※ 第40話 妻が別の男と暮らしている!?
「誰なんだ……? あの男。随分親しげに……いや、それどころか一緒に暮らしているのか!?」
二人が消えて行った屋敷を見つめながら――
「うっ……!」
思わず、その場で膝から崩れ落ちた。
「いったい、どういうことなんだ……? あの男は……」
グッと顔を上げたその時、すぐ背後から村人たちのひそひそ声が聞こえてきた。
「誰かしら、あの男性……」
「見かけない顔よね……」
「あの屋敷で暮らす御夫婦の知り合いかしら……?」
なっ……!? 夫婦だって……!?
思わず、そちらに耳を傾けた。
「それにしても、あの二人を見てあんなに崩れ落ちるなんて……ひょっとして、奥さんの知り合いかしら……?」
奥さん……奥さんだって!?
冗談じゃない、俺たちはまだ離婚などしていないぞ……っ!
「だけど、なんだか怪しい人ね。村長さんに言いに行こうかしら?」
何だって……!?
それはマズイ! 通報でもされたら一巻の終わりだ!
慌ててフードを深く被り直し、おぼつかない足取りでその場からコソコソと逃げ出した。
(言っておくが、俺が膝をついたのはショックだからじゃない! 病み上がりだからだ、病み上がりだからな……っ!)
誰に言い訳するでもなく、心の底で必死に叫びながら――
****
村の入り口の木立に待機させておいた馬に飛び乗り、俺は片道三十分かけて隣町の『カントリー町』へと戻ってきた。
「戻ったぞ、ウィリアム……ッ!」
宿屋の部屋に辿り着くなり、ウィリアムが待つ扉を勢いよく開けた。
「あっ、旦那様。お帰りなさいませ……って、大丈夫ですか!? お顔が真っ赤ですよ!」
机に向かって仕事をしていたウィリアムが、慌てて立ち上がる。
「あ、あぁ……ちょっとな……。色々精神的ショックなことがあって、また熱がぶり返したようだ……」
頭を押さえながら、よろめくように室内へと足を踏み入れた。
「それはいけません。すぐにベッドにお休みください!」
ウィリアムに支えられるようにして、ベッドに横たわる。
「……はぁ……」
深く長い溜息をつくと、ウィリアムが冷ややかにこちらを見つめている。
「……なんだ、その目は。何か言いたいことでもあるのか?」
「ええ、ありますとも。では僭越ながら申し上げますが……旦那様は三日前、奥様が出て行かれたショックで高熱を出して寝込んでいらしたはずですよね?」
「おい、誰がショックで熱なんか出したんだ! これは……そう、日頃の仕事の疲れが出ただけだ!」
「それなのに、熱が下がったからと言って強引に出発されたではありませんか。奥様が心配でたまらなくて、発熱した身体のままで。しかも山積みの仕事を私に押しつけて」
ウィリアムは机の上に載った書類の束を指さす。
「だから、この熱は仕事疲れだって言っているだろうが!」
全く、なんて執事だ。
主人が病気で倒れているというのに、皮肉ばかり言いやがって……!
「『サンドリー村』へは、私が様子を見に行くと言いましたのに。お一人で無理して行かれるから、こうして熱がぶり返すのではありませんか」
「馬鹿を言うな。だいたい、お前のような大男が村へ行ったら目立って仕方がないだろう……!」
もっとも、今の俺一人でも、村人から見れば十分不審者として目立っていた気がするが……。
「それで? 奥様は無事に、『サンドリー村』にいらっしゃったのですか?」
「そう、それだ……! 妻が……妻があの村で、別の妻になっていたんだ!」
とてもベッドから起き上がれる気力が湧かなかったので、天井を見上げたまま絶叫した。
「……は? いったい何を仰っているのですか? まさか、高熱のせいで頭がいかれてしまいましたか?」
「確かに今、熱はあるかもしれない……頭は痛いし、倦怠感はある。何より身体が熱っぽい! だがな……断じて、頭はやられてないからな……っ! いて!」
ダメだ、声を荒げると頭痛が悪化する。
「旦那様、無理をなさらないでください」
いつの間に用意していたのか、ウィリアムが冷たい濡れタオルをそっと額に乗せてくれた。
「……ふぅ、助かる。生き返るようだ」
「……それで旦那様。先ほどのお話ですが、いったいどういうことなのです? 奥様が別の妻になっていたとかなんとか……奥様は、村にいらっしゃったのですか?」
「妻は確かに無事にサンドリー村へ辿り着いていたし、俺が権利書を渡したあの大きな屋敷に住んでいた……だがな、若い男と一緒に新しい所帯を持って暮らしていたんだ!」
「ぐっ……いて!」
勢いよく起き上がろうとした拍子に、激しい頭痛が襲ってきた。
「旦那様、どうか落ち着いてください。奥様が新しく所帯を持つなんて、そんなはずはありません。まだお屋敷を出て一週間も経っておりませんし、離婚だって成立しておりません。何より、以前の奥様は旦那様にぞっこんだったではありませんか」
「む……お前の口から『ぞっこん』なんて言葉を聞くと寒気がするが……だが本当に、あいつは別の男と一緒に、あの屋敷で仲睦まじく暮らしていたんだよ! あの男……おそらく俺より年下だ。随分と若く見えた……。それに妻の方だが、なんとメイド服姿で洗濯をしていたんだぞ!? 信じられるか?」
「えっ……? 奥様が、洗濯を……? 嘘でしょう? あの『一日中ソファでゴロゴロしていたズボラな奥様』がですか?」
「ああ、そうだとも! いつも怠け者で、食事の時以外はベッドかソファで寝転がっていたあの妻が、だぞ!」
「それは……にわかには信じがたいですね……」
「だが、この目で見たんだから間違いない。それに……驚いたことに、あいつはずっと生き生きとしていた。俺がちゃんと見ていなかったせいで、屋敷の使用人たちからも『カプシーナ』呼ばわりされて……あの家での暮らしは、あいつにとって息が詰まるものだったのかもしれないな……」
そう考えると、妻に対しては少しばかり気の毒なことをしてしまったかもしれない、と今更ながらに反省の念が湧いてくる。
「旦那様……それで、今後はどうされるのです?」
「とにかく、あいつが無事に村へ辿り着いていたことが確認できたわけだし……もういい。屋敷へ戻るぞ。残してきた仕事が山積みだからな。帰りの馬車の用意を頼む」
気力を振り絞ってベッドから身体を起こした。
「そのお身体で、すぐに出発されるのですか?」
「……これくらい、気合いで平気だ」
「あの……もう一度、奥様の様子をしっかり見に行かなくても……よろしいのですか?」
ウィリアムが、何やら言いにくそうに言葉を濁す。
「ああ、もういいんだ」
今は、まだな――
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