のレバーをしっかりと握りしめ、力強く上下にシャカシャカと動かす。
カシャン、カシャン……と心地よい金属音が響き渡り――やがて、筒の先から勢いよく冷たい水が流れ出し始めた。
「うわぁ、すごい……っ!」
「水が出てきたわよ!」
「こんなの、生まれて初めて見たぞ……!」
やはり、このサンドリー村にはまだ一台もポンプ式井戸が普及していなかったのだ。
私自身、この村へ辿り着くまでの道中で何回か見かけて気になっていたからこそ導入したのだけれど……。
「皆さん! ポンプ式井戸がどれだけ便利か、お分かりいただけましたか?」
私は再び胸を張り、大きな声で演説を再開した。
「このポンプ式井戸を使えば、毎日の面倒な水汲み作業が劇的に楽になります。そこで私は、この村にある全ての井戸を、このポンプ式に改良して差し上げようと思います……! しかも、すべて私のポケットマネーで!」
その太っ腹すぎる宣言に、村人たちは一瞬ぽかんとし……割れんばかりのどよめきに包まれた。
「えっ……!? 本当に、村中の井戸をそんな風にしてくれるのですか!?」
「『ポケットマネー』が具体的にどういう意味かよく分かんないけど、とにかくありがとうございますっ!」
「シーナさんはこの村の女神様だぁ……!」
皆、満面の笑みを浮かべ、両手を合わせて拝む者まで現れた。
(やっぱり、人から心から感謝されるってすごく気持ちいいわね~! あんな息の詰まる屋敷を出て、本当に本当に良かったわ!)
「あの、シーナ様」
感動の渦の中、村長さんが一歩進み出てきた。
「はい、何でしょう?」
「実はですね……シーナ様がこの村に住まわれたときから、ずっと考えていたことがあるのです……どうか私に代わって、この村の『村長』になっていただけないでしょうか!」
「えええっ!? 私が、村長ですか……!?」
あまりの突然すぎる提案だ。
「いえ、でも私みたいな若いヨソ者が……」
「いいえ、そんなことはありません! 我々村民のために、ここまで親身になって未来を考えてくださるお方は、この世界中どこを探してもシーナ様以外にいません。それに、ここは元々侯爵家の領地。そして今は、シーナ様が正式に権利をお持ちになっている土地です。どうか、この老いぼれの最後のお願いを聞き入れてください!」
ズザッ……!!
村長さんはその場で勢いよく地面に土下座した。
「ちょ、村長さん、頭を上げてくださいっ!」
慌てる私の背後で、村人たちが「侯爵家」という単語に反応し、ざわめき始める。
「えっ、シーナさんって……貴族の方だったのか!?」
さっきまであんなに対等に話していたのに、と青ざめる人々。
村長さん……っ!
だから黙っていたのに……!
「あの、皆さん! 私はもう実家とも侯爵家とも完全に縁を切っています! だから、今まで通りどうか普通に接してくださいね! そして村長さん……本当に、私なんかが村長になっても良いのですか?」
「はいっ! 私には、シーナ様しか考えられません……! なにとぞ、よろしくお願いいたします!」
村長さんが力強く顔を上げ、じっと私を見つめた。
「……分かりました。そこまで仰ってくださるなら、私……この村の村長の役目、喜んでお引き受けいたします!」
周囲からは割れんばかりの盛大な拍手と歓声が沸き起こった。
(それにしても「村長」か……。でも以前に『町長』を務めた経験もある……ん?)
今、また頭の片隅を懐かしい記憶がかすめ……スッと消えていった――
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