第21話 今日から私、シーナです
ガラガラガラガラ……
荷馬車はどこまでも続く一本道を進んでいた。
やがて空が茜色に染まりかけた頃。
馬車道の両側に畑が見えてきた。
「わぁ~畑だわ!」
「そろそろ目的の集落に到着する頃だと思います。この畑は集落の人々が耕しているのでしょうね」
青年御者――ジャックさんが教えてくれた。
「ふ~ん、なるほどねぇ」
早く到着してくれないかな。
朝からほぼ荷馬車に乗っていたから、いい加減お尻が痛くなってきてたんだよね~。
あ、でも旅先で食べた食事は美味しかったけど。
途中幾つかの町を経由した際に、私とジャックさんは食堂で美味しい肉料理を頂いていた。
あのお肉、美味しかったな~。
メイド姿で食堂に入ったときは従業員に間違われてしまったけど。
少しの間料理の余韻に浸っていた時。
「おや、あれは……」
「何? どうかしたの?」
ジャックさんの言葉に荷馬車から身を乗り出す。
「ほら、奥様。あれをご覧ください」
指さした先には細長い木々が然と並んでいる。
「あ! あれは葡萄畑じゃない!」
「え? あれが葡萄畑なのですか? 初めて見ました。奥様、よくご存知でしたね。高貴な方なのに」
「ん? 言われてみれば確かに……」
何故私はあれが葡萄畑だと分かったのだろう?
でも、まぁいいか。
それよりももっと大事なことがある。
「あの葡萄畑も私がこれから暮らすことになる領地で、育てているってことよね?
楽しみだわ~葡萄が育てば、食べ放題じゃない」
「食べるんですか? 葡萄を?」
「当然、食べるに決まってるじゃない」
「そうですか、食べるのですか……」
不思議そうに首を傾げるジャックさん。
もしかして……。
「ねぇ。この世界では葡萄を食べる文化はないの?」
「え? この世界って……? どういう意味でしょう?」
「意味……確かにどういう意味かな?」
自分でも何を言ってるか分からない。
もしかしてこれは気持ちが高揚しているからかもしれない。
うん、そういうことにしておこう。
「あ、奥様。集落が見えてきましたよ!」
「え!? 本当!」
「はい!」
地平線の先に、家々が建っているのが見えてきた。
「ついに、到着したのね……」
「はい……感無量です」
ジャックさんの声もどこか興奮している。
「なら、あの集落に向けて、レッツゴーよ!」
「はい、レッツゴーです!」
ピシリとジャックさんは手綱を鳴らし、馬は小走りで進み始めた――
****
ガラガラガラガラ……
荷馬車が集落に入り、村の様子が分かってきた。
建物は石造りで屋根は木の板。
夕食時なのか、煙突からは煙が立ち上っている。
「う~ん……村人がいませんねぇ……」
ジャックさんが周囲をキョロキョロ見渡している。
「そうね、でも勝手に木造三階建て住宅に住むわけにいかないし」
一応土地家屋の権利書はあるけど……。
「そうだ、いいことを思いついたわ!」
「いいことって何ですか?」
「とりあえず一軒一軒しらみつぶしに訪ねるのよ! それでこの村の責任者を捜す。どう?」
「う~ん……気乗りはしませんが、それしか方法はないかもしれませんね……」
ジャックさんが馬車を止めたとき。
「あ! 荷馬車だ!」
突然子供の声がすぐ後ろで聞こえた。
「「え??」」
二人で振り向くと、十歳前後と思しき少年が立っている。
そこで私は警戒されないように満面の笑顔で話しかけた。
「こんにちは……いえ、こんばんは。この村の子かしら?」
「うん、そうだよ」
麻のシャツに、胸当てズボンを履いた少年が頷く。
「あのね。実は私、今日からこの村に住むことになったの。ここで一番偉い人の家を知ってるかしら? 御挨拶したいのよ」
「……」
ジャックさんは息をひそめて私と少年のやり取りを見守っている。
「うん、知ってるよ。僕のおじいちゃん、村長さんだから」
「まぁ! 本当?」
おおっ! なんてラッキーな!
「それじゃ、早速案内してくれるかしら?」
「うん、いいよ。ところでお姉ちゃん……」
「何?」
警戒させないよう、笑顔で返事をする。
「素敵な服を着てるね」
「ありがとう。これはね、メイド服っていうの」
「お姉ちゃん、メイドなの?」
「ううん、違うわよ」
私はメイドではないし、もう侯爵夫人でもない……。
あれ? 今の私の立場、何だろう?
でも分かってることは……。
「お姉ちゃん? どうしたの?」
「私はね、カプシーナ……ううん、シーナって言うの。よろしくね?」
私の名前はカプシーナ。
でもここから新しく人生をやり直す。
今日からは、シーナとして生きていこう――!!
面白いと感じたら、ページ下部の【☆☆☆☆☆】から評価やブックマークをいただけると嬉しいです。




