第35話 ええっ!? ないの?
「えええっ!? ないっ!? ないんですかっ!?」
この町唯一の洋品店に、私の声が響き渡る。
「シーナ様、どうか落ち着いてください」
ジャックが、珍しく取り乱す私を必死に宥めてきた。
「本当ですか? 本当に、女性向けのズボンはないのですか?」
「はい、嘘など申しておりません! 本当の本当に、女性向きのズボンというものは当店では取り扱っておりません。いいえ、何処の町であれ、それがたとえ王都だとしても取り扱っている店など存在しないでしょう!!」
洋品店の男性店主が、きっぱりと言い切る。
店主のいるカウンター越しにはずらりと棚が並び、反物の布が天井まで積み上げられている。
一方、私たちの背後には壁のフックから見本品の服が吊り下げられ、棚には既製品の服が整然と並べられていた。
私は動きやすいズボンが欲しくてこの店にやって来たというのに……。
「クッ……まさか、この世界には女性がズボンを履く文化すらないなんて……!」
私は悔しさにグッと拳を握りしめる。
(このメイド服も動きやすいと言えば動きやすいけれど、やっぱりロングスカートではこれからの生活が不安よ……)
「シーナ様、仕方ないですよ。女性はスカート、男性はズボンと決まっているのですから」
ジャックが優しく慰めてくれる。
「……いいわね。ジャックはズボンで」
「えっ!? だ、駄目ですよ!? い、いくらシーナ様の御願いでも、ズボンだけは……っ!!」
なぜかジャックは真っ赤になり、自分のズボンの裾を両手で必死に押さえた。
「あら、いやねぇ。いくら私でも、今すぐジャックのズボンを譲ってもらおうなんて思っていないわよ。安心してちょうだい」
笑顔で彼の肩をポンポンと軽く叩いた。
「は、はぁ……」
(それにしても困ったわ……。女性向けのズボンがないなんて)
何しろ、この店主は「絶対に女性のお客様にズボンは仕立てません! これだけは譲れません!」と頑なに言い張るのだから。
店にあるのはほぼワンピースばかり。
その中からかろうじて一番動きやすそうなスカートを五着見繕い、私たちは店を後にしたのだった――
****
ガラガラガラガラ……
サンドリー村へ向かう馬車の中、手綱を握りながらジャックが話しかけてくる。
「たくさん買い物をしましたね、シーナ様」
「ええ、そうね。でも、これからまだまだ足しげくこの町に通うつもりよ」
ビリッ!
ジャックの隣に座っていた私は、買ったばかりの木綿の布を細く切り裂いた。
「……あの、ところで先ほどから何をされているのでしょうか……?」
手綱を握ったまま、ジャックがチラリと横目でこちらを覗き見る。
「あ、これ? 掃除用具を作っているのよ。家に帰ったら、今度は本格的な大掃除が待っているからね」
私の膝の上には、細く裂かれた布の束が積み上げられている。
「掃除用具……? その布でですか?」
「ええ、そうよ。ジャックの分もちゃんと作るから、しっかり働いてね。その分、きちんとお給料は払うから」
「ええっ!? そ、そんな! お給料なんていいですよ! そもそもあの家に住まわせてもらうだけでもありがたいのに、今だって俺の寝具まで買っていただいたんですから! そ、それに俺は……」
「まぁまぁ、いいからいいから。タダ働きさせるつもりは毛頭ないから安心してちょうだい。住み込みの従業員として、ちゃんとお給料は払うわ。ジャックだっていずれは、誰か良い人を見つけて結婚する時が来るでしょう? そのためには自分のお金と貯金が必要よ」
「は? はぁ……そうですね……」
なぜかジャックは、この上なく酷く落胆した様子で力なく返事をした。
ははぁん……もしかして……。
「大丈夫だってば。私、それほどケチじゃないわよ。ちゃんと相場のお給料を払うから。何しろ私は、以前会社を経営したことも……ん?」
あれっ?
今、一瞬何かすごく大切なことを思い出しかけたような……?
「シーナ様? どうかされましたか?」
「ううん、なんでもないわ。今日の目標は、一階部分の掃除を完全に終わらせることよ。 頑張りましょうね」
「はい、シーナ様!」
そうだ、掃除の前にまずはあれを作らないと。
私とジャックの大切な食材を保存するための「あれ」を――!
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