第37話 やはり俺が行くしかないのか……
「いい? ジャック。大掃除の基本はね、まず埃をかぶりそうなものは全て屋外に出すのよ?」
私とジャックは、埃を吸わないように三角に折った布で鼻と口元をしっかりと覆っている。
「はい、分かりました。それでこの後はどうするのですか?」
「いい質問ね」
既に外で仲良く天日干しされているソファをチラリと見ながら、頷いた。
「本当は上の階から順番にやるのが効率的なんだけどね……」
腕組みをしながら少し考える。
「でも、今夜からすぐ使う場所を優先しましょう。まずは、この一階からよ!」
「はい! シーナ様」
「まずは、はたきで埃を払っていくわよ。ジャックはあっちの棚をお願い」
「分かりました」
私たちは手分けして、はたきをかけることにした。
「ふんふ~ん♪」
鼻歌を歌いながら、パタパタとはたきを振っていく。
「わぁ、すごい埃……」
「本当ですね。すごい埃です」
「上から下へ、順番にね。天井の隅や棚の上。それから壁際もよ!」
「こうですか?」
ジャックも私の動きを見よう見まねで、天井近くに手を伸ばした――
****
「はたきの後は、床をはくわよ。でも、乾いたまま掃くとまた埃が舞うから、これを使うの」
あらかじめ水に浸して細かく切っておいた布切れを、床にパラパラと撒いた。
「シーナ様、これは何ですか?」
「濡らした布を撒いてから箒ではくと、埃が舞い上がりにくくなるのよ」
「へぇ……なるほど! それは考えもつきませんでした」
「そう? それじゃあさっそく箒で掃くわよ」
ジャックに箒を手渡すと、私たちはさっそく掃き掃除を開始した――
***
「すごい……シーナ様の言う通りに床を箒で掃いたら、こんなに早く掃除が終わりましたよ!」
すっかりゴミが掃き清められた床を、ジャックが感動した様子で見つめている。
「でしょう? これこそ時短術よ」
「時短術……? 何だかまたしても不思議な言葉が出てきましたね?」
言われてみれば……。
「う~ん、なんだかその言葉がフッと頭に浮かんだのよね。それよりジャック、一度ポットの様子を見に行きましょう」
「はい!」
私たちは屋敷の裏庭へと向かった――
「どれどれ、冷えてるかな~」
一つ目のポットの布を外して、そっと中を確認してみる。
「おおっ! これはすごいわ! ジャック、あなたもその壺に手を入れてごらんなさいよ」
「はい」
ジャックは布を外し、壺の中にそっと手を差し入れてみる。
「わあっ!! 冷た! 一体これはどういう仕組みなのですか!?」
「簡単な仕組みよ。ほら、砂が濡れているでしょ?」
「はい、濡れていますね」
壺の中の砂に触れながら、ジャックが目を丸くする。
「その水がね、少しずつ蒸発していくの」
「蒸発……ですか」
「そう。水ってね、蒸発する時に周りの熱を奪っていくのよ。ほら、例えば……汗をかいた後、風が吹くと涼しく感じるでしょ?」
「あ……確かに、そういえば」
「あれと同じ原理よ。濡れた砂がどんどん蒸発していって、その分壺の中が冷えていくの」
「なるほど……! そんなこと、考えもつきませんでした!」
ジャックが感心したように大きく頷く。
「そういうこと。だから、時々この砂に水をかけて湿らせてあげないとダメなのよ。それじゃあ早速、買ってきた食材を壺の中に入れましょう」
「はい!」
二人でテキパキと食材をポットに入れながら、ジャックが話しかけてくる。
「それにしても、本当にシーナ様は物知りですね。本当に驚きですよ」
「そう? こんなの常識よ。だって冷蔵庫のない時代はいつもこうやって保存――」
(えっ? 冷蔵庫……? 冷蔵庫って、何だっけ……?)
だめだ。
一瞬脳裏を横切った気がしたけれど……。
まぁ、いっか!
「ジャック、それが終わったら掃除の続きよ! まだまだやることがたくさんあるんだから」
「はいっ! 頑張ります!」
ジャックは満面の笑みで頷く。
――その後。
二人で床と壁の拭き掃除。
さらに窓ふきを手分けして行い、日が暮れる頃にようやく一階の掃除が終わったのだった――
****
ボーン
ボーン
ボーン……
静まり返った執務室に振り子時計の音が鳴り響く。
俺は仕事の手を止めて時計を見上げた。
「十九時……もう、こんな時間か」
ペンを置くと立ち上がり、窓へと向かう。
窓の外の太陽はすっかり沈み、空は夕闇に染まっていた。
「あいつ……、今頃どうしているのだろう……?」
何一つ自分でできないのに。
使用人も誰もいない状況で、あの村で一人で暮らしていけるのだろうか……?
いや、その前に無事に村に辿り着けたのか?
荷馬車を用意した男に金貨を払って、そのまま御者に雇って去って行ったというが……果たして本当にそうなのか?
もしかして金を巻き上げられて、森の中にでも捨てられてしまっていたり……!
「そうだ……! 俺は今まで、妻がサンドリー村に住んでいることしか考えていなかった! もしかしたら、既に金貨だけ奪われて行方不明になっている可能性だってあるのに……! くそっ! どうしたらいいんだ!」
両手で髪をかきむしる。
「そんなに心配でしたら、何故初めから『出て行かないでくれ』とおっしゃらなかったのですか?」
「おわぁぁああっ!!」
すぐ耳元で突然声が聞こえ、思わず情けない悲鳴を上げて振り返る。
そこには、いつものように涼しい顔をしたウィリアムが立っていた。
「ウィリアムっ!! お、お前、いつからそこにいた!? 急に声をかけるな! 心臓が止まるかと思っただろう!?」
「『もしかして金を巻き上げられて、森の中にでも捨てられてしまっていたり』というあたりからです。……いくらノックをしてもお返事がなかったので、失礼して入らせていただきました」
「な、何だって……!?」
うかつだった。
まさか、自分の不安を声に出して叫んでいたとは……!
「旦那様、それほど奥様が心配なのでしたら、もうご自分の目で確かめに行くしかありませんね」
「はぁ!? 何だって!? お前は俺に、わざわざサンドリー村まで行けと言うのか!? こんなに仕事だってあるのに!」
背後にある書斎机を指さす。
「はい、そうです。ご自身の目で、奥様の無事をしっかりと確かめるべきです」
「ウィリアム、お前が代わりに――」
「私はこの屋敷を取りまとめなければなりませんので、無理です」
なんて奴だ……!
最後まで言い切る前に、即答されてしまった。
だが……。
「やはり俺が行くしかないのか……」
再び窓の外の暗闇に目を向け、深い溜息をついた――
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