第36話 じゃがいもの常識を覆してみせるわ!
ガラガラガラガラ……
太陽が真上に登る頃、私たちはサンドリー村に辿り着いた。
荷馬車は速度を落として、村の中をゆっくりと進む。
「ありがとう、ジャック。帰りはずっと、あなたに手綱を握らせてしまったわね」
私は荷台から身を乗り出した。
「い、いえ。そんな! これくらいお安い御用です。この先も荷馬車を出すときは、俺が手綱を握りますから。どこへでもお供しますので、どんどん俺を頼ってくださいね!」
「フフ、ありがとう。頼もしいわね」
「い、いえ。でも良かったですね、シーナ様。村に戻る途中で、初対面の村民たちに会えて」
畑仕事をしていた人たちは、見慣れない私たちを見て驚きの表情を浮かべていた。
そこで馬車を止めて、丁重に挨拶をすることができたのだった。
「ちょうど畑仕事をしている時間帯で良かったわ」
「本当、偶然でしたよね」
「でも、一軒一軒お宅を回ってご挨拶に行く手間がだいぶ省けたわ」
すると、ジャックが目を丸くする。
「ええっ!? シーナ様! まさか、村人全員にご挨拶をするつもりだったのですか!?」
「もちろん、当然じゃない。挨拶は基本中の基本よ。それがビジネスマナーというものなのだから」
「ビジネスマナー……? またシーナ様は、変わった言葉を言いますね」
「え? あ、そうね。またしてもなぜかフッと頭に浮かんだのよ。変ね」
首をかしげる私に、ジャックは笑った。
「いえ、変ということはありませんよ。挨拶はビジネスマナー、ということですね?」
「ええ。そうね」
ジャックが納得してくれたなら、まぁそれでいいか。
「でも、サンドリー村では他にじゃがいもや亜麻も育てていたのね~、葡萄だけじゃなかったなんて知らなかったわ。この先がとても楽しみ」
何しろ、ジャガイモは無限に美味しい料理を楽しめるのだから。
「そうでしょうか……?」
なぜかジャックの顔が曇る。
「あら? どうかしたの?」
「え? だってじゃがいもと言えば蒸して食べるか、スープで食べるかしかありませんよね? あまりぱっとしない味ですし、貴族の人たちは口にすることはありませんし……」
「えぇっ!? そうなの!?」
「はい、そうですよ。こう言ってはなんですけど、その……貧しい人たちがパンの代わりに食べるようなものでして……」
「そうなの!? だったら私がジャガイモの常識を覆すような料理を作ってあげるわよ! このサンドリー村の人たちのためにね!」
私は荷馬車の上で、勢いよく立ち上がった。
「うわっ! シーナ様、立ち上がったら危ないですよ!」
「大丈夫、大丈夫。あ、私たちの家が見えてきたわよ!」
木立の陰から、木造三階建ての屋敷が見えてきた。
「は、はい。そうですね」
ジャックが、なぜか耳まで真っ赤にしながら頷く。
「フフフ……やることがたくさんあるわね、ジャック。家に帰ったらまずは、食材を冷蔵保存するための保存装置を作るわよ」
「え? 保存装置……ですか?」
「ええ、あれを使ってね」
私は荷台の隅をビシッと指さした――
****
――それから1時間後。
私とジャックは、家の裏庭にいた。
足元には、三つの大きな素焼きのツボが並べられている。
それぞれのツボの中には二回りほど小さなツボが入り、その間に隙間なく砂が詰められていた。
「シーナ様……言われた通りに準備しましたが、いったい何に使うのですか?」
ジャックが首を傾げる。
「まぁまぁ、見ていてちょうだい」
私の足元には、小川から汲んだ冷たい水が並々と入ったじょうろが置いてある。
私はそれを持ち上げようとしたが――
「お、重いっ……わ……」
駄目だ、重くて持ち上げられない。
「シーナ様、女性がそんな重いじょうろを持つのは無理です! 俺に任せてください、どうすればいいですか?」
「そう? なら、ツボの中の砂が十分濡れるくらい、水を注いでくれる?」
私はツボを指さした。
「はい、お任せください!」
ジャックはテキパキと、次々にツボの中へと水を注ぎ入れていく。
「……終わりました、シーナ様」
「ありがとう。じゃあ次は、濡らした布でツボに蓋をするのよ」
あらかじめ水に浸しておいた布を、三つのツボの上にしっかりと被せた。
「……これで、終わりですか?」
不思議そうにジャックが尋ねる。
「そうよ。あとはこのまま、しばらく置いておきましょう。その間に掃除をするわよ。はい、これ」
私は先ほど手作りした掃除道具をジャックに手渡した。
「これは……何でしょう? 初めて見ましたけれど?」
「それはね、『はたき』っていうの」
「はたき……ですか?」
「そうよ。お掃除には必需品なんだから」
「そうなんですね! 本当にシーナ様は物知りですね、感心します」
「もちろんよ。だって私は長年、清掃員として働いて――」
ん? せいそういん……?
「どうしました、シーナ様?」
「ううん、なんでもないわ! それじゃあ、掃除をしに行きましょう!」
「はい!」
私はジャックを連れて、やる気に満ちた足取りで屋敷の中へと向かった――
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