第26話 今夜、屋敷で寝るのは不可能ね
その後。
お隣さん御夫婦――
スミスさんとメアリーさんに軽く夜空の下で世間話を済ませると、二人は帰っていった。
その姿が見えなくなるまで見送ると、私はジャックに向き直る。
「さてと。それじゃ、とりあえずは旅行鞄を屋敷の中に運ばない?」
「はい、シーナ様」
返事をするジャックの膝が笑っている。
……もしかして怖いのかな?
なら、私が先に入ってあげよう。
「じゃ、行くわよ」
ジャックの前を素通りして、改めて扉の前に立った。
「あの、シーナ様……?」
「開けるわね」
ノブを掴むと、ガチャッと扉を開けた。
キィイイイイ……
扉が軋んだ音を立てて開く。
「わぁ~」
思わず感嘆の声が出てしまった。
窓から差し込む月明かりで、室内が青白く浮かび上がる。
床板はフローリングで、壁も木製。
壁際には木製カウンターが設置され、かつてここが宿屋だったことを思わせる名残が残っていた。
「すごいですね。ソファやテーブルが残されていますね」
ジャックが驚いた様子で隣にやってきた。
「家具が残されているって書いてあったけど、本当だったみたいね」
ソファの上にはご丁寧にクッションがいくつも乗っている。
(あれなら使えそうね。でも本当に広い部屋だなぁ。この分なら、恐らく……。)
「うん、テニスコートくらいの広さはありそうね」
「え? テニスコート? それなんですか?」
ジャックが尋ねてきた。
「あのね、テニスっていうのはラケットでボールを打ち合って……ん?」
そこまで口にして、疑問が生じる。
あれ? テニスってそもそもなんだっけ?
一瞬何か頭に浮かんだ気がだけど、すーっと消えてしまった。
「シーナ様?」
「うーん。まぁいいか。とにかく荷物を運びましょう」
「はい、分かりました」
そう、まず大事なのは引っ越し準備。
とジャックは手分けして、旅行鞄を屋敷の中に運び込んだ。
「……これで最後の一個です」
ジャックが最後の旅行鞄を室内に運び込んだ。
「ありがとう。……ゴホッ。それにしても埃っぽいわね」
右手で口元を隠すと、空いている手で埃を振り払う。
「た、確かに埃っぽいですねぇ……クシャン! クシャン!」
ジャックが盛大なくしゃみを連発する。
う~ん、この分では屋敷全てが埃とカビまみれかも。これはきっと……。
「ここで今夜、屋敷で寝るのは不可能ね。ジャック、一緒に荷馬車で寝ましょう」
隣に立つジャックを振り返る。
「ええええ!? い、い、い、一緒にですか!?」
「そうよ、荷馬車でね」
「えええええ!! に、に、に、荷馬車でですかぁ!?」
先ほどよりも驚いている。
「だって、こんな埃とカビまみれの室内で寝るのは身体に悪いじゃない。アレルギーが出るかもしれないし」
「は? アレ……ルギー……? あの、アレルギーって何でしょう?」
「えぇと~、アレルギーっていうのは……あれ? 何だっけ? まぁ多分、身体に良くないことの言いようなのよ。そういうことにしましょ」
何だかこの村に来てから、身に覚えのない言葉が口から出てきている気がする。
まぁ、どうでもいいか。
「で? どうするの? ジャック」
隣に立つジャックを見上げる。
「た、確かにここへ入ってからくしゃみは出るし、鼻がムズムズします。なるほど、これがアレルギーというものなのでしょうね。わ、分かりました。で、では今夜は荷馬車で寝ましょう」
覚悟を決めたかのように、コクコクと頷くジャック。
「なら、早速あのクッションを外に運びましょ。並べて敷布団代わりにするわよ」
「はい、シーナ様」
私とジャックは手分けして、すべてのクッションを外に運び出した――
ホーウ
ホーウ……
林の奥からフクロウの声が聞こえている。
「う~ん。やっぱりこのクッション埃っぽいわね」
どれくらいこの屋敷が放置されていたか分からないけれど、まぁ当然だよね。
「どうします? シーナ様」
「そうねぇ。とりあえず……」
足元に転がっていた適当な枝を拾い上げる。
「え? シーナ様? 一体何を……」
「こうするのよ!」
クッション目指して棒を振り下ろした――
****
「いや~棒を振り上げたときは何をされるのかと思いましたよ」
ジャックが肩をすくめている。
「ふふ、そう? あれは埃をはたくために、クッションを叩いたのよ。……ところでジャック。どうして荷馬車の外に立っているの?」
クッションを荷台に並べながら尋ねた。
「え? そ、その……外で寝ようかと思って……ですね」
「中で一緒に寝ましょうよ」
「い、いえ! け、結構です!」
恐縮したようにブルブルと首を振る。
「でも……外で寝たら虫に襲われるかもよ?」
「ひっ! そ、それだけは……!」
ついに観念したのか、クッションを抱えると荷台に登ってきた。
「そうそう、素直が一番よ」
「は、はぁ……」
隅っこの方にクッションを並べるジャック。
「どうしてそんな隅っこに置くの?」
「あ、あの、隅っこが落ち着くんです!」
「そう? はい、ジャック。これ使って」
ブランケットを差し出した。
「あの? これは?」
「一応念の為に家を出るとき用意しておいたの。二枚あるから使ってちょうだい」
「シーナ様……なんて、お優しい……」
うるんだ瞳で見つめてくる。
よほど感動したのだろう。たかがブランケット一枚なのに。
「さて、それじゃ今夜は寝ましょう」
「はい、シーナ様」
「「おやすみなさい」」
二人で挨拶を交わすと、クッションの上に横たわった。
(うん、ちょっと寝心地はいまいちだけど、硬い床で寝るよりはずっとマシね)
目を閉じると、すぐにまどろみ……私は眠りに落ちていった――
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